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ポーチの灯

明かりを消せないこと

ポーチの灯

朗読で聴く

第一章 きいろい電球

七十になった。

ミネソタの、湖のそばの町に、四十年いる。

家の玄関に、ポーチがある。

ポーチの天井に、電球が一つ、下がっている。

きいろい電球だ。

虫が寄らない色だと、店で言われた。

それを、毎晩、つける。

妻は、三年前に死んだ。

最後の五年、妻は、夜に、家を出た。

病気だった。

頭の中の道が、少しずつ、消えていく病気だ。

夜中に起きて、靴を履いて、出ていく。

どこへ行くのかは、本人にも、分からない。

分からないまま、歩く。

こちらは、探しに出る。

懐中電灯を持って、出る。

妻の靴が、玄関に無いのを、確かめてから、出る。

靴が無い夜が、五年で、百を超えた。

百回、探して、百回、見つけた。

見つけられなかった夜は、無い。

無かったことが、こちらの、五年の、唯一の自慢だ。

自慢を、誰にも、していない。

湖のほうか、町のほうか、そのどちらでもないか。

見つけて、連れて帰る。

帰る道で、妻は、家が分からない。

どの家も、同じに見えている。

こちらが、手を引く。

二年目に、ポーチの電球を、きいろに替えた。

通りの家は、白い電球か、消えている。

きいろは、うちだけだ。

きいろい電球は、引き出しに、二つ、入れてある。

一つ切れたら、一つ買って、二つに戻す。

二つあるのは、次と、その次のためだ。

その次まで、つけるつもりでいる。

あのきいろの家、と、妻に教えた。

きいろを見たら、そこが家だ、と。

妻は、うなずいた。

うなずいて、次の夜も、出ていった。

娘は、ほかの州にいる。

電話で、施設に、と言った。

医者も、同じことを言った。

こちらは、断った。

断って、電球を、きいろにした。

施設の代わりが、電球一つだ。

釣り合っていないことは、分かっていた。

分かっていて、それしか、しなかった。

それしかしなかったことを、いまも、誰にも言っていない。

きいろは、こちらの、いちばん小さい、精一杯だった。

第二章 効いた夜

きいろが効いたことが、二度、ある。

一度目は、冬だった。

妻がいなくなって、こちらが探しに出て、見つからなかった。

一時間、探した。

戻ると、妻は、ポーチにいた。

電球の下に、座っていた。

きいろだったから、と言った。

きいろだったから、ここに座った、と。

家だとは、言わなかった。

きいろだから、座った。

それで、よかった。

二度目は、その年の秋だ。

妻が、通りの向こうから、まっすぐ、歩いてきた。

こちらは、ポーチで、待っていた。

妻は、こちらを見ないで、電球を見ていた。

電球を見て、ポーチに上がった。

上がって、こちらを見た。

誰、と言った。

こちらは、答えなかった。

答えないで、中に入れた。

きいろは、妻を、家まで連れてきた。

こちらのことは、連れてこなかった。

電球にできることを、こちらは、できなかった。

妻が死んだのは、病院だ。

最後の三日、こちらは、病院にいた。

家の電球は、三日、ついたままだった。

消しに戻らなかった。

妻が、夜、病院を出て、家に向かうことは、無い。

無いのに、消しに戻れなかった。

戻ったら、認めることになる。

三日目の朝、妻が死んで、昼に、家に戻った。

電球は、昼の光の中で、ついていた。

昼についているきいろは、弱い。

弱いのを、消した。

朝の手で、消した。

その晩、また、つけた。

それでも、電球は、こちらが、つけた。

第三章 いまも

妻が死んで、三年になる。

夜に出ていく人は、もう、いない。

探しに出ることも、無い。

電球は、つけている。

日が落ちる前に、スイッチを押す。

押す手が、覚えている。

五年、毎晩、押した手だ。

妻が死んだ晩も、押した。

押してから、押す理由が無いことに、気がついた。

気がついて、消さなかった。

消し方を、手が、知らなかった。

スイッチを、下に押せば、消える。

知っている。

手が、それを、しない。

手は、上に押すことしか、していない。

五年、上にしか、押していない。

下に押した手は、朝の手だ。

夜の手は、上にしか、動かない。

夜の手が、いまも、上に押している。

明かりは、妻のためだった。

いまは、消し方を知らない、この手のためだ。

第四章 通り

通りの人は、知っている。

あの家のきいろは、奥さんのためだった、と。

奥さんが死んで、まだ、ついている、と。

可哀想に、と思っているだろう。

思われていて、いい。

可哀想なのは、そのとおりだ。

可哀想でないふりを、しても、電球はきいろだ。

隣の家の若い夫婦は、妻のことを、知らない。

越してきたのは、去年だ。

きいろい電球の家、としか、思っていない。

それでも、いい。

あのきいろを見て、うちが分かる、と、隣の子どもが言った。

夜、車で帰ってくるとき、きいろが見えたら、もうすぐだ、と。

妻に教えた言葉と、同じだった。

きいろを見たら、そこが家だ。

子どもは、それを、自分で見つけた。

妻は、二度、見つけた。

子どもは、毎晩、見つけている。

電球は、誰が見つけるかを、選ばない。

選ばないので、消せない。

電球のほうが、こちらより、公平だ。

こちらは、妻のためにつけた。

電球は、見た人のために、ついた。

妻に二度、隣の子に、毎晩。

こちらの数え方と、電球の数え方が、違う。

電球の数え方のほうが、正しい気がする。

正しいほうに、合わせている。

第五章 二つの夜

つけない夜を、考えたことがある。

考えて、やめた。

つけない夜、通りの向こうから、誰かが歩いてくる。

妻ではない。

妻は、いない。

いないのに、歩いてくるような気がする。

歩いてきて、きいろが無くて、通り過ぎる。

通り過ぎたら、二度と、戻らない。

そんなことは、起きない。

起きないと、知っている。

知っていて、つける。

起きないことのために、つけているのではない。

起きないと知っている自分を、見たくないから、つけている。

消した夜に、こちらは、妻がもういないことを、認める。

つけている夜には、認めなくていい。

認めなくていい夜を、三年、続けている。

千の夜を、超えた。

千回、認めないで、済んだ。

千一回目も、済ませる。

済ませた数だけ、認める日が、遠のく。

遠のいた先に、何があるのかは、分からない。

分からない先に向かって、毎晩、上に押す。

エピローグ

今日も、日が落ちる前に、押した。

きいろが、ついた。

ポーチに、出た。

電球の下の、椅子に座った。

妻が、あの冬、座った椅子だ。

きいろだったから、と言った椅子だ。

通りを、隣の車が帰ってきた。

子どもが、窓から、こちらを見た。

手を振った。

こちらも、振った。

あの子は、きいろを見て、家が分かった。

こちらは、きいろの下に、座っている。

きいろの下にいると、家が分かる。

妻は、そう言った。

こちらは、四十年、この家にいて、家が分からない。

分からないので、電球の下に、座る。

座っているあいだ、ここは、家だ。

電球が、そう言っている。

消したら、言わなくなる。

だから、消さない。

消さないまま、中に入る。

朝、下に押す。

夜、上に押す。

手が、二つの向きを、覚えている。

妻のためだった向きを、いまは、こちらのために、押している。

ソウルミッション358

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