8_乾いた流し
母が毎晩やっていた流しを拭く習慣を、理由を聞かないまま二十八年続けてきた受付に、隣の元大工は、あの家の流しは水が溜まると床板が腐る造りで、いまは取り替わったと告げた。必要がなくなっても、確かめ続ける。確かめているのは危険ではなく、確かめ終わった一瞬。

朗読で聴く
第一章 皿のあとの一分
ニューヨーク州の、北のほうの町で、小児科の受付をしている。
雪の長い町だ。
川は、四月まで、凍ったままだ。
屋根の氷柱が、朝の光で、ぽつり、ぽつりと、落ちる。
三月になっても、病院の駐車場の隅に、灰色の雪の山が、残っている。
わたしは六十三になる。
朝は、診察の始まる前に、待合室の、おもちゃを、並べる。
小さな、木の汽車と、色あせた、積み木と、絵本が、三冊。
泣いて入ってきた子が、帰りに、笑って出ていく。
それを、見るのが、この仕事のいちばんの、楽しみだ。
夜は、夕食の皿を、洗い終えてから、一日が、終わる。
洗い終えたあと、わたしは、台所の、流しの前に、立つ。
布巾を、固く、絞る。
流しの、底を、一周、拭く。
蛇口の根元を、拭く。
ふちの、細い溝を、指の先で、なぞって、拭く。
水の滴が、一つも、残っていないのを、見る。
乾いたのを、確かめる。
二分くらいだ。
終わると、背中が、ふっと、ゆるむ。
ゆるんでから、わたしは、台所の明かりを、消す。
二十八年、一晩も、休んだことがない。
夫は、居間で、テレビを、見ている。
一度だけ、「毎晩、そこまで、拭くの」と、聞かれた。
わたしは、「性分で」と、答えた。
夫は、「いい性分だ」と、言って、笑った。
それ以上は、聞かれなかった。
なぜ、拭くのかは、聞かれていない。
第二章 冷たい左手
わたしは、この町で、生まれた。
曾祖母の、そのまた親が、アイルランドの、海辺の村から、来た人たちだ。
わたしは、その国へ、行ったことが、ない。
言葉は、少しも、知らない。
知っているのは、母方の姓の、綴りが、少し珍しいことだけだ。
顔立ちでは、誰にも、わからない。
「どこの出身ですか」と、聞かれたことも、六十三年で、一度もない。
だから、わたしは、自分を、移民の子孫だと、思ったことは、ほとんど、ない。
体は、毎晩の二分に、合わせて、できた。
左の手のひらが、夜になっても、いつも、少し、湿って、冷たい。
寝る前に、手に、クリームを、塗っても、同じだ。
冷たさは、皮膚の、奥にある。
布巾を、絞る手が、左だからだ。
医者は、「冷え性ですね」と、言った。
それは、違うと、思っている。
二十八年、毎晩、水を含んだ布を、同じ手で、絞った。
手のひらが、それを、覚えた。
夏の暑い夜でも、わたしの左手は、ひんやりしている。
夫は、わたしの手を、握るとき、「冷たいなあ」と、言う。
わたしは、「ごめん」と、言う。
布巾の、絞り方は、いつも、同じだ。
左右の手を、逆の向きに、ひねる。
布が、きゅっと、鳴る。
その音が、わたしの夜の、終わりの合図だ。
第三章 夫が数えているもの
夫は、トマトの数を、数えている。
夏のあいだ、裏庭の、小さな畑で、トマトを、育てる。
毎朝、仕事に出る前に、赤くなった実の数を、数える。
「今日は、十三個」と、言う。
翌日は、「今日は、十九個」と、言う。
わたしは、「そうか」と、答える。
実が、増えると、夫の背中は、まっすぐに、伸びる。
減ると、少し、丸くなる。
わたしは、何も、数えていない。
数えられないのだ。
わたしが確かめているのは、「ない」ということだからだ。
流しの水は、毎晩、どこにも、残っていない。
ない、は、数字にならない。
同じ台所に、二十八年、立つ二人が、まったく別のものを、数えていた。
夫の数字は、夏ごとに、変わる。
わたしの二分は、毎晩、同じ流しに、戻る。
夫は、わたしの夜のことを、知らない。
