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向かいの家

うらやまれること

向かいの家

朗読で聴く

第一章 三十年

七十二になった。

この通りに三十一年住んでいる。

家は平屋で、前に芝がある。

通りを渡ったところに、同じ形の家が建っている。

建売なので、この通りの家はみんな似ている。

向かいの家には、こちらと同じ年ごろの夫婦が住んでいた。

名前は知っていた。

あいさつはした。

立ち話は、年に何度かした。

それ以上のことはなかった。

三十年、こちらはあの家をうらやんでいた。

はっきり言葉にしたことはない。

台所の窓から見えるので、毎日見ていた。

見ていて、いいなと思っていた。

何がいいのかは、いくつもあった。

まず、芝がきれいだった。

うちの芝は、夏のあいだに必ず一部が茶色くなる。

向こうの芝は、三十年で一度も茶色くなったのを見ていない。

それから、車が二台あった。

うちは一台だ。

夫が働いていたあいだも、一台でやっていた。

そして、玄関の灯が夜になるとついていた。

うちの玄関の灯は、球が切れると三日ほど切れたままになる。

向こうは、切れているのを見た記憶がない。

どれも、小さいことだ。

小さいことなので、口に出したことがない。

口に出すほどではないものを、三十年見ていた。

三十年やると、小さいことでも形になる。

こちらの中では、向かいの家は「よくできている家」だった。

第二章 言わなかったこと

うらやんでいたことを、夫には言わなかった。

言うと、うちが足りないという話になる。

夫は足りないと思っていない人だった。

思っていない人に、足りないという話をしたくなかった。

娘にも言わなかった。

娘は二十で家を出て、いまは西のほうにいる。

言うと、母さんが不満を持っていることになる。

不満ではなかった。

不満というのは、足りないものが分かっているときの言葉だ。

こちらは、足りないものが分かっていなかった。

ただ、向かいを見ると、いいなと思った。

それだけを三十年やっていた。

夫は八年前に死んだ。

それからは一人で住んでいる。

一人になってからも、台所の窓から向かいを見ていた。

見る回数は増えた。

増えた理由は、たぶん、見る時間が増えたからだ。

見ていて、つらくはなかった。

これは、あとで考えて分かったことだ。

うらやむのは、つらいことだと思われている。

こちらの場合は、そうではなかった。

朝、湯を沸かしながら窓の外を見る。

向かいの芝が青い。

それを見て、いいな、と思う。

思ったあとで、自分の芝を見る。

その順番が、三十年の毎朝だった。

第三章 去年の春

去年の春に、向かいの家が売りに出た。

庭に不動産屋の板が立った。

立ってから三週間ほどで、荷物が出はじめた。

あの家の夫は、その二年前に死んでいた。

葬儀には行った。

教会で、こちらは後ろの列に座った。

妻のほうは、それから一人で住んでいた。

こちらと同じだった。

荷物が出る日に、こちらは芝に水をやっていた。

向こうが通りを渡ってきた。

最後だからあいさつに来た、と言った。

娘の家の近くに移る、と言った。

こちらは、そう、と言って、体に気をつけて、と言った。

それで終わるはずだった。

その人とは、それまで長く話したことがなかった。

いちばん長かったのは、十年ほど前の停電の夜だ。

通りに出て、二十分ほど立ち話をした。

その日も、家の話はしなかった。

天気と、電気がいつ戻るかの話をした。

第四章 言われたこと

帰りかけて、その人が振り返った。

それから、こう言った。

あなたの家が、いつもうらやましかった、と言った。

こちらは、何も言えなかった。

聞き間違いだと思った。

その人は続けて、二つ言った。

一つは、うちの玄関のことだった。

夕方になると、いつも人の声がしていた、と言った。

こちらは、夫と娘と三人でよく玄関先にいた。

娘が出ていったあとも、夫と二人でいた。

夏の夕方は、そこが涼しいからだ。

もう一つは、芝のことだった。

あなたの芝は、いつも誰かが歩いた跡があった、と言った。

うちの芝には、道ができていた。

夫が毎朝、同じところを通って郵便を取りに行くからだ。

三十年で、そこだけ草が生えなくなっていた。

こちらは、それを見苦しいと思っていた。

直そうとしたことが何度かある。

種を蒔いたが、また踏まれるので生えなかった。

その人は、あの跡がうらやましかったと言った。

うちの芝はきれいだけど、誰も歩かないから、と言った。

言い方は静かだった。

恨みでも、皮肉でもなかった。

三十年、そう思っていた人の言い方だった。

こちらは、ありがとう、と言った。

ほかに言うことが見つからなかった。

言ってから、ありがとうは違うと思った。

違うと思ったが、言い直せなかった。

その人は、少し笑って、通りを渡って帰った。

それが最後だった。

いまは、娘の家の近くにいる。

住所は聞かなかった。

第五章 両側から

その人が帰ったあと、しばらく芝に立っていた。

水を止めるのを忘れていた。

気づいて止めた。

それから、家に入って座った。

考えたのは、三十年のことだった。

こちらは向かいを見ていた。

向かいも、こちらを見ていた。

同じ通りの、同じ幅を挟んで、同じ年数だ。

どちらも、言わなかった。

言わなかったのは、たぶん同じ理由だ。

言うと、自分の家が足りないという話になる。

足りないという話を、隣の人にはしない。

それで、三十年、両側から同じ強さで働いていた。

働いていて、どちらにも届いていなかった。

届いていなかったので、どちらも減らなかった。

三十年ぶんの、向こうのほうが、が、一度に効かなくなった。

効かなくなったのに、楽にはならなかった。

楽にならない理由は、少し考えて分かった。

うらやんでいたあいだ、こちらには見る場所があった。

窓から見て、いいなと思う場所があった。

いいなと思うのは、苦しいことではなかった。

効かなくなって、消えたのは、苦しさではない。

見る場所のほうだった。

いいな、と思う場所が一つ無くなった。

無くなってみると、あれは支えだったのかもしれない。

自分の家に足りないものを数えるための場所ではなかった。

毎朝、目を上げる先だった。

目を上げる先が要る、というのは、少し変な話だ。

変な話だが、無くなってから分かった。

エピローグ

向かいの家には、夏に若い夫婦が入った。

子が二人いる。

芝は、去年より少し荒れている。

子どもが走るからだ。

朝、その芝に道ができはじめているのが見える。

まだ細い。

あと二十年すれば、うちのようになるだろう。

うちの芝の道は、いまも残っている。

夫が死んで八年たつのに、消えていない。

こちらが同じところを通っているからだ。

郵便は、毎朝そこを通って取りに行く。

通らない道順もある。

通らない道順のほうが、少し短い。

それでも、そこを通っている。

新しい夫婦が、こちらを見ているかは分からない。

見ているとしたら、何を見ているのかも分からない。

こちらが三十年見ていたものと、向こうが三十年見ていたものは、違っていた。

同じ通りで、違うものを見ていた。

それだけのことに、三十年かかった。

ソウルミッション358

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