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交互

同じにしたこと

交互

朗読で聴く

第一章 二つの家

六十六になった。

結婚して、四十年になる。

実家と、妻の実家がある。

どちらも、車で二時間ほどのところだ。

方角は、反対だ。

四十年、二つの家に、同じにしてきた。

盆は、交互に行った。

正月も、交互に行った。

片方に盆なら、もう片方に正月。

次の年は、逆にする。

一度も、崩さなかった。

援助は、同じ額にした。

親が病気になれば、同じ回数、見舞いに行った。

墓参りも、同じ回数にした。

数えていた。

数えて、合わせていた。

合わせることが、こちらの役目だと思っていた。

妻は、何も言わなかった。

言わなかったので、それでいいと思っていた。

思っていたのは、たぶん、こちらだけだ。

父が死んだとき、三日、帰った。

その二年後、妻の父が死んだとき、三日、帰った。

同じ三日だった。

同じにするために、そうした。

そうしたことを、いまでも、正しかったと思っている。

思っているのに、何かが、残っている。

父の葬儀の三日目に、兄に、もう帰るのか、と言われた。

帰る、と答えた。

三日と決めていたからだ。

決めていた理由を、兄には言わなかった。

言えば、向こうの家と同じにしている、という話になる。

その話を、兄にする気は無かった。

兄は、それきり、何も言わなかった。

言わなかったことが、いまも、残っている。

第二章 どちらの人でもない

同じにするというのは、どちらも選ばないことだ。

選ばないことを、四十年、やった。

やった結果、どちらの家でも、こちらは、選ばれない人になった。

実家に行けば、婿のようにされる。

妻の実家に行けば、婿だ。

どちらでも、客だった。

客として、四十年、二つの家に行き来した。

行き来した回数は、同じだ。

同じなので、どちらの家からも、こちらの家だと思われていない。

思われていないことに、気づいたのは、母の葬儀だった。

兄が喪主で、こちらは、その横にいた。

横にいて、あの人は半分は向こうの家の人だから、と誰かが言うのを聞いた。

半分、と言われた。

半分は、正しい。

半分ずつにしたのは、こちらだ。

妻の実家では、逆のことを言われているだろう。

言われていると思う。

半分と半分で、一つになるはずだった。

ならなかった。

半分は、二つあっても、半分のままだ。

二つの半分を、四十年、別々の家に置いてきた。

子どもは二人いて、どちらも、両方の祖父母を、同じくらい知らない。

同じくらい、というのが、こちらのやり方の結果だ。

どちらの家にも、深く入らなかった。

入らないように、こちらが、交互にしていた。

第三章 妻

妻は、四十年、黙っていた。

黙っていたのを、賛成だと思っていた。

去年、妻が、言った。

あなたは、うちの家にも、自分の家にも、いなかったね、と。

責める言い方ではなかった。

ただ、そう言った。

言われて、そのとおりだと思った。

いなかった。

どちらにも、いなかった。

真ん中に、いた。

真ん中は、道の途中で、どこでもない。

どこでもないところに、四十年、いた。

妻は、たぶん、自分の家に、もっといてほしかった。

言わなかったのは、こちらが、同じにすることに、必死だったからだ。

必死な人に、そんなことは言えない。

言えないまま、四十年、たった。

たってから、言った。

言ってくれたのは、遅くても、ありがたい。

ありがたいと思うのは、それでも、真ん中からは、動けないからだ。

動くと、もう片方が、減る。

減らすことが、四十年、できなかった。

できなかったことが、こちらの形になっている。

妻は、それ以上は言わなかった。

言わないのは、四十年前からの癖だ。

癖を作ったのは、こちらの必死さだ。

必死さは、外からは、几帳面に見えたと思う。

几帳面な婿、と言われたことがある。

几帳面なのではない。

決められないだけだった。

決められない人は、同じにする。

同じにしていれば、どちらにも、悪くない。

悪くないことを、四十年、選びつづけた。

悪くないだけの人に、なった。

第四章 交互

盆と正月を、交互にしていた。

交互というのは、どちらも、半分しか行かないということだ。

毎年の盆に行く家は、無い。

毎年の正月に行く家も、無い。

二年に一度なら、どちらの家にとっても、たまに来る人だ。

たまに来る人に、なった。

なったのは、こちらが決めたことの結果だ。

決めたときは、それが、いちばんいい形だと思っていた。

いちばんいい形は、どちらの家からも、少し遠い形だった。

遠いことに、四十年、気づかなかった。

気づかなかったのは、こちらが忙しかったからだ。

交互を守るのは、忙しい。

どちらに行ったかを覚えておいて、次を決める。

決めて、その年の予定を組む。

組んで、行く。

行って、帰る。

帰って、次を数える。

数えているあいだ、どちらの家の中にも、いなかった。

数える場所は、家の外だ。

外で、四十年、数えていた。

外にいる人を、家の中の人は、外の人だと思う。

思われて、当然だった。

当然のことに、四十年、気づかなかった。

気づかないほど、数えることに、気を取られていた。

第五章 同じ額

援助の額を、同じにした。

実家が困ったとき、いくら出したかを、覚えている。

妻の実家が困ったとき、同じ額を出した。

向こうは、それほど困っていなかった。

困っていないのに、同じ額を出した。

出したのは、同じにするためだ。

同じにするために、要らないところに出した。

要るところには、足りなかったかもしれない。

足りなかったかどうかを、聞いていない。

聞くと、同じにできなくなる。

できなくなるのが、怖かった。

怖かったのは、たぶん、決めるのが怖かったからだ。

どちらかを多くするというのは、決めることだ。

決めるのを、四十年、避けた。

避けるために、同じにした。

同じにするのは、決めないための方法だった。

方法として、うまくいった。

うまくいって、誰の家の人でもなくなった。

自分の家というものが、こちらには、無い。

妻と子どもの家は、ある。

そこは、こちらの家だ。

それだけが、同じにしなくてよかった場所だ。

そこだけは、数えたことが無い。

数えなくていい場所が、一つあった。

一つあったので、六十六まで、来られた。

来られたことを、妻に、言っていない。

言うと、二つの家のことも、言うことになる。

エピローグ

今年の盆は、妻の実家の番だ。

番だ、と、まだ数えている。

数えるのを、やめられない。

やめると、どちらかを選ぶことになる。

六十六で、初めて選ぶのは、遅い。

遅くても、選ぶべきかどうかを、考えている。

考えているあいだも、番は回ってくる。

回ってくる番に、行く。

行って、客として、座る。

座りながら、思う。

四十年、同じにした。

同じにしたことで、こちらは、どこの誰でもなくなった。

どこの誰でもない人が、二つの家に、交互に座っている。

座っている椅子は、いつも、客の椅子だ。

客の椅子は、二つの家に、一つずつある。

一つずつを、同じ回数、使った。

それが、こちらの、四十年だ。

ソウルミッション358

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