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9_教室の画板

画家の道を一時のつもりで置いた美術教師に、教えた子は画家になった。画廊の主人が、その子は毎年、教室の古い画板を絵の前に立てて挨拶すると告げた。羨ましさは消えない。ただ、羨ましさを置く場所が一つできる。

9_教室の画板

朗読で聴く

第一章 教えた側

長野の山あいの町で、中学校の美術の先生をしている。

わたしは五十三になる。

二十五のときから、同じ中学校に、勤めている。

はじめは、画家になるつもりだった。

美術大学を出て、一年だけ、小さなグループ展に、絵を出した。

それから、父の病気が重くなった。

実家の町で働ける仕事を、探した。

教員の採用試験に、受かった。

採用の通知は、三月の雪の日に、届いた。

母が、玄関で、封筒を、両手で受け取った。

絵筆を置いたのは、一時のつもりだった。

その一時が、二十八年になった。

三十一のとき、一年生の教室に、一人の男の子がいた。

名前は、わたるという。

口数の少ない子だった。

給食のあと、いつも、教室の隅で、ノートに、鉛筆で何かを描いていた。

ある日、わたしは、その子の後ろを通りかかって、足を止めた。

ノートの上に、窓の外の、電線が描かれていた。

一本ずつ、たわみ方が、違っていた。

十三の子の線ではなかった。

わたしは、その子に、画板を渡した。

美術室の、いちばん古い、傷だらけの画板だった。

「使いなさい」と言った。

それから、三年間、わたるは、放課後の美術室で、描いた。

わたしは、横で、教えた。

教えたというより、見ていた。

わたしが、いつか描きたかった線を、その子は、あっさりと、引いた。

わたるは、高校を出て、美術大学に行った。

いまは、三十五で、東京で、絵を描いている。

年に一度、三月に、長野市の小さな画廊で、個展を開く。

わたしは、その初日に、行く。

一番小さな絵の前で、十分間、立つ。

それだけの付き合いを、毎年、続けている。

第二章 測る親指

美術の先生は、見ることが、仕事だ。

生徒の絵を、少し離れて、見る。

片目を閉じて、鉛筆を、腕いっぱいに伸ばして、構える。

親指を立てて、対象の大きさを、測る。

二十八年、毎日、やっている。

わたしの右手の親指は、いつも、少しだけ、反っている。

鉛筆の上を、滑らせる形だ。

街を歩いていても、勝手に動く。

信号待ちの間に、向かいのビルの窓を、親指で、測っている。

夜、布団に入っても、天井の隅を、測っている。

誰もいない部屋で、わたしの手だけが、絵を描く準備をしている。

けれど、その手で描いたものは、二十八年、一枚も、ない。

絵具の匂いは、毎日、嗅いでいる。

美術室の、窓際の席に、座っている。

けれど、自分のためには、筆を、持たなかった。

持てなかった、のではない。

持たなかった。

描いた一枚が、あの子の線の隣に並ぶことが、怖かった。

第三章 事務の人が数えているもの

学校の事務室に、長く勤めている女の人がいる。

毎年、卒業生の進路の表を、作っている。

「今年は、美大に進んだ子は、一人です」と、言う。

三十年分の表が、棚に並んでいる。

美大へ行った子の数は、全部で、十一人になる。

事務の人は、それを、数えている。

わたしは、その数を聞いて、うなずく。

けれど、わたしが覚えているのは、別のものだ。

一人ひとりが、はじめて引いた、一本の線。

わたるが、窓の外の電線を、描いた、あの一本。

聞かれれば、いくつでも、出てくる。

同じ学校の、同じ廊下を歩く二人が、まったく別のものを数えていた。

事務の人の十一は、学校のものだ。

わたしが覚えている線は、誰のものでもない。

一度、同僚に、聞かれた。

「先生は、絵を、描かないんですか」

わたしは、「教えるのが、仕事ですから」と答えた。

口からは、そう出た。

喉の奥に、別の返事が、一つ、引っかかっていた。

第四章 小さな絵

教えた子が、わたしの、なれなかったものに、なった。

うれしい。

それは、間違いなく、うれしい。

個展の初日、わたるの絵の前に立つと、胸の中が、持ち上がる。

同時に、腹の底のほうに、別のものが、沈む。

わたしは、それに、名前をつけずに、十年以上、やってきた。

つけたのは、去年だ。

画廊の壁に、わたるの、いちばん大きな絵が、かかっていた。

わたしが、三十一のとき、画用紙の上に、描きたかった青だった。

その前で、わたしは、足が、動かなくなった。

羨ましい。

その一語が、口の中に、浮かんだ。

教えた子を、羨む。

そんな気持ちを持つ教師は、教師の数に入らないと思っていた。

それから、わたしは、「あの子の先生だから」と、言い換えた。

あの子の先生であることは、本当だ。

けれど、そのためだけでないことも、わたしは、知っていた。

去年の三月、画廊の主人が、わたしに、声をかけた。

六十すぎの、白髪の男の人だった。

「あの子の、中学のときの、先生ですね」

わたしは、うなずいた。

主人は、少し、笑った。

「初日の挨拶のとき、わたるくんは、変なことをするんですよ」

わたしは、聞いた。

「何を」

「いちばん小さな絵の前に、古い画板を、一枚、立てかけるんです」

主人は、続けた。

「傷だらけの、使い込んだ画板です。毎年、同じものを、東京から、抱えてくる」

「どうしてですかと聞いたら、あの子は、こう言いました」

主人は、言った。

「これを借りた人が、いなかったら、ぼくは、この絵を、描いていないから、って」

わたしは、声が、出なかった。

二十二年前の春、わたしが、手渡した、あの画板だった。

返してもらったことも、忘れていた。

わたしが、一度も数えなかった年月を、わたるは、毎年、東京から、運ぶ手で、数えていた。

第五章 同じ線

その夜、わたしは、ホテルの部屋で、小さな電灯の下に、座った。

窓の外の、山の稜線を、親指で、測った。

羨ましさは、消えなかった。

これは、嘘をつかずに言う。

あの画板が、絵の前に置かれていると知っても、わたしは、わたるが、羨ましい。

わたしが、なれなかった場所に、あの子は、立っている。

それは、いまも変わらない。

ただ、わたしは、気づいた。

二十年あまり前に、わたしは、この気持ちに、「あの子の先生だから」という名前をつけた。

個展の初日に、あの子の絵の前に立つとき、わたしは、教師として、誇らしいのだと思っていた。

でも、そうではなかった。

羨ましいのは、あの子の絵を、愛しているからだ。

わたしが描けなかった線を、わたしは、羨むほど、愛していた。

羨むことは、愛することの、別の呼び方だった。

羨ましさは、減らなかった。

減らなかったが、置き場所が一つできた。

あの、傷だらけの、一枚の画板だ。

エピローグ

今年の三月、わたしは、画廊の初日に、行った。

いちばん小さな絵の前に、立った。

足もとに、あの画板が、立てかけてあった。

傷の位置が、わたしの覚えているとおりだった。

わたるが、奥から、出てきた。

背が、高くなっていた。

「先生」と言った。

わたしは、「うん」と言った。

それだけで、二人とも、笑った。

わたしは、帰りの電車の中で、鞄から、小さなスケッチブックを、取り出した。

新しい鉛筆を、一本、削った。

窓の外の、山の線を、一本だけ、引いた。

引いた線は、まっすぐではなかった。

けれど、紙の上に、わたしの手で引いた線が、一本、残った。

来年の三月も、わたしは、この画廊の、小さな絵の前に、立つ。

ソウルミッション358

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