あなたの魂のテーマを探す に戻る

助手席

向かい合わなかったこと

助手席

朗読で聴く

第一章 土曜の席

六十五になった。

アメリカの、小さな町に、住んでいる。

父は、十五年前に、八十で、死んだ。

父は、トラックに、乗っていた。

町の店の、配達だ。

飼料と、材木と、肥料。

土曜は、学校が、無い。

無いので、八つから、助手席に、乗った。

十八で、家を出るまで、乗った。

十年だ。

十年、土曜の朝は、助手席だった。

父は、しゃべらなかった。

しゃべらないで、前を、見ていた。

こちらも、前を、見た。

道が、あった。

道の先に、丘があった。

丘の上に、給水塔があった。

父は、給水塔が見えると、あごで、指した。

それだけだ。

言葉は、無い。

こちらは、うん、と言った。

鷹が、いると、また、あごで、指した。

うん。

道が、曲がるところで、指した。

うん。

十年、そうだった。

父の顔を、見なかった。

見ようとすると、父は、前を、向いている。

向いているので、横顔だ。

横顔は、こちらを、見ない。

見ないのが、父だと、思った。

思って、十八で、家を、出た。

出るとき、父は、玄関に、立っていた。

立って、前を、向いていた。

こちらの、正面に、いなかった。

横に、いた。

最後まで、横だった。

第二章 向かい合わない人

父は、向かい合わない人だった。

そう、思っていた。

五十年、思っていた。

食卓でも、父は、窓を、見た。

母が、話しかけると、窓を見たまま、返事をした。

こちらが、話しかけても、同じだった。

父の目を、見た記憶が、無い。

無いのは、父が、見せなかったからだと、思った。

父は、こちらを、見なかった。

見ないで、道を、見た。

道のほうが、大事なのだと、思った。

思って、少し、恨んだ。

恨んで、家を、出た。

出てから、父と、十年に、一度、会った。

会うと、父は、ポーチの椅子に、座っていた。

こちらは、隣の椅子に、座った。

並んで、通りを、見た。

向かい合う椅子は、無かった。

あっても、座らなかっただろう。

座ると、話が、無い。

話が無いのが、分かっているので、並んだ。

並んで、通りを見て、父が、あごで、指した。

隣の家の、屋根。

うん。

三十で、四十で、五十で、同じだった。

父が、死んだ。

葬式で、父の顔を、見た。

正面の顔だ。

目を、閉じていた。

閉じた目で、初めて、正面を、向いていた。

向いても、こちらを、見ていない。

最後まで、見なかった。

そう、思った。

思って、十五年、来た。

第三章 息子の車

息子が、四十だ。

先月、息子の車で、隣の町に、行った。

助手席に、座った。

息子が、運転した。

息子も、しゃべらない。

しゃべらないで、前を、見ている。

こちらも、前を、見た。

道が、あった。

道の先に、丘があった。

丘の上に、給水塔があった。

同じ道だ。

父と、十年、走った道だ。

給水塔が、見えた。

見えたとき、こちらのあごが、動いた。

前を、指した。

息子が、言った。

何。

こちらは、言った。

給水塔。

息子は、見た。

見て、うん、と言った。

うん、と言ったのを、聞いて、分かった。

父のことが、分かった。

父は、こちらに、見せていた。

顔では、ない。

見ているものを、見せていた。

あごで、指して、こちらの目を、そこに、向けた。

給水塔。鷹。曲がるところ。

父が、見ているものを、こちらも、見た。

同じものを、十年、見た。

向かい合っていたら、見えない。

向かい合うと、父の顔が、見える。

顔が見えると、父が、何を見ているかは、見えない。

父は、顔を、見せなかった。

見せない代わりに、道を、見せた。

道は、父の、見ていたものだ。

見ていたものを、こちらは、もらっていた。

もらっていたことを、五十年、知らなかった。

知らないで、恨んだ。

恨んで、家を出て、それでも、道は、こちらの中に、あった。

あったので、あごが、動いた。

息子の横で、動いた。

第四章 反対

