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3_ぬるさの見当

昭和四十七年、炭鉱の夫が戻る刻に合わせて、手首で湯加減を四十年見てきた妻に、隣の人は、湯が柔らかいのは水がいいのだろうと言った。湯加減は水のおかげにされた。誰も評価しないものを、自分だけが誇る。誰にも認められなくても、見る人がいなければ自分が見る。

3_ぬるさの見当

朗読で聴く

第一章 夕方の薪

昭和四十七年の福岡の、炭鉱町の長屋に住んでいる。

わたしは六十一になる。

夫は、坑夫だ。

十七のときに、この山に、入った。

わたしと所帯を持ったのは、その四年あとだ。

朝の五時に、家を出る。

ヘルメットの、ランプの電池を、わたしが、夜のうちに、確かめておく。

夕方の五時すぎに、地の底から、戻ってくる。

顔も、首も、手も、真っ黒だ。

白いのは、目と、歯だけだ。

夫は、その顔で、玄関の戸を、開ける。

山の斜面に、同じ形の長屋が、びっしりと、並んでいる。

屋根は、石炭の粉で、どれも、黒い。

風が吹くと、洗濯物が、一日で、灰色になる。

それでも、女たちは、毎日、洗濯をする。

洗っても、洗っても、黒い粉が、細い雨のように、降ってくる。

夕方の四時になると、わたしは、風呂場に、入る。

風呂は、五右衛門風呂だ。

裏の薪置き場から、薪を運んで、焚口に、組む。

火を点けて、団扇で、あおぐ。

湯が、少しずつ、温まっていく。

わたしは、桶を持って、風呂のふちに、腰をかける。

桶は、杉で、夫が、結婚の年に、作ってくれたものだ。

タガは、二度、締め直した。

右手を、湯の中に入れる。

湯の上に、薄い湯気が、立っている。

屋根の隙間から、夕焼けが、細く、差し込む。

手首のあたりまで、沈めて、ゆっくり、動かす。

湯の温度は、肌が、教えてくれる。

熱ければ、水を足す。

ぬるければ、薪を一本、足す。

夫が、帰ってくる時刻に、ちょうどいい温度になるように。

夫は、風呂に、浸かると、いつも、長い息を、吐く。

その息の長さで、わたしは、その日の坑内の様子を、少し、知る。

その加減を、何度も、手で確かめる。

四十年、一日も、休んだことがない。

吹雪の日も、盆の日も、同じだ。

夫が、休みの日は、湯加減だけ、少し、ぬるめにする。

第二章 右の手首

体は、湯の温度に、合わせて、できた。

腰は、薪を運んで、少し、曲がった。

膝は、風呂場の低い腰掛けで、固くなった。

右の手首が、左より、赤い。

毎日、湯に、浸すからだ。

皮が、薄くなって、少しの熱でも、すぐ、赤くなる。

夏でも、手首だけは、湯気を浴びたように、火照っている。

診療所の先生に、「湿疹ですか」と、聞かれたことがある。

診療所は、会社の、病院の隣にある。

坑内の事故があった日は、一日じゅう、明かりが、消えない。

わたしは、「風呂焚きで」と答えた。

先生は、笑って、塗り薬を、くれた。

長屋の女たちは、みな、同じだ。

誰かの手首も、誰かの指も、毎日の仕事の跡で、変わっている。

けれど、その話は、しない。

話すほどのことでは、ないからだ。

それに、手首の赤さを、自慢のように、話す女は、長屋には、いない。

風呂を焚くことは、仕事とは、呼ばれない。

坑夫の妻の仕事は、夫を、無事に、坑から戻すことだと、よく言われる。

それは、祈ることのように、言われる。

風呂を、ぬるさの見当で、整えることは、そこには、含まれない。

給料も、出ない。

炭鉱会社の、台帳にも、載らない。

わたしは、その見当を、四十年かけて、自分の手首で、覚えた。

第三章 隣が数えているもの

隣の家の、主人は、採炭の量を、数えている。

一日に、何トン、掘ったか。

班ごとに、黒板に、書き出される。

隣の主人は、毎晩、家の前の路地で、わたしの夫を見かけると、「今日は、うちの班が、二トン、多かったぞ」と、言う。

