8_行列の最後に
育てた弟子の店に百人が並ぶ。パン屋の女将は月に一度、その行列の最後に並ぶ。店の裏の棚に、女将が手渡した古いパン型が、毎朝ふかれて置いてあった。羨ましさは消えない。ただ、羨ましさを置く場所が一つできる。

朗読で聴く
第一章 焼いた側
新潟の、雪の多い町で、パン屋をやっている。
わたしは六十六になる。
二十六で、夫と店を開いた。
商店街の、はずれの、小さな店だ。
朝は、三時に起きる。
雪の朝は、外が、青く暗い。
長靴で踏む雪が、きゅっと、鳴る。
粉をこねて、生地を寝かせて、四時に、窯に火を入れる。
四十年、同じ朝を、繰り返している。
夫は、五年前に、亡くなった。
いまは、一人で、窯に向かっている。
十九年前の春、一人の女の子が、店の戸を叩いた。
名前は、あんずという。
十七歳だった。
高校を出たら、パンの店で働きたい、と言った。
「ここがいい」と言った。
わたしは、断ろうとした。
小さな店で、弟子を取る余裕はなかった。
けれど、あんずは、三日続けて、朝の四時に、店の前に立っていた。
雪の降る朝だった。
四日目に、わたしは、戸を開けた。
あんずを、そのまま、窯の前に立たせた。
八年、わたしは、あんずに、パンを教えた。
粉の水の量。
生地を丸める、手のひらの動かし方。
窯の中の、火の見方。
あんずは、覚えが早かった。
一度教えたことは、翌朝には、わたしより、上手になっていた。
負けたと思った朝も、あった。
けれど、それを、言葉にしたことは、一度もない。
二十五で、あんずは、独り立ちした。
二駅先の町に、小さな店を、出した。
その店が、いま、大きな行列をつくっている。
開店前から、百人が、並ぶ。
わたしの店には、朝、三人しか来ない日もある。
わたしは、月に一度、日曜日の朝に、あんずの店へ行く。
行列の、最後に並ぶ。
それだけの付き合いを、十一年、続けている。
第二章 丸める手
パン屋の仕事は、手のひらでする。
生地を、手のひらの下で、丸める。
力を入れすぎれば、生地が、死ぬ。
抜きすぎれば、窯の中で、形が崩れる。
四十年、毎朝、何百個と、丸めてきた。
わたしの手のひらは、いつも、少しだけ、熱い。
生地を丸めるときの、あの円の動きが、手に残っている。
夜、布団の中で、右の手のひらが、勝手に、小さな円を描く。
眠っているあいだも、わたしの手は、パンを丸めている。
腰は、四十年で、前に曲がった。
朝三時に、窯の前に立つたびに、骨が、きしむ。
それでも、手は、止まらない。
あんずの店の行列に、最後尾から、並んでいるとき、わたしの手のひらは、また、熱くなる。
列の先の、ガラス越しに、あんずが、生地を丸めているのが、見える。
その手つきは、わたしの手つきと、同じだ。
けれど、あんずの円は、わたしの円より、少し、大きい。
わたしの教えた円を、あんずが、もう、追い越している。
それが、わたしには、はっきりと、わかる。
第三章 花屋さんが数えているもの
あんずの店の、向かいに、小さな花屋がある。
そこの店主の女の人が、毎朝、店先に出て、行列の人数を、数えている。
「今日は、百十二人」
「昨日は、九十八人でしたよ」
わたしが行くたびに、そう教えてくれる。
わたしは、その人数を聞いて、うなずく。
けれど、わたしが覚えているのは、別のものだ。
あんずが、はじめて、朝の四時に、うちの戸の前に、立っていた朝の、雪の深さ。
足跡が、ひとり分、ついていた。
誰にも、見られていない。
同じ町の、同じ通りに、立つ二人が、まったく別のものを数えていた。
花屋さんの百十二は、あんずのものだ。
わたしが覚えている、雪の深さは、誰のものでもない。
一度、花屋さんに、聞かれた。
「あの店の先生なんですって? 誇らしいでしょう」
