5_ほおずきの鉢
親の畑を黙って売った兄を赦した弟が、三十年毎年お盆にほおずきの鉢を持って兄を訪ね、その話をしない。兄が謝りかけると話を変える。伝えない。赦しは完了しているのに、身体と手のほうがまだ続けている。痛みは減らず、減るのは期待だけ。

朗読で聴く
第一章 兄の家の前
お盆の入りの日、わたしは、ほおずきの鉢を持って、兄の家へ行く。
わたしは六十三になる。
町の水道課で、検針の仕事を、三十八年、した。
毎日、メーターの蓋を開けて、数字を読んで、閉める。
それが、わたしの仕事だった。
栃木の、北のほうの、小さな町だ。
八月の、朝は、もう、蝉が鳴いている。
鉢は、前の日に、花屋で、買っておく。
朱色の袋が、いくつも下がった、小さな鉢だ。
紙は、巻かない。
裸のまま、両手で、持つ。
兄の家までは、歩いて、二十分。
坂を、一つ、下って、川を、渡る。
橋の真ん中で、いつも、一度、立ち止まる。
欄干に、手をついて、川を、のぞく。
水の色は、季節ごとに、少しずつ、違う。
それから、兄の家の、門の前に、着く。
玄関の戸を、引く前に、わたしは、鉢を、右手から、左手へ、持ち替える。
かならず、そうする。
右手のほうが、慣れているのに、左手に、持ち替える。
そうして、戸を、引く。
「ごめんください」
奥から、兄の声が、返ってくる。
三十年、毎年、それを、している。
持ち替える理由は、自分でも、はっきりとは、言えない。
ただ、右手には、あの日、父の通帳を握った感触が、残っているような気がする。
第二章 畑
兄は、わたしより、四つ年上だ。
背が高くて、声がよく響いて、人に好かれた。
子どものころ、わたしの手を、引いて、川へ連れていってくれたのは、兄だった。
父は、小さな畑を、二枚、持っていた。
二反ほどの、豆と、大根の畑だった。
父が、死んだのは、わたしが三十三のときだ。
葬式のあと、兄が、茶の間で、通帳と、印鑑を、出した。
「おれが、預かる」と、兄は、言った。
わたしは、頷いた。
兄は、長男だった。
それが、当たり前だと、思っていた。
半年ほどして、畑の前を、通りかかった。
見慣れない、杭が、打ってあった。
縄が、張ってあった。
役場で、聞いた。
畑は、もう、人手に、渡っていた。
名義は、兄の、ままだった。
売ったのは、兄だった。
わたしには、何の、相談も、なかった。
あとで知った。兄は、そのころ、事業に失敗して、借金を、抱えていた。
それを、わたしには、言えなかったのだと、思う。
けれど、そのときは、わからなかった。
わたしは、兄の家に、行かなかった。
一年、行かなかった。
翌年の、お盆に、わたしは、手ぶらで、兄の家の前まで、行って、そして、引き返した。
その次の年から、鉢を持って、行くようになった。
どうして、鉢だったのか、わからない。
父が、盆に、毎年、ほおずきの鉢を、縁側に置いていたからかも、しれない。
第三章 抜け殻
兄は、いま、六十七になる。
庭の、柿の木に、蝉の抜け殻が、いくつも、くっついている。
兄は、それを、毎年、一つずつ、竹の串に、刺して、数えている。
「今年は、七十二だ。去年は、六十四だった」
兄は、嬉しそうに、言う。
わたしは、「そうか」と、答える。
兄の数えているのは、夏の、生き物の、数だ。
わたしが、数えているのは、橋の、真ん中で、立ち止まった回数だ。
三十回。
あの年から、毎年、一度ずつ。
同じ縁側に、並んで座って、二人は、まったく、別のものを数えていた。
兄は、抜け殻を。
わたしは、自分の、歩みを。
兄は、わたしが、毎年、来ることを、律儀だと言う。
その言葉は、半分だけ、本当だ。
第四章 一晩
去年の、お盆の、昼過ぎだった。
