3_日曜の秤
十二年前に魚屋を閉じた男に、隣の八百屋の幼なじみは、毎週土曜の夜に、閉じた店の台秤をふいていた。男は日曜の朝だけ、シャッターを上げる。羨ましさは消えない。ただ、羨ましさを置く場所が一つできる。

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第一章 閉じた側
高知の海沿いの町で、運送会社の倉庫番をしている。
わたしは五十二になる。
十二年前まで、商店街の魚屋だった。
父の代から続く、間口の狭い店だった。
隣は、八百屋だった。
店先に、いつも、土の匂いのする箱が積んであった。
わたしの店の前は、潮と氷の匂いがした。
二つの匂いが、商店街の、朝をつくっていた。
名前は、岡林という。
岡林とわたしは、同じ年の、同じ月に生まれた。
小学校の机も、隣だった。
店を継いだのも、同じ年だ。
二人で、二十年、商店街の朝を迎えてきた。
四十のとき、わたしは、店を閉じた。
理由は、いくつもあった。
大きなスーパーが、国道沿いにできた。
魚の仕入れの値が上がって、客は減った。
父が亡くなって、借金の返し方を、考えなければならなかった。
わたしは、商店街が全部、沈む前に、自分の店だけ、先に降りた。
まだ傷の浅いうちに、暖簾をたたんだ。
見切りが早かった、と言う人もいる。
本当は、負けるのが、怖かっただけだ。
岡林は、止めなかった。
黙って、うなずいただけだった。
翌朝、岡林は、いつもの時間に、シャッターを上げた。
わたしの店のシャッターは、下りたままだった。
その隣で、八百屋の台に、トマトが、並んでいた。
商店街は、いまも続いている。
岡林の店も、続いている。
わたしの店は、倉庫になった。
日曜の朝だけ、わたしは、そこへ行く。
それだけの付き合いを、十二年、続けている。
第二章 氷の重さ
日曜の朝は、五時半に起きる。
まだ、暗い。
海から、潮の匂いが、上がってくる。
わたしは、歩いて、商店街へ向かう。
岡林は、もう、店の前に立っている。
「おう」と言う。
わたしも、「おう」と言う。
それだけだ。
わたしは、閉じたままの、魚屋のシャッターを、持ち上げる。
ガラガラと、重い音がする。
十二年、鳴らしている音だ。
シャッターの中には、木の台が、一つだけ残っている。
その上に、父の代から使ってきた、台秤が、載っている。
わたしは、その台を、通りの前に、引き出す。
日曜の朝市に出す、台だ。
岡林の八百屋の隣で、わたしは、仕入れてきた、干物と、小魚を、並べる。
氷を砕いて、発泡スチロールに、敷く。
砕けた氷が、手の甲に、冷たい。
魚の目が、朝の光を、小さく返す。
氷の袋を、持ち上げるとき、腕が、勝手に、決まった高さで止まる。
肩の上の、あの高さだ。
倉庫番の仕事では、この腕は、何も使っていない。
段ボールを、台車に積んで、押す。
十二年、それだけのために、使ってきた腕だ。
日曜の朝市の、わずか三時間だけ、腕は、昔に戻る。
終わったあと、腰が立たなくなる。
月曜の朝は、起き上がれない。
同居している母が、黙って、湿布の袋を、枕元に置く。
それが、毎週の、決まりごとになった。
第三章 女の子が数えているもの
商店街の、向かいの家に、小学生の女の子が住んでいる。
わたしが、日曜の朝に、シャッターを上げるのを、窓から、見ている。
去年の夏、その子が、わたしに言った。
「おじさん、今日で、六百二十六回目だよ」
わたしは、驚いた。
「何が」
「シャッターを、上げた日曜日」
その子は、窓のカレンダーを、指さした。
日曜日の欄に、赤い丸が、びっしりと、並んでいた。
十二年は、およそ六百二十六週だ。
合っている。
「おじさんが熱で来なかった日も、台風の日も、ぜんぶ、丸をつけたよ」
その子は、言った。
「来なくても、おじさんの日曜日だから」
