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私道の四角

手放したこと

私道の四角

朗読で聴く

第一章 売った

六十四になった。

ミシガンの、湖から二十マイルの町に、住んでいる。

父のトラックを、二年前に、売った。

一九八八年の、赤いピックアップだ。

父が十二年、こちらが二十四年、乗った。

三十六年、同じ家の、同じ私道に、停めていた。

私道の、左側だ。

右側に、妻の車を停める。

売ったのは、こちらだ。

エンジンが、もたなくなった。

直すのに、トラックの値段の、三倍かかると言われた。

三倍は、出せなかった。

出せなかったので、売った。

部品取りに、と、若い男が、三百ドルで持っていった。

三百ドルは、その週に、タイヤ代で消えた。

妻の車の、タイヤだ。

父のトラックが、妻の車のタイヤになった。

それで、済むはずだった。

若い男は、トレーラーを持ってきた。

積むとき、ナンバープレートは要るか、と聞いた。

要る、と答えた。

外して、渡された。

プレートは、ガレージの棚にある。

トラックのうち、家に戻ってきたのは、それだけだ。

三十六年で、いちばん薄い部品が、残った。

息子には、聞かなかった。

息子は、シカゴにいる。

子どものころ、あのトラックを、欲しがった。

欲しがった子に、売る前に、聞かなかった。

聞けば、要らない、と言われる。

要らない、と言われたくなかった。

言われたくないので、聞かないで、売った。

売ってから、言った。

そうか、と言われた。

要らない、と言われるより、そうか、のほうが、こちらには、楽だった。

楽なほうを、選んだ。

第二章 四角

トラックが出ていったあと、私道に、四角が残った。

コンクリートの、色の違いだ。

三十六年、トラックの下だったところは、日に焼けていない。

周りは、白っぽく、焼けている。

トラックの形に、灰色が、濃い。

縦が五メートル、横が二メートルほど。

四角の中に、オイルの染みが、二つ、ある。

父の時代のと、こちらの時代のだ。

どちらがどちらかは、分かる。

父のほうが、大きい。

父は、オイルの漏れを、直さない人だった。

漏れるぶんだけ足せばいい、と言った。

足していた。

足していたぶんが、私道に、染みになった。

父の染みは、父の直さなかったぶんだ。

四角の外は、白い。

中は、灰色で、染みが二つ。

高圧洗浄機で、洗えば、消える。

隣の男が、貸すよ、と言った。

借りていない。

借りない理由を、聞かれた。

そのうち、と答えた。

そのうちが、二年になった。

隣の私道は、洗ってある。

端から端まで、白い。

何も停めていなかったみたいに、白い。

隣は、車を、毎日、停めている。

停めていても、洗えば、白くなる。

白くなった私道には、何が止まっていたか、分からない。

こちらの私道には、分かる。

分かるままに、しておいている。

冬は、塩をまく。

四角の周りに、まく。

四角の中には、まかない。

まかなくていい理由は、無い。

無いのに、手が、四角を、よける。

第三章 停めない

妻の車は、右側に停める。

左側は、空いている。

空いているのに、そこに、停めない。

こちらの車は、通りに、停める。

通りに停めると、冬は、除雪車に、雪をかけられる。

かけられても、通りに停める。

私道の左側は、空けてある。

誰のために、空けているのかは、分からない。

トラックは、戻ってこない。

部品になった。

部品になったものの場所を、空けている。

妻が、一度、左に停めた。

買い物から戻って、右が塞がっていたからだ。

停めたのを、窓から見た。

見て、何も言わなかった。

言わなかったが、妻は、次の日から、また、右に停めた。

こちらの顔を、見たのだと思う。

顔に、出ていたのだと思う。

出ていたものが、何だったのか、こちらにも、分からない。

分からないものが、四角を、二年、空けている。

第四章 父

父は、あのトラックで、こちらに、運転を教えた。

私道で、バックを教えた。

左側に、まっすぐ入れる練習を、何度もした。

入れる位置は、四角の、まさにそこだ。

父が死んで、こちらが、同じ位置に、二十四年、入れた。

入れるたびに、父の声がした、というのは、嘘だ。

声は、しなかった。

ただ、体が、その位置を、知っていた。

ハンドルを切る角度と、止める場所。

四角は、こちらの体が、三十六年で作った、形だ。

父が作って、こちらが仕上げた。

トラックは、売れた。

形は、売れなかった。

三百ドルに、形は、入っていなかった。

入っていないものが、私道に、残った。

残ったものの上に、いま、何も停めていない。

停めると、体が、その位置に、入れようとする。

入れようとする体を、別の車で、使いたくない。

だから、通りに停める。

通りに停めた車で、朝、出ていく。

出ていくとき、私道の左側を、見る。

空いている。

空いているのを、確かめてから、出る。

確かめる理由は、無い。

空いているに、決まっている。

決まっていることを、毎朝、確かめている。

確かめないと、出られない。

出られない理由も、無い。

無い理由が、二つ重なって、朝になっている。

第五章 手放したあと

手放したものは、部品になって、どこかを走っている。

エンジンは、直せなかったので、たぶん、走っていない。

ドアや、荷台や、シートが、誰かのトラックに、ついている。

誰かのトラックが、誰かの私道に、止まっている。

その私道に、新しい四角が、できているかもしれない。

こちらの四角は、古い。

古い四角の上に、何も無い。

何も無いことが、手放したことの、形だ。

手放すというのは、物を渡すことだと、思っていた。

渡したあとに、場所が残ることを、知らなかった。

場所は、渡せない。

渡せないものが、こちらに、残る。

残った場所を、こちらは、空けている。

空けることで、手放したことを、続けている。

手放したのは、二年前の、一日だ。

空けているのは、二年、毎日だ。

一日のことより、毎日のことのほうが、長い。

長いほうが、こちらの、手放し方になった。

三百ドルは、タイヤになった。

タイヤは、もう、減っている。

減ったタイヤの分だけ、トラックが、減った。

四角は、減っていない。

減らないもののほうが、こちらの手元に、多く残っている。

手元に残ったものは、売れない。

売れないものを、二年、私道に、置いている。

置いているのではない。

空けている。

空けることと、置くことは、同じ形をしている。

エピローグ

今朝、私道に、雪が積もった。

四角も、周りも、白くなった。

色の違いが、雪で、消えた。

消えたのを、窓から、見た。

見て、外に出た。

雪かきをした。

右側を、かいた。

左側も、かいた。

かいたら、四角が、出てきた。

灰色の四角と、染みが二つ。

雪の下に、あった。

雪では、消えなかった。

消えるのは、洗浄機か、次のトラックだ。

どちらも、使っていない。

使わないまま、雪をかいて、四角を出した。

出して、通りに停めた車のところへ、戻った。

戻る足が、四角を、踏まなかった。

踏まないで、回った。

二年、そうしている。

手放した場所を、踏まないで、回っている。

回った足が、いまも、その位置を、覚えている。

ソウルミッション358

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