1_四角い卵焼き
台所のものが毎日完璧な弁当を詰める朝、息子の弁当に三年、卵焼きを焼いてきた母に、担任は、足りないものは一つもないと告げた。必要でないと知って、それでも焼く。必要でないことを、やり続ける。名前をつけたら別のものになるので、名前をつけない。

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第一章 朝の五分
港の見える町の、小さな台所で、毎朝、卵を焼いている。
台所の窓からは、朝いちばんの船が、白く、見える。
汽笛が、一声、鳴ると、わたしは、卵を割る。
わたしは三十六になる。
七つになる息子と、夫と、三人で暮らしている。
息子は、朝が、苦手だ。
起こすまでに、三度、名前を呼ぶ。
台所には、台所のものが、ある。
朝ごはんも、弁当も、栄養も、量も、必要なことは、全部、そのものが、やってくれる。
息子の弁当は、毎朝、決まった時刻に、きちんと、できあがっている。
一度も、失敗したことがない。
それでも、わたしは、朝、五時半に、起きる。
台所に立って、小さな四角い卵焼き器を、火にかける。
卵を、二つ、わる。
砂糖を、ほんの少し、入れる。
箸で、白身を、切るように、ほぐす。
卵焼き器に、油を、薄く、ひく。
卵液を、三回に、分けて、流し入れる。
一回ごとに、端から、くるくると、巻く。
焼き色は、薄いきいろが、いい。
焦がしてはいけない。
四角く、巻き終えたら、まな板の上で、少し、休ませる。
休ませているあいだ、卵焼きは、ふっと、小さく、しぼむ。
その、しぼむ瞬間が、わたしは、好きだ。
それから、包丁で、六つに、切る。
切り口から、湯気が、立つ。
五分で、できる。
わたしは、それを、息子の弁当箱の、いちばん端の仕切りに、入れる。
弁当箱は、すでに、いっぱいだ。
台所のものが、詰めた、主菜と、野菜と、ごはんで、満ちている。
わたしの卵焼きは、そこに、割り込ませるように、入る。
入れるたびに、少しだけ、隙間を、押し広げる。
押し広げた隙間は、蓋を閉めると、また、閉じる。
閉じるときの、小さな抵抗を、わたしは、指で、覚えた。
三年、毎朝、そうしてきた。
息子が、小学校に、上がった春からだ。
最初の日、卵焼きは、焦げて、真っ黒になった。
台所のものが、横から、新しい卵焼きを、出してくれた。
それでも、わたしは、黒い卵焼きを、弁当箱に、入れた。
第二章 右の手首
体は、卵焼き器に、合わせて、できた。
右の手首が、くるくると、巻く動きで、少し、柔らかくなった。
小さな円を、描くように、まわす。
その動きは、料理以外でも、出る。
夫の肩を、もむとき。窓を、拭くとき。
息子の頭を、洗うときも、同じ動きが、出る。
夫に、「手首、よく回るね」と、言われた。
わたしは、「卵を焼くからかな」と、答えた。
うそではない。
けれど、その卵焼きが、息子の弁当に、必要のないものだとは、言わなかった。
目は、焼き色に、合わせて、できた。
薄いきいろと、焦げる直前のきいろの違いが、一瞬で、わかる。
台所のものが、焼く卵焼きは、いつも、同じ色だ。
同じ四角で、同じ厚さで、同じ甘さだ。
わたしの卵焼きは、毎日、少し、違う。
端が、少し、崩れる日もある。
甘さが、強すぎる日もある。
息子は、どちらも、食べる。
「ママの、ちょっと、しょっぱい」と、言う日もある。
それが、ほとんど、唯一の、感想だ。
けれど、台所のものが焼いたほうは、いつも、先に、減っている。
それが、事実だ。
第三章 夫が数えているもの
夫は、息子の背丈を、数えている。
居間の、柱に、小さな傷が、いくつも、ついている。
息子の誕生日の朝に、夫が、鉛筆で、印をつける。
「去年より、六センチ、伸びたぞ」と、言う。
わたしは、「大きくなったね」と、答える。
本心だ。