わたしは、何も、言えなかった。
わたしは、足を運んだ回数を、数えたことがない。
数えたら、その朝が、義務になる。
かわりに、わたしが覚えているのは、別のものだ。
岡林の、トマトを並べる手つきの、速さ。
二十年前から、少しも、衰えていない。
同じ朝の、同じ商店街に立っている二人と一人が、まったく別のものを数えていた。
その子の六百二十六は、わたしを、少し、笑わせた。
わたしが覚えている手つきの速さは、誰にも言えない。
一度だけ、母に、聞かれた。
「また、魚屋をやりたいの?」
わたしは、「やらん」と答えた。
嘘のつもりはなかった。
五十二の体で、もう、仕入れの市場には、立てない。
やりたい、のとは違う。
岡林が、羨ましいのだ。
その違いがわかるまで、十年かかった。
第四章 二台の秤
去年の八月、朝市が終わって、片づけをしているとき、向かいの家の女の子が、また、わたしに言った。
「おじさん」
わたしは、顔を上げた。
「八百屋のおじさんは、毎週、土曜日の夜に、おじさんの店に入ってるよ」
わたしは、手を止めた。
「うちの店に」
「合鍵、持ってるんだって」
その子は、窓の外から、見ていた。
「あたし、夜、おトイレに起きたとき、見たの。懐中電灯をつけて、中に入って、何かふいてた」
わたしは、笑った。
「何を」
「秤」
その子は、言った。
「八百屋のおじさんの秤と、おじさんの秤。二台、ならべて、ふいてた。それで、お隣の分も、って、言ってた。誰もいないのに」
わたしは、息が、止まった。
土曜日の夜、岡林は、毎週、閉じた魚屋の中に、入っていた。
わたしが持っていることすら、忘れていた、父の代の、台秤。
その、皿の表面が、毎週、日曜の朝には、ぴかぴかに、光っていた。
わたしは、それを、自分が、前の週に、きれいに拭いたのだと思っていた。
そうではなかった。
わたしが、一度も数えなかった日曜日を、岡林は、毎週、土曜の夜に、秤を拭く手で、数えていた。
第五章 同じ重さ
その夜、わたしは、母と二人の食卓で、箸を、持ったまま、動けなかった。
羨ましさは、消えなかった。
これは、嘘をつかずに言う。
秤を二台、拭いてくれていたと知っても、岡林が羨ましい。
十二年、商店街の朝に、立ち続けたのは、岡林だ。
わたしは、倉庫の中で、年を取った。
それは、いまも変わらない。
ただ、わたしは、気づいた。
十二年前に、わたしは、この気持ちに、「手伝っている」という名前をつけた。
毎週日曜、岡林の隣に立つとき、わたしは、友の店を、手伝っているのだと思っていた。
でも、そうではなかった。
羨ましさは、愛しさの、裏側に、貼りついていた。
裏を返せば、同じ紙だった。
羨むことは、愛することの、もう一つの面だった。
羨ましさは、減らなかった。
減らなかったが、置き場所が一つできた。
土曜の夜に、岡林が拭いてくれていた、あの台秤の皿だ。
エピローグ
次の日曜の朝、わたしは、五時に、家を出た。
いつもより、三十分、早かった。
商店街は、まだ、暗かった。
岡林は、八百屋の前で、トマトの箱を、並べていた。
「早いな」と言った。
「おう」と言った。
わたしは、自分の店のシャッターを、持ち上げた。
ガラガラと、音が、通りに響いた。
中の、台秤の皿は、光っていた。
わたしは、その皿を、布で、もう一度、ふいた。
岡林は、何も言わなかった。
向かいの家の窓に、あの子の顔が、見えた。
赤い丸を、一つ、書いているのが、見えた。
わたしは、台秤を、通りの前に、引き出した。
岡林の秤の隣に、並べて、置いた。
その日の最初の小魚を、載せて、目盛りを、読んだ。
来週の日曜も、わたしは、このシャッターを、上げる。
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