向かい合わなかったのは、父だと、思っていた。

反対だった。

向かい合わなかったのは、こちらだ。

父は、向かい合わないで、横に、座らせた。

横に座らせて、同じものを、見せた。

見せるには、横しか、無い。

運転する人は、前を、向く。

前を向いたまま、渡せるものは、前にあるものだけだ。

父は、前にあるものを、渡した。

渡していることを、こちらは、見なかった。

見なかったのは、父の顔を、待っていたからだ。

顔を待って、道を、見なかった。

道を見ていたのに、見ているつもりが、無かった。

つもりが無くても、入っていた。

入っていたので、五十年後に、出た。

あごで、出た。

父は、こちらに、向かい合うことを、求めなかった。

求めないで、隣に、置いた。

置かれたこちらは、隣にいることを、少ないと、思った。

少なくなかった。

十年、毎週、同じ道だ。

同じ道を、父の目で、見た。

父の目で見たものが、こちらの目に、残った。

残っているものを、息子に、指した。

息子は、うん、と言った。

父の横で、こちらが、言った、うん、だ。

同じ、うん、が、三代目の口から、出た。

出たとき、父が、隣にいた。

いないのに、いた。

いたのは、前にあるものが、同じだったからだ。

給水塔は、まだ、ある。

あるので、父が、指せる。

指した先を、こちらが、見る。

見たものを、息子に、指す。

向かい合っていない。

三人とも、前を、向いている。

前を向いて、同じものを、見ている。

それが、父の、していたことだった。

していたことの、名前を、こちらは、恨み、と呼んでいた。

違った。

名前は、無い。

無いが、道は、ある。

第五章 あご

家に、帰った。

ポーチの、椅子に、座った。

父の椅子だ。

隣の椅子は、空いている。

こちらが、座っていた椅子だ。

父の椅子から、通りを、見た。

隣の家の、屋根が、見えた。

父が、あごで、指した屋根だ。

父は、ここから、これを、見ていた。

見ながら、隣に、こちらを、置いていた。

置いて、指した。

指したものを、こちらは、見た。

見て、うん、と言った。

それが、会話だった。

会話に、顔は、いらなかった。

いらなかったので、父は、使わなかった。

使わない父を、こちらは、見ない父だと、思った。

見ていた。

同じものを、見ていた。

いっしょに、見ていた。

いっしょに見るのに、向かい合う必要は、無い。

向かい合うと、いっしょに、見られない。

どちらかだ。

父は、いっしょに見るほうを、選んだ。

選んだことを、言わなかった。

言わないので、こちらは、選ばれていないと、思った。

選ばれていた。

隣の席に。

十年、毎週、選ばれていた。

選ばれた席で、道を、もらった。

もらった道を、息子に、渡した。

渡した息子が、うん、と言った。

言った息子は、こちらの顔を、見なかった。

前を、見ていた。

それで、いい。

こちらも、前を、見ていた。

前に、給水塔が、あった。

父の、見ていたものだ。

エピローグ

次の土曜、息子に、言った。

配達に、乗せて。

息子は、店を、継いでいる。

トラックは、変わった。

道は、同じだ。

助手席に、座った。

八つのときの、席だ。

息子が、運転した。

前を、見ていた。

こちらも、前を、見た。

道の先に、丘があった。

丘の上に、給水塔があった。

息子のあごが、動いた。

こちらは、うん、と言った。

息子は、こちらを、見なかった。

見ないで、前を、向いていた。

それが、見ていることだと、いまは、分かる。

分かるまで、五十年、かかった。

かかったが、席は、まだ、あった。

助手席だ。

向かい合う席は、トラックには、無い。

無いので、横に、座る。

横に座って、同じものを、見る。

父と、こちらと、息子が、同じものを、見る。

顔は、見ない。

見ないで、いっしょに、いる。

いっしょにいる形が、これだった。

これを、恨んだ。

もう、恨まない。

給水塔が、見える。

うん。

ソウルミッション358

あなたの魂のテーマに気づく場所