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片方

同じにしたこと

片方

朗読で聴く

第一章 同じに

七十になった。

双子だった。

妹は、三年前に死んだ。

妹、と言っているが、生まれたのは、十二分の差だ。

その十二分で、こちらが姉になった。

七十年、同じにされてきた。

服は、同じものを着せられた。

髪も、同じに切られた。

名前の頭文字も、同じだ。

誕生日は、当然、同じだ。

贈り物は、いつも二つ同じものだった。

母は、同じにしないと片方が泣く、と言っていた。

泣いたのは、たぶん、どちらでもない。

母が、泣かせたくなかっただけだ。

同じにしておけば、母は、安心できた。

安心のために、こちらと妹は、七十年、同じにされた。

された、と言うと、責めているように聞こえる。

責めてはいない。

ただ、そうだった。

そうだったことを、妹が死ぬまで、考えなかった。

考えなくても、困らなかった。

困らなかったのは、隣に、もう片方がいたからだ。

学校でも、職場でも、二人でひとつに数えられた。

二人で、と言われることに、慣れていた。

一人で、と言われたことは、ほとんど無い。

一人で、と言われるようになったのは、三年前からだ。

言われて、返事が、少し遅れる。

遅れるのは、こちらが一人であることに、まだ、体が慣れていないからだ。

第二章 差

自分がどういう人間かを、こちらは、妹との差でしか知らなかった。

妹より少し背が高い。

妹より少し声が低い。

妹より先に結婚して、妹より早く離婚した。

妹より、字が下手だ。

全部、妹との差だ。

差で、自分の形を知っていた。

差が無いところは、知らなかった。

知らなくても、困らなかった。

妹がいれば、差は、いつでも測れた。

測れるので、自分の形は、いつでも分かった。

分かっているつもりだった。

妹が死んで、測るものが無くなった。

無くなって、自分の形が、分からなくなった。

背が高い、というのは、妹よりだった。

妹がいないと、ただの、七十の女の背だ。

高いのか低いのか、分からない。

分からないことが、三年、続いている。

七十で、初めて、ひとりぶんの自分を見ている。

ひとりぶんというのが、どういう形なのか、まだ、分からない。

妹のほうも、たぶん、同じだった。

妹も、こちらとの差で、自分を知っていた。

二人で、差を測り合って、七十年、生きた。

測り合う相手がいなくなると、どちらも、形を失う。

失ったのは、こちらだけだ。

妹は、失う前に、死んだ。

そのことを、少し、うらやましいと思う。

思ってから、慌てて、打ち消す。

打ち消しても、また思う。

思うことを、妹には、言えない。

言えない相手が、いちばん、言いたい相手だった。

第三章 輪郭

同じにされた側は、自分の輪郭を、もう片方との差でしか知らない。

そう思う。

輪郭というのは、隣と違うところにできる。

隣が同じなら、輪郭は、差のところにしかできない。

差が小さいので、輪郭も小さかった。

小さい輪郭で、七十年、生きた。

それで足りていた。

足りていたのは、妹がいたからだ。

妹がいなくなって、差が無くなった。

差が無くなると、輪郭も無くなる。

輪郭が無いというのは、自分が、どこまでなのかが分からないということだ。

分からないまま、三年、いる。

周りの人は、こちらを、こちらとして見ている。

見ているつもりだと思う。

でも、こちらを、妹と間違えた人が、何人もいる。

間違えられるたびに、こちらは、片方だった。

片方であることに、慣れていた。

慣れていたものが、無くなった。

無くなって、片方でなくなったのに、一人にもなれていない。

片方と一人の、あいだにいる。

あいだにいる人を、周りは、一人だと思っている。

一人に見えるらしい。

見えているだけで、中は、まだ片方だ。

内側と外側が、合っていない。

第四章 母

母は、同じにすることを、愛だと思っていた。

思っていたことは、間違っていないと思う。

母なりの、公平だった。

公平の結果、こちらと妹は、一人ずつでは、いなかった。

二人で一組だった。

一組として、育った。

一組の片方が死ぬと、残ったほうは、半分になる。

半分というのは、一人ではない。

一人になるには、初めから、一人だったことが要る。

こちらは、初めから、片方だった。

片方が一人になる方法を、誰も教えてくれなかった。

母も、知らなかったと思う。

母は、二人を同じにすることしか、知らなかった。

知っていることを、七十年、した。

したことの結果が、いま、こちらに残っている。

残っているものを、母のせいにはしない。

しないが、母に、聞いてみたかった。

どうして、同じにしたのか。

聞く前に、母は死んだ。

妹も死んだ。

聞ける人が、もういない。

聞けないので、自分で答えを作る。

母は、たぶん、二人を、一人ずつ見るのが、怖かった。

一人ずつ見ると、どちらかを多く見てしまう。

それが怖くて、同じにした。

同じにしていれば、多くも少なくも、無い。

無い代わりに、一人ずつも、無かった。

第五章 服

妹の服を、片づけた。

妹の家に行って、片づけた。

こちらと同じ服が、たくさんあった。

七十まで、同じ服を、別々に買っていた。

示し合わせたわけではない。

同じものを、同じ店で、それぞれが選んでいた。

選ぶ目が、同じになっていた。

同じにされて育つと、選ぶ目まで、同じになる。

妹の服を、一枚、持って帰った。

こちらの持っている服と、同じ服だ。

同じ服が、二枚、こちらの家にある。

一枚は、こちらのもの。

一枚は、妹のもの。

どちらがどちらか、もう、分からない。

分からないことが、正しい気がする。

七十年、分からないようにされてきた。

それを、いまさら、分けようとは思わない。

分けられないものを、二枚、持っている。

二枚を、同じ引き出しに入れた。

別々の引き出しに入れることも、考えた。

考えて、やめた。

別々にすると、初めて、分けることになる。

七十年、分けなかったものを、こちらの手で分けるのは、違う気がした。

エピローグ

今朝、鏡を見た。

七十の顔がある。

妹の顔でもある。

どちらの顔かは、こちらにも、分からない。

分からない顔で、ひとりぶんの朝を、過ごしている。

ひとりぶんの朝は、三年たっても、慣れない。

慣れないのは、輪郭が無いからだ。

無いものは、鏡に映らない。

映っているのは、顔だけだ。

顔は、七十年、妹と同じだった。

同じだったので、自分の顔として見たことが、ほとんど無い。

輪郭は、これから、できるのかもしれない。

できるとしたら、差ではなく、別のものでできる。

別のものが何かは、まだ、知らない。

知らないまま、七十で、初めて、自分の形を探している。

探しているのは、片方だった人だ。

片方だった人が、一人になろうとしている。

なれるかどうかは、分からない。

なれなくても、片方のままではいられない。

片方の、もう片方は、もういない。

いないほうを、毎朝、鏡の中で、探してしまう。

探して、自分の顔を見つける。

見つけた顔が、自分なのか、妹なのかは、まだ、決まっていない。

ソウルミッション358

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