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7_一筋の隙間

祖母が毎晩やっていたカーテンの合わせ目をなぞる習慣を、理由を聞かないまま三十六年続けてきた経理に、叔母は、祖母は月が眩しくて眠れなかっただけで、いまの寝室は北向きだと告げた。必要がなくなっても、確かめ続ける。確かめているのは危険ではなく、確かめ終わった一瞬。

7_一筋の隙間

朗読で聴く

第一章 夜のカーテン

アイオワの、小さな町で、農機具店の経理をしている。

トラクターの部品と、肥料の袋と、長靴を売る店だ。

春には、種を買う人で、店が、いっぱいになる。

秋には、泥だらけの靴の人が、帳簿を、のぞきにくる。

わたしは、奥の机で、その数字を、静かに、並べる。

わたしは六十六になる。

夜は、九時半に、二階の寝室へ、上がる。

部屋の電気を、消す前に、わたしは、窓の前に、立つ。

厚いカーテンが、二枚、掛かっている。

その合わせ目に、右手の、人差し指を、当てる。

上から下まで、ゆっくり、なぞる。

隙間が、ないのを、確かめる。

それから、左の窓の端も、同じように、なぞる。

隙間は、ない。

外の光が、一筋も、入っていないことを、指で、確かめる。

一分もかからない。

終わると、肩が、すとんと、落ちる。

落ちてから、わたしは、明かりを、消す。

三十六年、一晩も、休んだことがない。

夫は、先に、寝ている。

夫は、寝つきが、いい。

横になって、三分で、寝息が、聞こえる。

わたしは、その音を、聞きながら、天井を、見る。

一度だけ、聞かれた。

「なんで、毎晩、カーテンを、触るの」

わたしは、「ほこりが、気になるから」と、答えた。

夫は、「ふうん」と、言って、背を向けた。

それ以上は、聞かれなかった。

なぜ、触るのかは、聞かれていない。

第二章 指先の目

わたしは、この町で、生まれた。

祖父母の、そのまた親が、ノルウェーの、小さな農村から、来た人たちだ。

わたしは、その国へ、行ったことが、ない。

言葉も、知らない。

知っているのは、姓の綴りが、少し、珍しいことだけだ。

顔立ちでは、誰にも、わからない。

「どこの国の出身ですか」と、聞かれたことも、六十六年で、一度もない。

だから、わたしは、自分を、移民の子孫だと、思ったことは、ほとんど、ない。

体は、毎晩の一分に、合わせて、できた。

右手の人差し指の先が、とても、敏感になった。

暗い部屋で、目を閉じて、カーテンの布の目を、なぞると、織りの粗さの違いが、わかる。

新しいカーテンに、掛け替えたとき、わたしは、その指で、ほんの少し、縫い目の位置を、直させた。

縫い目が、窓の真ん中に、来るように。

隙間が、できないように。

洋品店の人は、「そこまで、気にする人は、珍しい」と、言った。

わたしは、笑って、「癖で」と、答えた。

指先は、考える前に、カーテンの合わせ目を、見つける。

三十六年ぶんの、指だ。

第三章 妹が数えているもの

妹は、編み物の段数を、数えている。

冬のあいだ、毎晩、居間で、毛糸の靴下を、編む。

編み終わると、小さなノートに、段の数を、書く。

「この靴下は、百四十段」と、言う。

次の靴下は、「百二十段」と、言う。

わたしは、「そうか」と、答える。

編み目が、揃うと、妹は、満足そうに、目を細める。

揃わないと、ほどいて、また、最初から、編む。

わたしは、何も、数えていない。

数えられないのだ。

わたしが確かめているのは、「ない」ということだからだ。

隙間は、毎晩、どこにも、ない。

ない、は、数字にならない。

同じ家で、同じ祖母に、育てられた姉妹が、まったく別のものを、数えていた。

妹の数字は、冬ごとに、ノートに、積もる。

わたしの一分は、毎晩、同じ窓に、戻る。

妹は、わたしの夜のことを、知らない。

わたしが、言わなかったからだ。

