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外灯

明かりを消せないこと

外灯

朗読で聴く

第一章 九個目

七十二になった。

玄関の外灯を、毎晩、つける。

日が落ちる少し前に、つける。

朝、消す。

二十六年、そうしている。

息子は、二十二で、家を出た。

出ていくとき、行き先を、言わなかった。

夫と、言い合いになって、次の朝、いなかった。

荷物は、鞄が一つ、無くなっていた。

それきりだ。

生きていることは、分かっている。

三年に一度くらい、役所から、書類が回ってくる。

住所が、書いてある。

書いてある住所に、行ったことはない。

手紙も、出していない。

出していないのは、出せないからではない。

出したら、返事が来ない、ということが、決まってしまう。

決まっていないほうが、いい。

決まっていないあいだは、外灯を、つけていられる。

電球は、九個目だ。

最初のは、夫が替えた。

二個目からは、こちらが替えている。

脚立に乗って、替える。

七十二で、脚立に乗る。

乗るたびに、これが最後だと思う。

思って、次のも、乗る。

外灯は、丸い、白い笠のものだ。

家を建てたときからの、ものだ。

笠の中に、夏は、虫が溜まる。

春に、一度、外して、洗う。

洗って、乾かして、戻す。

戻すとき、笠の内側が、少し黄ばんでいるのが、分かる。

二十六年ぶん、黄ばんでいる。

黄ばみは、明かりの側から見れば、見えない。

外から見る人には、白い明かりだ。

黄ばみを知っているのは、洗う人だけだ。

第二章 誰のため

息子が帰ってくるとは、思っていない。

思っていないと、口では言う。

言いながら、つける。

つけているのは、息子のためだと、最初は思っていた。

十年で、違うと分かった。

十年帰ってこない人のために、つけている人は、いない。

いないのに、つけている。

だから、息子のためではない。

では、誰のためか。

誰のためでもない。

誰のためでもない明かりを、つけている。

誰のためでもないものは、消していい。

消していいものを、消していない。

消せない。

消すと、待っていないことになる。

待っているかどうかは、もう、分からない。

分からないまま、つける。

分からないのを、消して、はっきりさせたくない。

はっきりさせたら、こちらは、待っていない人になる。

待っていない人になったら、息子は、帰る先を失う。

帰ってこないのに、帰る先だけは、あることにしておく。

それが、明かりだ。

息子の部屋は、片づけた。

十年目に、片づけた。

机も、布団も、出した。

いまは、物置になっている。

部屋は、片づけられた。

外灯は、片づけられない。

部屋は、家の中にある。

外灯は、外にある。

外にあるものは、向こうから、見える。

向こうから見えるものだけが、待っていることの、印になる。

部屋を残しても、向こうからは、見えない。

見えないものは、待っていることにならない。

だから、部屋は片づけて、外灯は、つける。

印は、一つで、足りる。

一つしか、持てない。

第三章 近所

隣の奥さんが、言ったことがある。

毎晩、つけてらっしゃるのね、と。

防犯に、いいですよ、と答えた。

嘘ではない。

嘘ではないが、そのためではない。

そのためではないことを、言わない。

言わないので、隣は、防犯だと思っている。

思っていて、いい。

夜、犬の散歩の人が、外灯の下を通る。

通るとき、少し、明るくなる。

こちらは、窓から、それを見る。

明かりは、その人の足元を、照らしている。

息子の足元を照らすはずのものが、知らない人の足元を、照らしている。

照らされている人は、こちらの明かりだと、知らない。

知らなくていい。

誰かの足元を照らしているあいだは、誰のためでもない、とは言い切れない。

言い切れないところに、こちらは、立っている。

役所の書類には、息子の住所のほかに、何も書いていない。

結婚しているかどうかも、分からない。

分からないことを、調べようと思えば、調べられる。

調べない。

調べると、向こうの家に、明かりがあるかどうかが、分かってしまう。

向こうに明かりがあれば、こちらの明かりは、要らない。

要らないと分かったら、消すことになる。

消したくないので、調べない。

調べないことで、明かりを、守っている。

守っているのは、息子ではなく、こちらの、つける手だ。

第四章 夫

夫は、九年前に死んだ。

夫は、外灯を、嫌っていた。

電気代の話をした。

いつまでやる気だ、と言った。

こちらは、答えなかった。

答えないで、つけた。

夫が言い合いをして、息子が出た。

その夫が、電気代の話をする。

話をするたびに、こちらは、つける手に、力が入った。

夫が死んで、電気代の話をする相手が、いなくなった。

いなくなって、力が、抜けた。

抜けても、つける。

力が入っていたときは、夫に向かって、つけていた。

力が抜けてからは、誰に向かってでもない。

誰に向かってでもないつけ方を、九年、している。

夫が死ぬ前の晩、外灯をつけてくれ、と言った。

つけたら、それでいい、と言った。

いい、というのが、何がいいのか、聞かなかった。

つけた。

夫は、朝に死んだ。

外灯は、朝まで、ついていた。

消したのは、こちらだ。

消すときの手が、いつもより、重かった。

それから、消す手は、毎朝、少し重い。

重いのは、夫のぶんだ。

夫は、最後の晩に、つけてくれ、と言った。

二十年、電気代の話をした人が、最後に、つけてくれ、と言った。

あれは、たぶん、息子のことだった。

言わなかったことが、その一言に、入っていた。

入っていたものを、こちらは、朝、消した。

消したので、いまも、つけている。

第五章 消し方

消し方は、知っている。

玄関の内側の、上のスイッチだ。

毎朝、押している。

消せないのは、夜だ。

夜、つけないでいることが、できない。

つけない夜を、一度だけ、やってみた。

五年前だ。

台風で、停電のあとだった。

電気が戻って、つけようとして、やめた。

やめて、暗い玄関を、窓から見た。

玄関が、家ではなくなって、見えた。

誰も帰ってこない家の、正しい顔だった。

正しい顔を、見ていられなかった。

十五分で、つけた。

それから、やめていない。

正しい顔をした家に、こちらは、住めない。

住めないので、明かりで、間違った顔にしている。

間違った顔のほうが、こちらには、家だ。

エピローグ

今日も、日が落ちる前に、つけた。

スイッチを押して、窓から、外灯を見た。

ついている。

九個目の電球が、ついている。

この電球が切れたら、十個目を、脚立に乗って、つける。

乗れなくなったら、誰かに頼む。

頼む相手は、まだ、決めていない。

決めていないが、消すつもりは、ない。

消すのは、こちらが、いなくなる日だ。

その日は、誰かが、消す。

消す人は、これが何の明かりだったか、知らない。

知らないまま、消す。

それでいい。

知っている人が、消さなければ、それは、消えたのではない。

切れただけだ。

切れたのと、消したのとは、違う。

こちらは、消さない。

二十六年、切れさせただけだ。

九回、切れて、九回、替えた。

十回目も、替える。

ソウルミッション358

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