名前は、みんな知っている
うらやまれること

朗読で聴く
第一章 会社の名前
五十八になった。
息子は三十一で、東京にいる。
大きな会社に入っている。
名前を言えば、この町の人はみんな知っている。
テレビで広告をやっているからだ。
夫は五年前に定年になって、いまは週に三日だけ働いている。
娘はいない。
子は息子ひとりだ。
息子は高校まではこの町にいた。
大学で出ていって、そのまま向こうで就職した。
卒業の年に内定が決まったとき、家に電話がきた。
電話で会社の名前を聞いて、夫と二人で少し黙った。
黙ったのは、うれしかったからだ。
その日のことは、よく覚えている。
いまも、あの黙った数秒だけは、そのまま思い出せる。
次の日から、近所に知られた。
こちらが言ったのではない。
母が言ったのだと思う。
母は三年前に死んだが、あのころは元気で、よく人と話していた。
言われて困ることではなかった。
だから、そのままにした。
いま思えば、あのときに一度だけ、言い方を決めておけばよかった。
うれしいのと、遠いのを、両方入れた言い方だ。
あのころは遠いと思っていなかったので、決めようがなかった。
遠いと分かるのは、あとになってからだ。
第二章 七年
息子は七年、帰ってきていない。
最後に帰ったのは、母の葬儀のときだ。
二泊して、朝の新幹線で帰った。
仕事が立て込んでいると言っていた。
嘘だとは思わない。
電話は年に二回ある。
正月と、こちらの誕生日だ。
誕生日にかかってくるのは、たぶん手帳に書いてあるからだと思う。
書いてあるほうが、忘れているよりいい。
電話は長くて十分間ほどだ。
体は元気か、そっちは寒いか、そういう話をする。
仕事のことは、忙しい、で終わる。
こちらから、どんな仕事なのかを聞いたことがある。
三年前の正月だ。
息子は少し考えて、説明が難しいんだよ、と言った。
難しいのだろうと思って、それ以上は聞かなかった。
だから、いまも知らない。
あの会社の何をする部署にいるのかを知らない。
名刺は一度もらったが、部署の名前は英語で書いてあった。
英語のところは読めなかった。
読めなかったとは言えなかった。
名刺は、仏壇の下の引き出しに入っている。
夫は、名刺のことを知らない。
見せていないのではなく、話に出なかった。
夫は息子の仕事のことを聞かない。
聞かないほうがいい、と思っているのかもしれない。
一度だけ、夫がぽつんと言った。
あれは、うちには帰ってこないな、と言った。
こちらは、忙しいんでしょう、と答えた。
夫はうなずいて、それだけだった。
第三章 毎年の箱
毎年、暮れに箱が届く。
産地から直接送るものだ。
中身は毎年同じで、味噌と、干した魚と、みかんが入っている。
息子が選んでいるのかは分からない。
会社にそういう決まりがあるのかもしれない。
のしには、息子の名前が印刷されている。
手書きのものは入っていない。
最初の年は、うれしくて近所に配った。
配ると、みんな同じことを言った。
立派な息子さんでいいね、と言った。
二年目からは配っていない。
配ると、また言われるからだ。
言われるのが嫌なのではない。
言われたときに、そうなの、と答えることになる。
そうなのと答えるのは、うれしいから答えているのではなくなっていた。
箱は、夫と二人で食べる。
みかんは二人では多い。
毎年、少し残して、悪くしてから捨てる。
捨てるときのことは、誰にも言っていない。
箱の段ボールは、たたんで玄関の横に立てておく。
資源の日に出す。
出すまでの二週間、そこに立っている。
通るたびに、少し目に入る。
目に入るだけで、何を思うわけでもない。
第四章 間違っていない
人に会うと、たいてい同じことを言われる。
お子さんが立派でいいね、と言われる。
あの会社なんでしょう、と言われる。
言う人は、悪い気持ちで言っていない。
そうなの、と答える。
答えたあとで、いつも同じことを考える。
言われていることは、間違っていない。
息子はあの会社にいる。
仕事もできているのだろうと思う。
立派というのは、たぶん当たっている。
当たっているから、言い返すところが無い。
こちらが困っているのは、立派でないからではない。
立派だから、いない。
あの町にいて、あの会社にいるなら、帰る時間はできない。
帰らないのは、立派であることの中身だ。
それを人に言うと、贅沢な話になる。
息子が立派で、それで会えないのが寂しい、という話になる。
その話は、聞くほうを困らせる。
困らせるので、言わない。
言わないので、そうなの、と答える。
三十一年育てて、いま口に出せるのは、会社の名前だけだ。
部署は言えない。
どんな顔で働いているのかも言えない。
みんなが知っているのは、こちらが知っていることの、ほとんど全部だ。
これは、うらやまれる筋のものだと思う。
立派な子がいるというのは、いいことだ。
いいことなのに、そのいいことのほうから、会えないという形が出てくる。
出てくるところまでは、誰にも見えない。
見えないところは、言わないと伝わらない。
言うと、贅沢な話になる。
そこで止まる。
三年も四年も、同じところで止まっている。
第五章 一度だけ
一度だけ、本当のことを言いかけた。
去年の秋、近所の集まりの帰り道だった。
同じ年の人と二人で歩いていた。
その人の息子は、この町の工場で働いている。
高校を出てすぐに入って、いまも同じところにいる。
毎週、孫を連れて来ると言っていた。
うちは七年帰ってきていない、と言った。
言ってしまってから、少し慌てた。
その人は、そうなの、と言った。
それから、忙しいんでしょうねえ、と言った。
忙しいんでしょうねえ、というのは、こちらを助ける言い方だ。
助けられたのが分かった。
分かったので、そうねえ、と答えた。
それで話は終わって、天気の話になった。
あの人のほうが、うまかったと思う。
こちらが言ったことを、立派な息子の話に戻して返してくれた。
あそこで話を続けていたら、あの人が困っていた。
毎週孫が来る人に、七年帰ってこない話をすることになる。
どちらが得をしているかは、はっきりしている。
はっきりしているのに、こちらが寂しい。
その二つを同じ口で言う言い方が、いまも見つからない。
家に帰ってから、夫にその話をした。
工場の人の孫の話をした。
夫は、そうか、と言った。
うちは電話が二回だな、とも言わなかった。
言わなかったのは、たぶん、こちらのためだ。
この家では、その話を二人とも避けている。
避けているのに、二人とも知っている。
エピローグ
今年も暮れに箱が届く。
だいたい十二月の二十日ごろだ。
のしの名前は、毎年同じ字で印刷されている。
同じ字なので、去年のものと並べても区別がつかない。
正月に電話がかかってくる。
十分間ほど話す。
体は元気か、そっちは寒いか。
こちらも同じことを聞く。
部署のことは、もう聞かない。
三年前に一度聞いて、難しいと言われた。
二度聞くと、聞きたがっていることになる。
聞きたがっていると思われたくない。
思われたくないのは、こちらの都合だ。
春に人に会えば、また言われる。
お子さんが立派でいいね、と言われる。
そうなの、と答える。
答えながら、名刺のことを少し考える。
英語のところは、いまでも読めていない。
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