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6_砥石のふち

弟子の椅子を客の前で割り破門した師匠を赦した弟子が、四十九年、毎年正月に工房を訪ね、師匠が詫びかけると話を変える。伝えない。赦しは完了しているのに、身体と手のほうがまだ続けている。痛みは減らず、減るのは期待だけ。

6_砥石のふち

朗読で聴く

第一章 工房の戸口

正月の三日、わたしは、師匠の工房へ、年始の挨拶に行く。

わたしは七十七になる。

飛騨の、山の町で、家具を、つくってきた。

椅子と、箪笥と、小さな卓。

六十年、木と、向かい合った。

いまは、手が、あまり、利かない。

鑿を、持つと、指が、震える。

去年の春で、仕事場を、閉めた。

師匠の工房は、町のはずれの、杉の林のそばにある。

一月は、雪が深い。

道の脇に、雪が、わたしの背丈ほど、積まれている。

戸口に着くと、杉の香りが、した。

鉋屑の、積もった、匂いだ。

戸を、横に、引く。

重い、戸だ。

敷居の前で、わたしは、一度、足を、止める。

それから、右足から、入る。

入ると、右手が、勝手に、動く。

戸のすぐ内側の、作業台の端に、砥石が、置いてある。

わたしの手は、その砥石のふちを、つかむ。

つかんだまま、一度、息を、吐く。

それから、手を、離して、「あけまして、おめでとうございます」と、言う。

四十九年、毎年、そうしている。

砥石のふちは、そのあたりだけ、ほかより、少し、へこんでいる。

師匠は、それに、何も、言わない。

第二章 割れた椅子

わたしは、十五で、この工房に、入った。

師匠は、当時、二十八だった。

若い師匠で、口数が、少なくて、手が、速かった。

十年、朝から晩まで、木を削った。

掃除と、鉋屑の始末から、はじめて、ようやく、ほぞを、切らせてもらった。

わたしが、二十五の秋だった。

はじめて、自分の考えで、一脚の椅子を、つくった。

師匠の型とは、すこし、違う、背の曲げ方をした。

出来には、自信があった。

その椅子を、工房に、飾った。

その日、町の旦那衆の、客が、来ていた。

師匠は、わたしの椅子の前で、立ち止まった。

しばらく、見ていた。

それから、客に、言った。

「これは、売り物では、ありません」

そして、椅子の脚の、一本を、足で、蹴った。

木の割れる音が、した。

脚は、根もとから、折れた。

客は、何も、言わなかった。

わたしは、立っていた。

師匠は、わたしを、見なかった。

翌日、わたしは、破門になった。

理由は、教えてもらえなかった。

それから、三年、別の町で、他人の工房の、下働きをした。

三年たって、師匠から、使いが、来た。

戻ってこいと、いうのではなかった。

ただ、「正月には、顔を見せろ」と、いう言伝だった。

それから、毎年、正月の、三日に、行っている。

わたしは、師匠を、赦している。

それは、いつからか、はっきりしない。

六十を過ぎたころには、もう、済んでいた。

第三章 年輪

師匠は、今年、九十になる。

耳は、遠くなったが、目は、まだ、確かだ。

工房の、奥の、杉の丸太の、切り口を、毎年、数えている。

年輪の、筋を、一本ずつ、爪で、押さえながら。

「今年のは、百と、四十二だ」と、言う。

「ゆっくり、育った木だな」

わたしは、「そうですか」と、答える。

師匠の数えているのは、木が、生きた年だ。

わたしが、数えているのは、砥石のふちを、つかんだ正月の数だ。

四十九。

同じ作業台に、並んで、二人は、まったく、別のものを、数えていた。

師匠は、木の、百四十二年を。

わたしは、自分の、四十九回を。

師匠は、わたしが、毎年、来ることを、律儀だと、言う。

その言葉は、半分だけ、本当だ。

第四章 梁の上

今年の正月、師匠が、お茶を、いれてくれた。