夫は、「そうか」と答える。

わたしは、何も、数えていない。

数えられないのだ。

風呂の湯の温度は、数字にならない。

ぬるいか、熱いか、ちょうどいいか。

三つのうちの、どれかだ。

同じ路地に、四十年、住んでいる二軒が、まったく別のものを、数えていた。

路地の端には、共同の水道が、ある。

朝は、女たちが、桶を持って、列を作る。

隣の二トンは、会社が、数えている。

わたしの湯加減は、誰も、数えていない。

隣の主人は、わたしの夕方のことを、知らない。

隣の主人は、夕方になると、真っ先に、うちの風呂のほうを、見る。

煙が、上がっているかどうかを、見ているだけだ。

わたしが、言わなかったからだ。

第四章 隣の人の言葉

去年の冬、隣の奥さんが、うちの風呂を、借りに来た。

隣の家の風呂の、釜が、壊れたからだ。

その夜、隣の奥さんは、うちの風呂に、浸かった。

湯に入る前に、「いただきます」と、言った。

まるで、食べ物に、手を合わせるように。

わたしは、焚口で、火の番をしていた。

奥さんは、湯から上がって、手拭いで、首を拭きながら、言った。

湯気で、奥さんの頬は、赤くなっていた。

石炭の粉は、湯の中に、薄く、浮いていた。

「ここの風呂は、いつも、湯が、柔らかいねえ」

わたしは、「そうですか」と答えた。

「うちは、いつも、熱すぎるか、ぬるすぎるかなんよ」

奥さんは、続けた。

「何か、ここは、水が、ええんやろ。湯の質が、違うんやね」

わたしは、「さあ、わかりません」と答えた。

奥さんは、笑って、帰っていった。

悪い人ではない。

ただ、本当に、そう思ったのだ。

水は、同じ、坑道から引いた、同じ水だ。

隣の家と、うちで、違いはない。

違うのは、温度の見当だけだ。

四十年かけて、手首で、覚えた見当。

それは、奥さんの目には、入っていない。

湯が柔らかいのは、水のおかげだと、言われた。

第五章 誰も、数えない

夫は、風呂から上がって、飯を食った。

飯は、麦の混じった、白い飯だ。

おかずは、焼いた鯖と、大根の味噌汁だ。

いつもどおり、黙って、箸を動かした。

わたしは、その背中を、見ていた。

茶碗を持つ指の、爪の間に、黒い粉が、まだ、残っている。

洗っても、取れない粉だ。

隣の奥さんの言葉が、胸に、引っかかっていた。

引っかかったということは、認めてほしかったのだ。

四十年、誰にも見られなくていいと、思ってきた。

誇りというのは、他人に関係のないものだと、自分に言い聞かせてきた。

それが、本当は、そうではなかった。

わたしは、それが、少し、恥ずかしかった。

夫は、四十年、一度も、「湯が、ちょうどよかった」と、言ったことがない。

言わなくても、夫は、毎晩、ちょうどいい湯に、浸かった。

それで、いいと、思ってきた。

でも、そうではなかった。

認められなかったから、意味がなかったのではない。

誰も、評価しない。

誰も、数えない。

それでも、わたしだけは、この湯加減を、誇っている。

翌日も、四時に、風呂場に入った。

薪を、組んだ。

火を点けた。

右手を、湯に、沈めた。

誰も見ないなら、わたしが見る。

それは、代わりではない。

順番として、本当は、そちらが先なのだと、思う。

エピローグ

夕方の、五時を、少し過ぎた。

山の向こうに、日が、沈みかけている。

長屋の屋根が、一列に、赤く、染まった。

長屋の路地の、向こうから、夫の足音が、聞こえてきた。

わたしは、桶のふちから、手を引いた。

湯の温度は、ちょうどよかった。

夫が、玄関の戸を、開けた。

「ただいま」

わたしは、「おかえり」と、答えた。

それから、焚口の火を、一本の薪だけ、残して、落とした。

ソウルミッション358

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