同じ服
同じにしたこと

朗読で聴く
第一章 同じに
七十二になった。
娘が二人いる。
上が四十五、下が四十三。
二つ違いだ。
二人には、四十年、同じにしてきた。
服は、同じものを、色違いで買った。
習い事は、同じ教室に、同じ曜日に通わせた。
お年玉は、同じ額にした。
大人になってからも、同じにした。
家を建てるとき、同じ額を渡した。
子どもが生まれたとき、同じものを贈った。
電話は、同じ日に、二人にかけた。
片方にかけて、もう片方にかけないことは、しなかった。
しないように、していた。
同じにするのは、決めたのではない。
気がついたら、そうしていた。
そうしていることを、公平だと思っていた。
公平は、いいことだと思っていた。
四十年、そう思って、やった。
やったことを、去年、上の娘に言われた。
お母さんは、私のことを、妹と同じにしか見ていなかった。
そう言われた。
言い返さなかった。
言い返す言葉が、無かった。
無かったのは、そのとおりだったからだ。
そのとおりだと、その場で分かった。
分かったのに、四十年、気づかなかった。
気づかないまま、正しいことをしているつもりだった。
つもり、というのが、いちばん長く続く。
第二章 楽だった
言われて、考えた。
同じにするのは、楽だった。
それが、最初に出てきた答えだ。
片方に何かをするとき、もう片方にも同じことをすれば、考えなくていい。
どちらが何を欲しがっているかを、見なくていい。
見なくていいので、見なかった。
見なかったことを、公平と呼んでいた。
呼び方を変えると、楽をしていた、になる。
楽をしていた四十年を、公平の四十年だと思っていた。
思っていたのは、こちらだけだ。
娘たちは、たぶん、ずっと前から知っていた。
知っていて、言わなかった。
上の娘は、去年まで言わなかった。
下の娘は、まだ言っていない。
言っていないだけで、知っている顔をしている。
知っている顔を、こちらは、四十年、見ていなかった。
見ていなかったのは、真ん中に立っていたからだ。
真ん中に立って、右と左を同じにしていると、右の顔も、左の顔も、正面からは見えない。
横顔しか、見えない。
横顔を、四十年、見ていた。
横顔は、こちらを見ていない。
それで、見ているつもりだった。
こちらの母は、こちらと姉を、同じにしなかった。
姉に多く、こちらに少なかった。
少なかったことを、ずっと覚えている。
覚えているので、自分の子には同じにしようと思った。
思ったことは、間違っていない。
間違っていないことを、やりすぎた。
やりすぎると、別のことになる。
別のことになっていたのを、四十年、気づかなかった。
第三章 同じ服
押し入れに、二人の子どものころの服がある。
同じ服が、色違いで、二枚ずつ。
上は赤、下は青。
どの服も、そうだ。
捨てられなくて、取ってある。
去年、言われたあとで、押し入れを開けた。
二枚ずつの服を、並べてみた。
並べると、同じだった。
同じにしたのだから、同じだ。
同じなのに、着ていた子は、違う子だった。
上は、赤が嫌いだった。
言われたことがある。
言われて、でも二人とも同じだから、と答えた。
答えたことを、覚えている。
下は、青が好きかどうか、聞いたことが無い。
聞かなくても、同じにしていれば、文句は出ないと思っていた。
文句は、出なかった。
出なかったことを、うまくいっていると思っていた。
文句が出ないのは、うまくいっているからではなかった。
言っても同じにされるだけだと、二人が知っていたからだ。
知っていた二人の前で、こちらだけが、知らなかった。
うまくいっていたのは、こちらだけだ。
二枚の服を、押し入れに戻した。
戻すとき、初めて、赤と青を、別々の場所に置いた。
別々に置いても、何も変わらない。
四十年前に、別々に置くべきだった。
置くべきだった、と思うのは、簡単だ。
簡単なことを、あのころは、思いつかなかった。
思いつかないほど、同じにすることに、安心していた。
第四章 どちらにも
同じにした結果、どちらにも、その子だけのものを渡していない。
渡したものは、全部、二つある。
二つあるものは、その子のものではない。
半分ずつのものだ。
半分ずつのものを、四十年、渡しつづけた。
渡しながら、たくさん渡していると思っていた。
数は、多かった。
一つずつのものが、無かった。
上の娘に、その子だけのものを、何か渡したことがあるか。
考えて、出てこなかった。
下の娘にも、出てこなかった。
出てこないことが、答えだった。
夫は、こちらに任せていた。
任せていたので、夫にも、責任は無い。
無いことにして、こちらが持つ。
持っているものが、同じにした四十年だ。
四十年ぶんは、重い。
重いのに、中身は、二つずつの同じものだけだ。
同じものを二つ持っているというのは、一つも持っていないのと、近い。
近いことに、去年、気づいた。
気づいて、どうにもならない。
四十年ぶんの二つずつは、もう、渡してしまった。
第五章 言われたあと
上の娘に、言われたあと、電話の日を変えた。
同じ日にかけるのを、やめた。
上には、上の都合のいい日にかける。
下には、下の都合のいい日にかける。
かけて、話す内容も、同じにしない。
同じにしないのは、思ったより、難しい。
同じにしないと、どちらかに多くかけている気がする。
気がするのは、四十年の癖だ。
癖を、七十二で直している。
直しきれるかどうかは、分からない。
分からないまま、直す。
直さないまま死ぬよりは、途中まででも、直す。
下の娘は、まだ何も言わない。
言わない娘に、こちらから、聞いた。
青は、好きだったの、と。
娘は、少し黙って、覚えてない、と言った。
覚えてない、というのが、答えだと思った。
好きだったなら、覚えている。
覚えていないものを、四十年、着せていた。
それを、公平と呼んでいた。
上の娘には、赤が嫌いだったことを、覚えているかと聞いた。
覚えてる、と言った。
上は覚えていて、下は覚えていない。
同じ服を着せて、残ったものが、二人で違う。
違うことを、初めて、別々に受け取った。
受け取るのが、四十年、遅かった。
エピローグ
今日は、上の娘に電話をかける日だ。
下の娘には、かけない。
かけないことに、まだ、少し落ち着かない。
落ち着かないのが、正しいのだと思う。
落ち着いていたのは、真ん中に立っていたからだ。
真ん中から降りると、落ち着かない。
落ち着かないところで、上の娘の顔を、正面から見ようとしている。
七十二で、初めて、正面から見る。
遅い。
遅いが、横顔しか見ていないまま死ぬよりは、いい。
いいのかどうかも、本当は、娘が決めることだ。
決めるのは娘で、こちらは、電話をかける。
同じ日ではない日に、かける。
かけて、その子の話を、聞く。
聞くことを、四十年、していなかった。
していなかったことを、これから、ふたりぶん、別々にする。
別々にすることが、いまのこちらにできる、唯一の、同じではないことだ。
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