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校門

見送る側にいること

校門

朗読で聴く

第一章 三月

六十一になった。

同じ小学校に、三十八年いる。

教員は、ふつう、七年か八年で異動になる。

こちらは、ならなかった。

母の介護があった。

町の外に出られない、と、毎年、書いた。

書いたものが、通った。

母は、十二年前に死んだ。

死んでからも、書いた。

書く理由は、もう無かった。

無いまま、書いた。

通った。

三十八年、校門の内側にいる。

三月に、卒業生が出ていく。

毎年、二十人か、三十人だ。

校門のところに、教員が並ぶ。

子どもが、門を出ていく。

門を出るとき、子どもは、振り返る。

振り返って、手を振る。

こちらは、門の内側で、手を振る。

三十八回、それをした。

千人を、少し、超えた。

千人が、門を出た。

こちらは、一度も、出ていない。

第二章 門の内側

校門は、鉄の、両開きだ。

朝、開ける。

夕方、閉める。

三十八年、こちらが開けて、こちらが閉めた。

開けるのも、閉めるのも、内側からだ。

三月の前に、蝶番に、油を差す。

差さないと、開けるとき、鳴る。

鳴ると、子どもが、余計に振り返る。

振り返る回数が増えると、出ていくのが、遅くなる。

遅くなるのは、子どものためにならない。

だから、鳴らないようにしておく。

鳴らない門は、こちらの仕事だ。

誰も、気づかない。

気づかれない仕事が、三十八年ぶん、蝶番に溜まっている。

外側から、門を、見たことがない。

通勤は、裏の通用口からだ。

正門は、子どものためのものだ。

子どもは、朝、正門から入って、三月に、正門から出る。

入るときは、見ていない。

朝は、教室にいる。

出るときだけ、見る。

六年ぶんの、最後の一回だけを、見る。

最後の一回を、千回、見た。

子どもは、門を出ると、顔が変わる。

中学の顔になる。

なりかけの顔で、振り返る。

振り返ったときは、まだ、半分、こちらの子だ。

手を振って、前を向いたら、もう、違う。

前を向いた背中は、こちらの子ではない。

そこから先を、こちらは、知らない。

知らないまま、次の年の、二十人を、また見送る。

第三章 行く子と、いる人

行く子は、毎年、変わる。

門の内側にいる人は、変わらない。

変わらないのは、こちらだけだ。

ほかの教員は、七年で、いなくなる。

いなくなるとき、教員も、正門から出る。

正門から出る教員を、こちらは、内側から、見送る。

子どもと、同じだ。

門を出て、振り返って、手を振って、前を向く。

前を向いたら、別の学校の人だ。

二十人ほど、そうして見送った。

妻は、いない。

結婚しなかったのではない。

町の外に出なかったので、相手が、町の中に、いなかった。

町の中の人は、たいてい、こちらが見送った子の、親か、姉か、兄だった。

見送った側と、見送られた側の家とは、そうはならない。

ならないことを、若いうちは、知らなかった。

知ったときには、六十だった。

教員が、こちらより、先に出ていく。

先に来た人も、あとから来た人も、先に出ていく。

こちらは、内側にいる。

門が、こちらを、出さないのではない。

こちらが、出る理由を、書かなかっただけだ。

書けば、出られた。

書かなかった。

母の介護が、理由だったのは、最初の十年だ。

あとの二十八年は、理由が無い。

理由の無いまま、内側にいる。

いると、門の内側が、こちらの側になる。

側というのは、いる時間で、決まる。

第四章 門を知らない

門の内側にいる人だけが、門を知らない。

門は、出る人のためにある。

出る人には、門が、通り道だ。

通り道の向こうに、次がある。

内側にいる人には、門は、壁と同じだ。

開けても閉めても、こちらは、こちら側だ。

こちら側にいると、門が、境目に見えない。

境目に見えるのは、出る人だけだ。

出る人の顔が変わるのを見て、初めて、そこが境目だと分かる。

自分の顔は、変わったことがない。

変わったかどうかも、分からない。

変わる場所を、くぐっていないからだ。

六年生の子が、聞いたことがある。

先生は、卒業しないの、と。

しないよ、と答えた。

ずっといるの、と。

ずっといるよ、と答えた。

答えたあと、その子は、少し、可哀想な顔をした。

可哀想な顔をされて、こちらは、笑った。

笑ったのは、そのとおりだったからだ。

可哀想かどうかは、分からない。

ただ、出ない人を、出る側から見ると、そういう顔になる。

その顔を、こちらは、千回、見ている。

千回のうち、一回だけ、口に出た。

見送った子が、親になって、戻ってくる。

四月に、自分の子の手を引いて、正門の外に立つ。

こちらは、内側に立っている。

門を挟んで、立つ側が、決まっている。

あのとき出ていった子が、外側にいる。

こちらは、あのときと同じ、内側にいる。

向こうは、この門を、二度、通った。

出るときと、親として、また、入るときと。

こちらは、一度も、くぐっていない。

通っていない人が、門を、開けている。

開けている人には、門の重さだけが、分かる。

通る人には、重さは、分からない。

分からなくていい。

重さは、内側の人の、持ちものだ。

第五章 手を振る

三月の門で、手を振る。

振るのは、子どものためだと、思っていた。

三十八年振って、違うと分かった。

子どもは、前を向いたら、もう、こちらを見ていない。

見ていない背中に、手を振っている。

手を振っているあいだは、こちらは、動かなくて済む。

動かないでいる理由が、手にある。

振り終わったら、理由が無くなる。

無くなったら、門の内側に、ただ立っている人になる。

だから、最後の一人が角を曲がるまで、振る。

曲がったら、下ろす。

下ろして、門を閉める。

閉めるのは、こちらの仕事だ。

閉めた門の内側で、四月まで、こちらは、こちらの側にいる。

四月に、新しい子が、正門から入ってくる。

入ってくるのは、見ない。

教室で待っている。

六年たったら、門で、見送る。

見送って、閉める。

それを、三十八回した。

あと、四回だ。

四回で、何人になるか、まだ、分からない。

分からないが、百人は、超えない。

百人に足りないぶんを、こちらは、数えていない。

数えると、残りの数になる。

残りの数は、見送る側には、要らない。

エピローグ

定年になったら、こちらも、正門から出るのだろうか。

考えたことがある。

たぶん、出ない。

通用口から出る。

三十八年、そこから出入りした。

正門は、出る人のための門だ。

こちらは、出る人ではない。

いた人だ。

いた人には、門が無い。

門が無い人は、見送られない。

見送られないことを、寂しいとは、思っていない。

見送る側にいた人には、見送る側の、出方がある。

通用口を、内側から、閉める。

鍵を、事務室に返す。

それだけだ。

千人の背中を、見た。

千人は、こちらの背中を、見ていない。

見ていなくて、いい。

背中は、見送る人のものだ。

見送られる人は、背中を、置いていく。

置いていかれた背中を、三十八年、門の内側で、拾ってきた。

拾ったものは、返す先が無い。

無いので、こちらが、持っている。

持ったまま、あと四回、門を開ける。

ソウルミッション358

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