わたしは、「そうね」と笑った。
誇らしい。
それは、本当だ。
けれど、誇らしい、の下に、別のものが、沈んでいる。
わたしは、それに、名前をつけないまま、十一年、やってきた。
第四章 裏の棚
あんずの店の、行列に並ぶ人たちには、常連が多い。
わたしの前に、いつも、同じ、八十すぎの、おじいさんが、並んでいる。
背の低い人で、毛糸の帽子をかぶっている。
去年の十二月、雪の朝だった。
おじいさんが、わたしに、振り返った。
「あんた、毎月、最後に、並んでるね」
わたしは、うなずいた。
「わしは、この店が、開いたときから、来とる」
おじいさんは、鼻を、ぐすっとすすった。
「前に、裏口の、荷物を運ぶのを、手伝ったことがある」
わたしは、聞き返した。
「裏口の、奥に、棚があってな。小さな棚だ。その真ん中に、古い、パンの型が、一つだけ、置いてあった」
わたしは、息を止めた。
「錆びて、傷だらけの、四角い型だ。わしが、これは、もう使わんのかと、聞いたら」
おじいさんは、笑った。
「あんずさんが、言うたんだ。あれは、わたしの先生のだから、って」
「毎朝、あんずさんは、あの型を、布でふいて、棚に戻す。焼いたことは、一度もないらしい」
わたしは、その型を、知っていた。
二十六のとき、夫が、最初に買ってくれた型だった。
十一年前、あんずが、独り立ちするとき、わたしが、手渡した。
「持っていきなさい」と言って。
それから、一度も、見ていなかった。
焼くための型ではなく、わたしが、毎朝、ふかれる場所に、置かれている。
わたしが、一度も数えなかった年月を、あんずは、毎朝、布の手で、数えていた。
第五章 同じ窯の火
その夜、わたしは、店の窯の前に、一人で座った。
火の落ちた窯の、鉄の扉に、手を当てた。
羨ましさは、消えなかった。
これは、嘘をつかずに言う。
わたしの型が、棚の中にあると知っても、わたしは、あんずが、羨ましい。
百人の行列を、一人の手で、さばく。
わたしが、一度も立てなかった場所に、あの子は、立っている。
それは、いまも変わらない。
ただ、わたしは、気づいた。
十一年前に、わたしは、この気持ちに、「誇らしい」という名前をつけた。
行列の最後尾から、ガラス越しのあんずを見るとき、わたしは、育てた子を、誇りに思っているのだと思っていた。
でも、そうではなかった。
羨ましいのは、あの子の店を、愛しているからだ。
わたしが種をまいた店を、わたしは、羨むほど、愛していた。
羨むことは、愛することの、別の呼び方だった。
羨ましさは、減らなかった。
減らなかったが、置き場所が一つできた。
あんずの店の、裏の棚の、あの、古い型だ。
エピローグ
十二月の、最初の日曜日。
わたしは、朝の四時に、うちの窯に、火を入れた。
それから、いつものとおり、あんずの店へ向かった。
行列の最後尾に、並んだ。
雪が、静かに、降っていた。
前の、毛糸の帽子のおじいさんが、振り返って、小さく、うなずいた。
列が、少しずつ、進んだ。
ガラスの向こうで、あんずが、わたしに、気づいた。
手を止めて、小さく、頭を下げた。
わたしも、頭を下げた。
順番が来て、わたしは、いつもの、四角い食パンを、一本、買った。
お金を払うとき、あんずは、わたしの手に、紙袋を、そっと渡した。
袋の底が、まだ、温かかった。
店を出て、雪の中で、袋を開けた。
中に、小さな、丸いパンが、一つ、余分に入っていた。
わたしの教えた円の、半分の大きさだった。
それを、立ったまま、ひとくち、かじった。
まだ、熱かった。
来月の日曜日も、わたしは、この行列の、最後に並ぶ。
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