妹が、そのことに、気づいていたかどうかは、わからない。

第四章 祖母の家

カーテンを、毎晩、なぞっていたのは、祖母だった。

わたしは、子どものころ、夏になると、祖母の農場に、預けられた。

両親が、収穫の時期で、忙しかったからだ。

祖母の家は、古くて、窓が、たくさんあった。

毎晩、寝る前に、祖母は、家じゅうの、窓を、回った。

わたしは、よく、ついて回った。

祖母は、何も言わずに、階下の窓から、順に、カーテンを、閉めた。

閉めたあと、右手の指で、合わせ目を、上から下へ、なぞった。

最後に、二階の、自分の寝室の窓の前で、少し、立ち止まった。

それから、ベッドに、入った。

明かりは、つけなかった。

わたしは、それが、好きだった。

暗い廊下を、祖母の手を、握って、歩く時間が。

祖母は、説明しなかった。

わたしが、手を、強く、握ると、祖母も、強く、握り返した。

それが、返事だった。

わたしも、聞かなかった。

子どもというのは、大人が、毎日やっていることに、理由があるとは、考えない。

それは、天気と、同じで、ただ、そうなっているものだ。

祖母は、わたしが、三十のときに、亡くなった。

その夜、わたしは、自分の寝室で、カーテンを、なぞった。

なぜ、そうしたのかは、わからない。

気がつくと、右手が、動いていた。

それから、三十六年になる。

第五章 叔母の話

去年の秋、老人の介護施設で暮らす、母の妹を、訪ねた。

叔母は、九十に近い。

体は、弱ったが、頭は、はっきりしている。

その日、わたしは、花を、持っていった。

叔母は、ベッドの横の椅子に、わたしを、座らせた。

窓の外では、黄色く、色づいた、楡の葉が、風に、揺れていた。

わたしは、祖母のことを、聞いたことが、一度も、なかった。

聞いておけば、よかったと、ずっと、思っていた。

窓のカーテンが、少し、開いていた。

わたしは、立って、閉めた。

指で、合わせ目を、なぞっていた。

叔母は、それを、見ていた。

笑わなかった。

「あなたも、やるのね」と、言った。

わたしは、手を止めた。

叔母は、頼まれもしないのに、話した。

「おばあちゃん、怖がって、やってたんじゃないのよ」

「月が、眩しくて、眠れない人だったの」

「あの家の二階は、東と南に、窓があって、満月の夜は、昼みたいに、明るかった」

「だから、一筋も、入らないように、毎晩、触ってたの」

「あなたの寝室は、北向きでしょう」

「月は、もう、入ってこないわよ」

叔母は、それだけ言って、枕に、頭を戻した。

わたしは、その場に立って、カーテンを、見ていた。

薄い、ベージュの、布だった。

祖母の家の、重い緑のカーテンとは、まるで、違う。

つまり、もう、必要は、ないのだ。

頭では、完全に、わかっていた。

だから、その夜は、やめられると思った。

でも、そうではなかった。

その夜も、九時半に、二階へ上がって、窓の前に立った。

合わせ目を、なぞった。

隙間は、なかった。

肩が、すとんと、落ちた。

必要は、なくなった。

それでも、わたしは、確かめ続けている。

わたしが確かめているのは、月ではない。

指を離す、あの一分の終わりの、一瞬だ。

あの一瞬を、わたしは、毎晩、取りに行っている。

暗い廊下で、祖母の手を握っていた、小さな自分に、「もう、大丈夫」と、言ってやれるのは、わたしだけだ。

一晩ぶんしか、言えない。

だから、毎晩、言う。

エピローグ

今夜も、九時半に、寝室へ、上がった。

厚いカーテンの、合わせ目に、右手の、人差し指を、当てた。

上から下まで、ゆっくり、なぞった。

隙間は、なかった。

息を、長く、吐いた。

それから、部屋の明かりを、消して、夫の隣の、ベッドへ、入った。

ソウルミッション358

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