熱い、番茶だった。

湯呑みを、両手で、持って、わたしは、作業台の前に、座った。

師匠は、向かいの、小さな椅子に、腰かけた。

しばらく、鉋屑の、音もない、静かな時間が、あった。

それから、師匠が、言った。

「あの、椅子のことだがな」

わたしは、湯呑みの、ふちを、見た。

「あれは、おれが」

「今年は、雪が、深いですね」と、わたしは、言った。

師匠は、口を、閉じた。

外で、屋根から、雪の、落ちる音が、した。

「そうだな」と、師匠は、言った。

「毎年、雪かきの手が、足りん」

その日の話は、雪で、終わった。

帰りぎわ、戸口で、長靴を、履いていると、後ろから、兄弟子が、声を、かけた。

兄弟子は、いまも、師匠のそばで、働いている。

わたしより、二つ年上だ。

「おい」

「はい」

「梁の上を、見たことが、あるか」

わたしは、首を、振った。

兄弟子は、悪気のない顔で、言った。

「師匠は、お前の、あの椅子の、割れた脚を、まだ、梁の上に、のせてる。五十年、ずっと、だ」

それだけ、言って、奥へ、戻っていった。

わたしは、梁を、見上げた。

暗くて、よく、見えなかった。

けれど、細長い、白っぽいものが、のっているのが、わかった。

雪の道を、帰りながら、わたしは、何度も、振り返った。

第五章 言わせない

その夜、わたしは、考えた。

師匠は、詫びようとしていた。

わたしは、それを、止めた。

止めた理由は、二つある。

一つめ。詫びを受けて、「いいんです」と、言えば、そこに、上と下が、できる。

赦す弟子と、赦される師匠だ。

四十九年かけて、やっと、同じ作業台に、並べるようになった。

それを、一言で、作り直すことに、なる。

師匠は、残りの何年かを、赦された人として、過ごすことに、なる。

それは、わたしが、渡したいものでは、なかった。

二つめのほうが、たぶん、本当の理由だ。

言わせてしまったら、五十年が、片づいてしまう。

わたしは、もう、師匠を、赦している。

それは、何年も前に、済んでいる。

恨んでもいないし、悪く言ったことも、ない。

赦したのだから、砥石を、つかむ手も、そのうち、止まるだろうと、思っていた。

赦せば、痛みも、終わるのだと。

でも、そうではなかった。

赦したのに、まだ痛い。

痛みは、師匠に、向いていない。

折れる音を、聞いた、二十五の秋の、わたしの手に、残っている。

師匠は、生きている。

詫びを、受け取ることは、できる。

けれど、折れた脚は、もう、戻らない。

返してもらうのを、やめたのが、赦すということだった。

それで、痛みは、減らなかった。

減ったのは、師匠が、いつか、あの椅子を、わたしの椅子と、認めてくれるかもしれない、という、期待のほうだけだ。

詫びを受け取れば、それは、「解決した話」になる。

解決した話は、しまわれる。

しまわれたら、あの椅子は、誰の手もとにも、残らない。

梁の上にさえ、残らない。

赦した。けれど、無かったことには、しない。

その二つを、同時に、持つ方法が、わたしには、一つしかなかった。

毎年、正月に、行って、その話を、しないことだ。

だから、来年も、行く。

手は、また、砥石のふちを、つかむ。

エピローグ

一月の、三日。雪の道を、歩いて、工房の戸を、引いた。

敷居の前で、足を、止めて、右足から、入る。

手が、砥石のふちを、つかんだ。

息を、一度、吐いた。

「あけまして、おめでとうございます」

奥から、師匠の声が、返ってきた。

わたしは、砥石の、へこんだふちを、親指で、なでてから、手を、離した。

作業台に、上着を、掛けて、番茶をいれるために、やかんを、火にかけた。

梁の上は、見上げなかった。

ソウルミッション358

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