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黄色い線

見送る側にいること

黄色い線

朗読で聴く

第一章 二番線

六十八になった。

駅の前で、店をしている。

四十年になる。

乾物と、日用品と、切符の代わりになるようなものを、少し。

店の奥の窓から、二番線のホームが見える。

上りは、二番線から出る。

朝の七時十二分と、昼の一時四分と、夕方の五時五十分。

その三本で、この町を出ていく人は、たいてい出ていく。

こちらは、四十年、二番線にいた。

乗るためではない。

見送るためだ。

最初は、父だった。

町の病院で見きれなくなって、市の病院へ行った。

七時十二分だった。

母と二人で、ホームに立った。

父は、戻ってこなかった。

次は、兄だった。

東京へ、働きに出た。

五時五十分だった。

兄は、盆と正月に、戻ってくる。

戻ってきて、また、五時五十分で出ていく。

そのたびに、こちらは、二番線にいる。

第二章 扉の位置

二番線の、どこに立てばいいか、体が知っている。

二両目の、うしろの扉だ。

そこが、店にいちばん近い。

止まる位置は、四十年で、二度、変わった。

二度とも、体が、先に覚えた。

黄色い線の、二歩うしろに立つ。

二歩は、決めたのではない。

手を上げたとき、扉の中の人と、ちょうど目が合う距離だ。

一歩だと、近すぎて、見上げることになる。

三歩だと、扉の中から、こちらが小さい。

線は、踏まない。

踏むと、駅員に言われる。

言われなくても、踏まない。

線のこちら側が、こちらの場所だ。

息子を見送ったのは、十八のときだった。

大学で、東京へ行った。

七時十二分だった。

息子は、扉の中から、手を上げた。

こちらは、線のうしろから、手を上げた。

扉が閉まって、息子の顔が、窓の中で、少し違う顔になった。

乗った人の顔は、扉が閉まると、変わる。

行く先の顔になる。

四十年、その顔を、見てきた。

娘を見送ったのは、二十六のときだった。

名古屋へ、嫁いだ。

一時四分だった。

娘は、泣かなかった。

こちらも、泣かなかった。

泣かないで、手を上げた。

扉が閉まって、娘の顔が、変わった。

変わるのを、こちらは、見ていた。

変わらないのは、線のこちら側だけだ。

娘は、年に二度、一時四分で戻ってくる。

戻ってきたときの顔は、名古屋の顔だ。

三日いると、少し、こちらの顔に戻る。

戻りかけたところで、また、一時四分に乗る。

扉が閉まって、名古屋の顔に戻る。

戻るのが、扉が閉まってからだというのを、こちらは知っている。

娘は、知らない。

知らないほうが、いい。

第三章 夫

夫を見送ったのは、三年前だ。

市の病院で、手術をすることになった。

七時十二分だった。

父と、同じ電車だ。

夫は、扉の中で、笑った。

笑って、手を上げた。

こちらは、線のうしろで、手を上げた。

扉が閉まって、夫の顔が、変わった。

病院の顔になった。

その顔で、夫は、戻ってこなかった。

戻ってきたのは、息子が抱えた、白い箱だった。

箱は、二番線ではなく、一番線に着いた。

下りは、一番線に着く。

こちらは、一番線に立った。

四十年で、初めて、迎える側に立った。

迎える側に立って、分かった。

迎えるときは、線を、踏んでもいい。

駅員が、何も言わない。

線を踏んで、箱を、受け取った。

受け取って、二番線を、振り返った。

二番線は、いつもの、こちらの場所だった。

その日から、二番線が、少し、遠くなった。

母だけは、見送っていない。

母は、店の奥で、死んだ。

病院へ行く電車には、乗らなかった。

乗る前に、間に合わなくなった。

母は、線のこちら側で、終わった。

こちらと、同じ側だ。

母を見送らなかったことを、こちらは、ときどき思う。

見送らなかったのではなく、見送る場所が、無かった。

同じ側にいる人は、見送れない。

見送るには、線が要る。

線の向こうへ行く人だけが、見送られる。

母は、行かなかった。

行かないまま、こちらの側で、いなくなった。

いなくなり方に、二つある。

線の向こうへ行くのと、こちら側で、いなくなるのと。

こちらは、たぶん、母と同じほうだ。

第四章 見送られたこと

見送られたことが、無い。

電車には、乗ったことがある。

市へ、買い物に行く。

娘のところへ、孫の顔を見に行く。

そのときも、二番線から乗る。

乗って、線のうしろを見る。

誰も、いない。

いなくて、いい。

店は、閉めてきている。

閉めた店の、奥の窓が、ホームから見える。

あそこから、四十年、ここを見ていた。

そう思いながら、扉が閉まる。

閉まっても、こちらの顔は、変わらない。

変わる先が、無い。

見送られていない人の顔は、変わらない。

変わらないまま、市へ行って、変わらないまま、戻ってくる。

戻ってくると、店を開ける。

開けて、奥の窓から、二番線を見る。

見送った人は、行った先で、別の人になった。

父は、病院の人になった。

兄は、東京の人になった。

息子も、東京の人になった。

娘は、名古屋の人になった。

夫は、白い箱になった。

こちらは、駅の前の店の人のままだ。

四十年、同じ場所で、変わらないままだ。

変わらないでいられたのは、見送る側にいたからだ。

見送る側にいると、線の向こうへ、行かなくて済む。

行かなくて済むことを、ずっと、楽だと思っていた。

楽だったかどうか、いまは、分からない。

第五章 手を上げる

朝の七時十二分は、店を開ける前に出る。

奥の窓から、見える。

誰も見送らない朝でも、扉が閉まるとき、手が、少し上がる。

上げようと思って、上げているのではない。

四十年、その時刻に、その場所で、上げてきた手だ。

手が、時刻を、覚えている。

誰の顔も、窓の中に、無い。

無い窓に向かって、手が上がる。

上がった手を、下ろして、店を開ける。

これを、毎朝、している。

誰にも、言っていない。

言えば、寂しい人だと思われる。

寂しいのではない。

手が、勝手に上がるだけだ。

勝手に上がる手を、止めないでいる。

止めないでいるのは、止めると、見送る側でも、なくなるからだ。

見送る側でなくなったら、こちらは、何の側にもいない。

線のこちら側は、見送る側のための場所だ。

見送る側でなくなった人が立つ場所は、駅には、無い。

エピローグ

今日、孫を見送った。

娘の娘だ。

東京の大学に、行く。

七時十二分だった。

二両目の、うしろの扉。

黄色い線の、二歩うしろ。

孫は、扉の中から、手を上げた。

おばあちゃんも、いつか、来てよ、と言った。

行くよ、と答えた。

答えて、行かないことを、知っていた。

行かないのではない。

行っても、見送られる側には、なれない。

ここで見送って、向こうで迎えられる。

迎えられるのは、見送られたことにはならない。

扉が閉まった。

孫の顔が、変わった。

東京の顔に、なりかけた。

なりかけたのを、こちらは、線のうしろから、見ていた。

電車が行って、ホームに、こちらだけが残った。

残ったのが、こちらの場所だ。

四十年、そこに、残ってきた。

残る側には、残る側の、電車がある。

二番線には、来ない。

母のところに来たのと、同じものが、店の奥に来る。

いつか来る、乗る側にならない、最後の一本だ。

それまで、七時十二分に、手を上げる。

ソウルミッション358

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