わたしが、言わなかったからだ。
第四章 母の台所
流しを、毎晩、拭いていたのは、母だった。
わたしは、子どものころ、夕食のあと、台所のテーブルで、宿題を、していた。
母は、皿を、洗い終えると、必ず、流しの前に、残った。
布巾を、固く、絞った。
流しの底を、一周、拭いた。
蛇口の根元を、拭いた。
ふちの溝を、指で、なぞった。
それが、終わると、母は、しばらく、流しを、見ていた。
乾いたのを、見ていた。
それから、背中を、ふっと、ゆるめた。
わたしは、それを、毎晩、見ていた。
母は、説明しなかった。
あの夜、台所の電球は、少し、黄色かった。
流しの金属が、その色を、うっすらと、映していた。
わたしも、聞かなかった。
子どもというのは、大人が、毎日やっていることに、理由があるとは、考えない。
それは、天気と、同じで、ただ、そうなっているものだ。
母は、わたしが、三十五のときに、亡くなった。
その夜、母の家の台所で、一人で、後片付けをした。
皿を、洗い終えて、気がつくと、布巾を、絞っていた。
なぜ、そうしたのかは、わからない。
流しの底を、一周、拭いて、乾いたのを、見て、背中が、ゆるんだ。
それから、二十八年になる。
第五章 大工の話
去年の春、母の家を、売ることになった。
家は、長いあいだ、空き家だった。
買い手が、台所を、見に来る日に、隣の、元大工の老人が、立ち会ってくれた。
八十を過ぎた人だ。
母とは、四十年、隣同士だった。
母が、亡くなった朝も、最初に、気づいてくれたのは、この人だった。
台所で、わたしは、流しを、最後に、もう一度、見ていた。
布巾を、手に、持っていた。
元大工は、それを、見ていた。
笑わなかった。
「やっぱり、あんたも、やるんだね」と、言った。
老人の目は、窓から入る、午後の光の中で、少し、潤んでいた。
わたしは、手を止めた。
彼は、頼まれもしないのに、話した。
「この家の流しは、古い型でね、水が溜まると、下の床板が、腐る造りだったんだ」
「お母さんは、毎晩、拭いてたよ」
「おれは、何度も、直すと言ったんだけどね」
「お母さんは、自分が拭けば済むからって、断ったよ」
「買い手は、新しい流しを、入れるそうだ」
「あんたの家の流しは、新しい型だろう。もう、腐らないよ」
彼は、それだけ言って、窓の外を、見た。
わたしは、母に、聞けなかったことを、ずっと、悔やんできた。
けれど、聞こうとも、しなかったのは、わたしだ。
わたしは、その場に立って、布巾を、握っていた。
つまり、もう、必要は、ないのだ。
頭では、完全に、わかっていた。
だから、その夜は、やめられると思った。
でも、そうではなかった。
その夜も、夕食の皿を、洗い終えて、流しの前に、立った。
布巾を、絞って、底を、一周、拭いた。
乾いたのを、見て、背中が、ゆるんだ。
その夜の、流しは、新しい家の、白い流しだった。
母の流しとは、色も、形も、違う。
それでも、拭く手は、同じ向きに、動いた。
必要は、なくなった。
それでも、わたしは、確かめ続けている。
わたしが確かめているのは、床板ではない。
乾いたのを見る、あの二分の終わりの、一瞬だ。
あの一瞬を、わたしは、毎晩、取りに行っている。
台所の流しの前で、背中をゆるめていた母に、「もう、大丈夫」と、言ってやれるのは、わたしだけだ。
一晩ぶんしか、言えない。
だから、毎晩、言う。
エピローグ
今夜も、夕食の皿を、洗い終えた。
流しの前に、立った。
布巾を、固く、絞った。
底を、一周、拭いた。
蛇口の根元を、拭いた。
ふちの溝を、指でなぞって、乾いたのを、見た。
息を、長く、吐いた。
それから、布巾を、広げて、蛇口の横に、掛けて、台所の明かりを、消した。
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