夫は、いい父親だ。
日曜の朝は、息子を連れて、港まで、散歩に行く。
帰ってくると、二人とも、鼻の頭が、赤い。
夜は、必ず、息子の宿題を、見る。
わたしは、何も、数えていない。
卵焼きを、何回、焼いたかは、数えたことがない。
三年で、千回ほどだろうか。いま、初めて、計算した。
千回焼いて、何かが、よくなったかというと、何も、よくなっていない。
息子の背は、台所のものが整えた、食事だけで、同じように、伸びたはずだ。
同じ家で、同じ息子を見ている二人が、まったく別のものを、数えていた。
夫の六センチは、息子の成長の、証だ。
わたしの千回は、無くても、息子は、困らない。
一度、夫に、言われたことがある。
「毎朝、無理しなくていいんだよ。弁当は、ちゃんと、できてるんだから」
わたしは、「うん」と、答えた。
反論しなかった。反論する材料が、なかった。
第四章 足りないものは
先月、学校の面談で、息子の担任の先生に、会った。
若い女の先生で、手帳を、持っていた。
息子の、学校での様子を、一つずつ、話してくれた。
最後に、先生が、言った。
「お弁当も、いつも、きちんと、食べています」
わたしは、「ありがとうございます」と、答えた。
先生は、手帳を、見ながら、続けた。
面談室の窓は、少し、開いていた。
外の風が、手帳の端を、ぱらぱらと、めくった。
「お弁当の栄養の記録を、拝見しました。足りないものは、一つもありません」
悪気は、なかった。
事実を、言っただけだ。
「毎日、必要な量が、そろっています。ご心配は、いりません」
わたしは、「そうですか」と、答えた。
先生は、「安心してください」と、微笑んだ。
足りないものは、一つも、ない。
その通りだ。
卵焼きがなくても、弁当は、完璧に、足りている。
わたしは、面談室を、出て、廊下に、立った。
廊下の床は、磨かれて、遠くの窓が、うっすら、映っていた。
窓の外に、港が、見えた。
白い船が、ゆっくり、動いていた。
第五章 要らない
その夜、わたしは、台所で、一人、卵焼き器を、見ていた。
先生の言葉が、胸に、残っていた。
足りないものは、一つも、ない。
それなら、わたしの卵焼きは、何なのだろう。
栄養ではない。
見栄えでもない。
わたしの卵焼きは、息子に、褒められたことも、ない。
一度も、「おいしい」と、言われたことが、ない。
ただ、弁当箱が、空になって、帰ってくる。
それだけだ。
空になった弁当箱の、いちばん端の仕切りが、わたしの卵焼きの、居場所だ。
わたしは、そこに、米粒の一つも、残っていないのを、毎晩、洗いながら、見る。
流しの水は、冷たい。
弁当箱の蓋の、小さなゴムの輪も、一つずつ、外して、洗う。
それが、わたしの、毎日の、答え合わせだった。
気づいた。
卵焼きは、栄養のためではなかった。
朝の五分に、息子の弁当に、手を入れる、その動きのためだった。
必要では、ない。
でも、そうではなかった。
必要でないから、やめるのではない。
必要でないから、残る。
要らない。
それでも、わたしは、焼き続ける。
それが、愛おしいということなのだと、思う。
この五分に、わたしは、名前を、つけない。
名前をつけたら、たぶん、別のものに、なる。
エピローグ
翌朝も、五時半に、起きた。
卵焼き器を、火にかけた。
卵を、割って、ほぐした。
三回に、分けて、流し入れて、くるくると、巻いた。
まな板の上で、少し、休ませた。
六つに、切った。
切り口から、湯気が、立った。
わたしは、それを、弁当箱の、いちばん端の仕切りに、そっと、入れた。
蓋を、閉めた。
息子が、眠い目を、こすりながら、起きてきた。
わたしは、弁当の包みを、息子の鞄の、てっぺんに、入れた。
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