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私道の端

見送る側にいること

私道の端

朗読で聴く

第一章 角

六十五になった。

オハイオの、町のはずれの家に、三十六年いる。

家の前に、私道がある。

車を二台停められる幅で、道路までが、二十歩だ。

私道の端に、郵便受けが立っている。

こちらは、その横に立つ。

立って、車が出ていくのを、見ている。

妻は、四年前に死んだ。

子どもは、三人いる。

三人とも、別の州にいる。

感謝祭と、クリスマスと、夏に一度、戻ってくる。

三日か、四日いて、出ていく。

出ていくとき、こちらは、郵便受けの横に立つ。

車が、私道を出て、道路に乗る。

右に曲がる。

曲がって、二百メートル先の角で、もう一度、曲がる。

角を曲がるまで、見ている。

角には、止まれの標識がある。

車は、そこで、一度、止まる。

止まると、うしろの赤い灯が、二つ、点く。

点いて、消える。

消えたら、曲がる。

曲がったら、いない。

赤が二つ点いて消えるまでが、見送りだ。

三十六年、その赤を、見てきた。

曲がったら、家に入る。

これを、三十六年、している。

最初に見送ったのは、上の息子だった。

十八で、大学へ行った。

妻と二人で、郵便受けの横に立った。

息子が、窓から、手を出した。

こちらは、手を上げた。

角で、車が見えなくなった。

妻が、先に、家に入った。

こちらは、もう少し、立っていた。

立っている理由は、無かった。

無いまま、立っていた。

第二章 曲がる側

こちらは、角を曲がる側に、なったことがない。

この家を出て、角を曲がって、誰かに見送られたことがない。

三十六年、家にいた。

仕事は、町の中だった。

車で、十五分だ。

出るときは、誰も、郵便受けの横に、いない。

妻がいたときも、いなかった。

毎朝出ていく人を、見送る人は、いない。

見送られるのは、遠くへ行く人だけだ。

こちらは、遠くへ、行かなかった。

行かなかったので、いつも、こちらが、郵便受けの横にいた。

妻が病院に行った日も、こちらが運転した。

妻は、見送られなかった。

こちらが、隣にいたからだ。

隣にいる人は、見送れない。

見送るには、離れる必要がある。

妻とは、最後まで、離れなかった。

離れなかったので、見送っていない。

妻を見送っていないことが、こちらの、四年前だ。

病院の駐車場に、車を停めた。

妻が、降りた。

こちらも、降りた。

二人で、入った。

入るとき、妻が、一度、車を振り返った。

あれが、妻の、見送りだったのかもしれない。

車を、見送った。

こちらは、隣にいたので、見送られなかった。

第三章 手を振る

車が私道を出るとき、手を上げる。

上げて、角を曲がるまで、振る。

左手は、郵便受けの柱に、置いている。

置いていないと、体が、私道のほうへ、少し出る。

出ないように、柱を持つ。

柱は、二度、替えた。

夏は、熱い。

感謝祭には、冷たい。

冷たい柱を持って、右手で、振る。

柱が、こちらの、手すりだ。

手すりが無ければ、二十歩を、先に歩いてしまう。

振っているのは、子どものためだと、思っていた。

六十五になって、違うと分かった。

子どもは、道路に乗ったら、前を見ている。

バックミラーに、こちらが、小さく映っているだけだ。

映っているかどうかも、分からない。

それでも、振る。

振っているあいだは、こちらは、動かなくて済む。

動かないでいる理由が、手にある。

振り終わると、理由が無くなる。

無くなると、私道の端に、ただ立っている人になる。

六十五の男が、郵便受けの横に、ただ立っている。

それは、隣の家から、見える。

向かいの家の男が、一度、言った。

あんた、見えなくなるまで、立ってるね、と。

そうかな、と答えた。

そうだよ、と言われた。

見られていた。

見送る人を、見ている人がいる。

その人は、見送られたことも、見送ったことも、あるのだろう。

あるから、分かる。

分かる人に、見られている。

それでも、やめない。

だから、車が角を曲がるまで、振る。

曲がったら、下ろす。

下ろして、家に入る。

入るまでの、二十歩が、一年でいちばん、長い。

二十歩のあいだ、家は、空いている。

空いている家に、入る。

入って、テレビをつける。

つけて、見ない。

見ないまま、娘の使った皿を、洗う。

洗って、戻す。

客用の布団を、たたんで、戻す。

三日ぶんのものを、元の場所に戻すと、家が、三日前の家になる。

三日前の家に、こちらだけがいる。

それが、見送ったあとの、こちらの仕事だ。

第四章 妻の側

妻は、いつも、先に家に入った。

角を曲がる前に、入った。

こちらは、それを、薄情だと思っていた。

思っていただけで、言わなかった。

妻が死んで、分かった。

妻は、見送るのが、下手だったのではない。

見送るのを、途中で、やめていた。

やめないと、家に入れなくなる。

入れなくなるのを、知っていた。

だから、角の前で、やめた。

こちらは、やめられない。

角を曲がるまで、見る。

見てしまうと、二十歩が、長くなる。

長くなるのを、毎回、している。

妻の分も、こちらが、最後まで見る。

見なくていい、と、妻なら言う。

言う人が、いない。

いないので、最後まで、見る。

第五章 三人

上の息子は、シカゴにいる。

娘は、コロラドにいる。

下の息子は、テキサスにいる。

三人とも、この私道を出て、角を曲がって、そこにいる。

角の向こうに、シカゴと、コロラドと、テキサスがある。

こちらの側には、この家と、郵便受けがある。

三人は、年に三回、角を曲がって、戻ってくる。

戻ってくるときは、見ていない。

台所にいる。

着いた音で、出ていく。

出ていくときだけ、郵便受けの横に、立つ。

着くのは、見ない。

出るのは、見る。

なぜかは、分からない。

着く人は、こちらに向かってくる。

出る人は、こちらから、離れていく。

離れていくほうだけ、見なければならない気がする。

見ていないと、離れたことに、ならない気がする。

見ておけば、離れたことが、こちらの中で、済む。

済ませるために、立っている。

三人は、それを、知らない。

父さんは、いつまでも立っている、と思っている。

いつまでも、ではない。

角までだ。

エピローグ

夏だ。

娘が、三日いて、今朝、出ていった。

六時に、私道の端に立った。

娘が、窓から、手を出した。

こちらは、手を上げた。

車が、右に曲がった。

二百メートル、見ていた。

角で、曲がった。

下ろした。

二十歩、歩いた。

郵便受けの横から、玄関まで。

三十六年、この二十歩を、歩いてきた。

歩く前に、郵便受けを、開けた。

何も、入っていなかった。

入っていない箱の横に、こちらは、立っていた。

妻がいたときは、妻が先に歩いた。

いまは、こちらだけが歩く。

歩き終わると、家に着く。

家に着くと、見送る側の仕事が、終わる。

次は、感謝祭だ。

感謝祭まで、こちらは、家にいる。

家にいる人は、角を曲がらない。

曲がらない人が、曲がっていく人を、見る。

それが、こちらの、三十六年だ。

三十六年、角のこちら側で、手を振ってきた。

振り終わったあとの二十歩が、こちらの、ぜんぶだ。

ソウルミッション358

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