縁側で、麦茶を、もらって、兄と、並んで座った。
兄は、しばらく、庭を見ていた。
それから、膝の上で、手を、組んだ。
「なあ、あの畑のことだがな」
わたしは、麦茶の、氷を、揺らした。
「あれは、おれが」
「今年は、雨が、少ないな」と、わたしは、言った。
兄は、口を、閉じた。
庭の、蝉の声が、大きくなった。
「そうだな」と、兄は、言った。
「水道のほうは、どうだ。渇水に、なりそうか」
「今月は、まだ、平気だ」
兄は、笑った。それ以上は、何も、言わなかった。
帰りぎわ、玄関で、靴を、履いていると、後ろから、小さい声が、した。
兄の、孫だった。十三になる、男の子だった。
「あの」
「うん」
「おじいちゃん、ほおずきの鉢を、いつも、仏壇の前に、一晩、置くんです」
悪気は、なかった。見たままを、言った。
「鉢のまま。次の日の朝まで。それから、縁側に、出します」
わたしは、「そうか」と、答えた。
男の子は、それ以上、何も、言わなかった。
わたしは、靴を、履き終えて、外に出た。
橋の、真ん中で、立ち止まった。
川の水は、昔より、細くなっていた。
わたしは、ほおずきの鉢が、一晩、仏壇の前で、待っているのを、想像した。
それは、わたしの知らない、兄の、夜だった。
第五章 言わせない
その夜、わたしは、考えた。
兄は、詫びようとしていた。
わたしは、それを、止めた。
止めた理由は、二つある。
一つめ。詫びを受けて、「もういい」と言えば、そこに、新しい上下が、できる。
赦す弟と、赦される兄だ。
三十年かけて、やっと、同じ縁側に、並んで座れるように、なった。
それを、一言で、作り直すことに、なる。
兄は、残りの何年かを、赦された男として、過ごすことに、なる。
それは、わたしが、渡したいものでは、なかった。
二つめのほうが、たぶん、本当の理由だ。
言わせてしまったら、三十年が、片づいてしまう。
わたしは、もう、兄を、赦している。
それは、何年も前に、済んでいる。
恨んでもいないし、悪く言ったことも、ない。
赦したのだから、鉢を、持ち替える手も、そのうち、止まるだろうと、思っていた。
赦せば、痛みも、終わるのだと。
でも、そうではなかった。
赦したのに、まだ痛い。
痛みは、兄に、向いていない。
茶の間で、通帳を、渡した、三十三のわたしの、右手に、残っている。
兄は、生きている。
詫びを、受け取ることは、できる。
けれど、返してもらえる畑は、もう、ない。
返してもらうのを、やめたのが、赦すということだった。
それで、痛みは、減らなかった。
減ったのは、兄が、いつか、畑を、買い戻してくれるかもしれない、という、期待のほうだけだ。
詫びを受け取れば、それは、「解決した話」になる。
解決した話は、しまわれる。
しまわれたら、あの畑は、誰の手もとにも、残らない。
赦した。けれど、無かったことには、しない。
その二つを、同時に、持つ方法が、わたしには、一つしかなかった。
毎年、鉢を持って、行って、その話を、しないことだ。
だから、来年も、持っていく。
手は、また、玄関の前で、持ち替える。
エピローグ
八月の、お盆の入り。
鉢を、両手で、持って、橋を、渡った。
真ん中で、立ち止まって、川の音を、聞いた。
それから、兄の家の、玄関の前で、鉢を、右手から、左手へ、持ち替えた。
戸を、引いた。
「ごめんください」
奥から、兄の声が、返ってきた。
縁側には、竹の串に刺した、蝉の抜け殻が、七十三、並んでいた。
わたしは、鉢を、仏壇の前に、そっと、置いてから、兄の隣に、腰を、下ろした。
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