あなたの魂のテーマを探す に戻る

椅子の形

かばわれていたこと

椅子の形

朗読で聴く

第一章 父

七十になった。

アメリカの、小さな町に、住んでいる。

父が、去年、死んだ。

九十四だった。

無口で、厳しい人だった。

こちらが子どものころ、父は、ほとんど、しゃべらなかった。

しゃべるときは、短かった。

やめろ。

行け。

自分で、やれ。

その三つで、こちらは、育った。

三つのほかに、父から、もらった言葉を、思い出せない。

育って、家を出て、戻ってきた。

戻ったのは、十年前だ。

父が、一人になったからだ。

一人の父を、こちらが、見た。

見て、十年、世話をした。

食事を作り、薬を並べ、医者に、連れて行った。

父は、ありがとう、と、言わなかった。

言わない父を、こちらは、かばっていた。

医者に、父の代わりに、答えた。

隣の人に、父の代わりに、謝った。

父が、庭の垣根を、壊したときだ。

壊したのは、父の手が、震えていたからだ。

震える手を、隣の人に、見せないように、こちらが、先に、謝った。

謝りながら、思った。

こちらが、父を、覆っている。

覆う側に、なった。

子どものころは、覆われていなかった。

覆われていなかったと、思っていた。

厳しい人の下で、一人で、立ってきたと、思っていた。

思っていたのは、七十まで、続いた。

第二章 椅子

父は、ポーチの、椅子に、座っていた。

毎日、午後、そこに、座った。

日の当たる、ポーチだ。

椅子の後ろに、家の壁が、ある。

壁は、白く、塗ってあった。

塗ったのは、三十年前だ。

三十年、日に、焼けた。

焼けて、灰色に、なった。

父が死んで、椅子を、片付けた。

片付けると、壁に、形があった。

椅子の背もたれの、形だ。

その形だけ、白いままだった。

三十年、椅子が、覆っていた。

覆われていたところは、焼けなかった。

焼けなかった形を、こちらは、見た。

見て、椅子の形だと、思った。

違った。

父の形だ。

父が、三十年、そこに、座っていた。

座っていた背中の形が、壁に、残った。

残った形を、こちらは、しばらく、見ていた。

壁の灰色の中で、そこだけが、白い。

見ながら、思った。

これは、椅子でも、父でも、ない。

こちらだ。

覆われて、焼けなかったものが、ある。

あることを、覆いが、取れてから、知る。

知ったのは、その日では、ない。

その日は、まだ、壁の形は、父の形だった。

こちらの形になったのは、町の人が、来てからだ。

第三章 町の人

父の葬式のあと、町の人が、来た。

昔、父と、同じ工場で、働いていた人だ。

その人が、言った。

あんたが、十四のとき、学校で、喧嘩したろう。

した。

相手の腕を、折った。

覚えている。

その人は、続けた。

あんたの父さんは、その夜、相手の家に、行った。

行って、頭を、下げた。

下げて、お金を、置いてきた。

病院の分だ。

あんたには、言うな、と、相手の親に、頼んでいた。

こちらは、知らなかった。

父は、その夜、こちらに、何も、言わなかった。

自分で、やれ、と言っただけだ。

自分で、やった、と、こちらは、五十六年、思っていた。

相手の親が、何も言ってこなかったのは、こちらが、自分で、始末をつけたからだと、思っていた。

違った。

父が、先に、行っていた。

行って、頭を、下げていた。

下げているところを、こちらは、見なかった。

見えないところで、下げていた。

見えないところに、五十六年、あった。

その人は、もう一つ、言った。

一度じゃない。

あんたが、町を出て、お金に困ったときも、父さんは、送っていた。

あんたの、雇い主に、直接だ。

あんたには、言うな、と言って。

こちらは、そのお金を、給料だと、思っていた。

給料が、少し、多いと、思っていた。

多い分が、父だった。

父が、覆っていた。

覆われているこちらは、給料が、多いと、思っていた。

思っていただけで、五十年、過ぎた。

第四章 反対

こちらは、この十年、父を、かばっていると、思っていた。

医者の前で、隣の人の前で、父の代わりに、話した。

話すたびに、こちらが、覆う側だと、思った。

違った。

十年前、こちらが、戻ってきた。

戻ってきた理由は、父が、一人になったからだと、思っていた。

町の人が、言った。

父さんが、あんたを、呼び戻したんだ。

あんたの、仕事が、無くなったのを、知っていた。

知って、自分が、一人で、困っているふりを、した。

ふりだ。

父は、一人で、暮らせた。

暮らせたのに、暮らせないふりを、して、こちらを、呼んだ。

呼ばれたこちらは、父を、世話していると、思っていた。

世話されていたのは、こちらだ。

仕事の無いこちらに、父は、世話という仕事を、作った。

作ったことを、言わなかった。

言えば、こちらは、借りを、感じる。

感じさせないために、困ったふりを、十年、続けた。

続けた父の下で、こちらは、覆っている気で、いた。

覆っている気でいるあいだ、覆われていた。

反対だった。

反対だったことを、父が死んで、町の人が、言うまで、知らなかった。

父は、最後まで、言わなかった。

言わないのが、父の、覆い方だった。

自分で、やれ、と言って、後ろで、全部、やっていた。

自分でやった、と、こちらに、思わせるためだ。

思わせるために、九十四まで、黙っていた。

第五章 白

壁の白い形は、こちらの形だ。

父が覆っていたところの、形だ。

覆われているあいだ、こちらは、焼けなかった。

焼けなかったことを、こちらは、知らなかった。

知らないので、自分で、立っていると、思っていた。

立っていたのではない。

覆われて、焼けずにいた。

焼けずにいたものが、七十で、日に、当たった。

当たって、初めて、形が、見えた。

見えた形は、白い。

白いのは、何もされなかったからでは、ない。

されたからだ。

されたことが、白として、残った。

残ったものを、こちらは、七十で、初めて、見た。

礼を言う相手は、いない。

いないところに、礼を、言った。

壁に、言った。

言っても、壁は、白いままだ。

白いままなのが、父の、返事だ。

父は、生きているあいだも、返事を、しなかった。

しないのが、返事だった。

こちらは、それを、七十で、読めるように、なった。

遅い。

遅いが、読めた。

読めたので、壁を、塗り直さない。

白い形を、残す。

残して、毎日、見る。

エピローグ

ポーチに、椅子を、戻した。

白い形の前に、置いた。

置くと、形は、また、見えなくなった。

見えなくても、ある。

こちらは、その椅子に、座った。

座ると、道が、見えた。

父が、三十年、見ていた道だ。

道を、隣の子どもが、通った。

通るのを、見て、こちらは、何も、言わなかった。

言わないまま、見ていた。

父も、そうだった。

言わないで、見ていた。

見ているあいだ、こちらの背中は、壁の白を、覆っている。

覆っていることを、こちらは、知っている。

知っていて、座っている。

いつか、この椅子を、誰かが、片付ける。

片付けたとき、壁に、白い形がある。

その形は、父の形で、こちらの形だ。

二つ、重なっている。

重なったまま、白い。

ソウルミッション358

あなたの魂のテーマに気づく場所