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1_墨つぼは、車の中

二十五年前に大工を降りた男に、棟梁になった兄弟子は、男の墨つぼを毎日、現場の車に積んでいた。男は年に一度、柱に墨を打つ。羨ましさは消えない。ただ、羨ましさを置く場所が一つできる。

1_墨つぼは、車の中

朗読で聴く

第一章 降りた側

山形の盆地で、設計事務所の事務をしている。

わたしは五十九になる。

二十五年前まで、大工だった。

十六で、町の棟梁のところに弟子入りした。

最初の三年は、墨つぼにも、触らせてもらえなかった。

朝は、掃除。昼は、材木運び。夜は、かんなの刃を、研ぐ。

大川さんは、そのころから、黙って隣に並んで、同じ刃を、研いでいた。

そこに、三つ年上の兄弟子がいた。

名前は、大川という。

大川さんは、不器用な人だった。

かんなの刃を研ぐのも、わたしのほうが早かった。

けれど、大川さんには、墨を打つ手があった。

柱に、まっすぐな線を引く手だ。

その手だけは、誰にも真似できなかった。

棟梁が亡くなったとき、大川さんが、あとを継いだ。

わたしは、その年、三十四で、大工を辞めた。

腰を悪くしたのが、直接の理由だった。

けれど、本当は、腰だけではない。

二人で、一緒に弟子をやった。

その先で、大川さんは棟梁になり、わたしは、ならなかった。

それを見ているのが、怖くなった。

わたしは、知り合いの設計事務所に、事務の口を頼んだ。

毎月、決まった日に給料が出る暮らしを、選んだ。

選んだ、は、嘘ではない。

けれど、半分は、背を向けて走っただけだ。

大川さんは、止めなかった。

「そうか」と言っただけだった。

あとから、聞いた。

大川さんは、わたしが辞めた夜、一人で、作業場のかんなを、全部研ぎ直したそうだ。

いまも、大川さんは、現場に立っている。

わたしは、年に一度だけ、そこへ行く。

十月の、上棟の日。

それだけの付き合いを、二十五年、続けている。

第二章 墨を打つ手

上棟の日は、朝が早い。

霜の降りた土の上で、柱が、一本ずつ立ち上がる。

その前の日、わたしは、現場に呼ばれる。

墨を打つためだ。

墨つぼの糸を、柱の端から端まで張る。

親指と人差し指で、糸をつまみ上げて、離す。

ぱちん、と音がして、黒い線が、まっすぐに残る。

あの音が、わたしは、いまでも好きだ。

これだけは、大川さんが、わたしに、やらせてくれる。

年に一度、柱を三本だけ。

盆地の山が、雪を載せはじめる前の、冷たい朝だ。

吐く息が、白く、糸の上を、流れていく。

それ以外の墨は、大川さんが、自分で打つ。

わたしの腕は、この日だけ、二十五年前に戻る。

糸を張るとき、肘が、勝手に、決まった高さで止まる。

息を、吐くところで止める。

そう体が覚えている。

事務所では、この腕は、何も使っていない。

書類を、右から左へ運んで、判子を押す。

それだけのために、五十九年かけた体ではない、と思うことがある。

上棟の翌日は、腕が上がらなくなる。

妻の洋子が、何も言わずに、肩に湿布を貼る。

それも、毎年の、決まりごとになった。

十月の盆地は、空が高い。

柿の木が、どこの庭でも、橙色の実を、重そうにさげている。

その下を、軽トラックで、現場まで走るのが、わたしは、好きだ。

第三章 洋子が数えているもの

洋子は、回数を数えている。

「今年で二十五回目ね」

上棟の日の朝、出がけに、必ずそう言う。

数えているのは、洋子だけだ。

わたしは、足を運んだ回数を数えたことがない。

数えたら、その一日が、勤めになる。

かわりに、わたしが覚えているのは、別のものだ。

大川さんの、墨を打つ手の、速さ。

わたしが三本打つあいだに、大川さんは、十本、打つ。

同じ現場の、同じ柱の前に立っている二人が、まったく別のものを数えていた。

洋子の二十五は、わたしを安心させる。

わたしが覚えている本数の差は、誰にも言えない。

一度だけ、洋子に、聞かれた。

「戻りたい?」

わたしは、「戻らない」と答えた。

嘘のつもりはなかった。

五十九の腰で、もう、梁には上がれない。

戻りたい、のとは違う。

大川さんの手が、羨ましいのだ。

戻りたいと、羨ましいが、別のものだとわかったのは、五年前だ。

第四章 車の中の墨つぼ

わたしの墨つぼは、大川さんの作業場の、壁に掛かっている。

辞めたとき、置いてきた。

持って帰る気には、なれなかった。

年に一度、上棟の前の日に、大川さんが、それを壁から外して、わたしに渡す。

「ほら」と言う。

わたしは、それを使う。

使い終わると、また、大川さんに返す。

壁に、掛け直す。

わたしは、それが、大川さんなりの気づかいだと思ってきた。

年に一度、昔の道具を使わせてくれているのだ、と。

去年の十月、施主の、八十近いおばあさんが、お茶を出しながら、話しかけてきた。

「うちは、これで、三度目なんですよ。大川さんに建ててもらうの」

わたしは、頭を下げた。

おばあさんは、湯のみを置いて、言った。

「あんた、あの墨つぼの、持ち主でしょう」

わたしは、驚いた。

「ええ、まあ」

おばあさんは、笑った。

「大川さん、毎回、現場に来るとき、あの墨つぼを、車に積んでくるのよ」

「使わないのにね。大事な線は、自分のでは打たない。あんたの墨つぼで打つんだって」

わたしは、何も言えなかった。

「前に聞いたの。そしたら、こう言ってた」

おばあさんは、言った。

「あいつの墨は、曲がらん。だから、うちの柱は、あいつの墨で立てる、って」

作業場の壁に掛かっているのは、わたしの墨つぼのはずだった。

上棟の前の日に、渡されるものも、そのはずだった。

その日、わたしは、車の荷台を、見に行った。

助手席の足もとに、古い墨つぼが、布に包まれて、置いてあった。

糸は、新しかった。

三十年前に、わたしが彫った、握りの傷が、そのままだった。

壁に掛かっていたのは、別のものだった。

大川さんは、二十五年、わたしの墨つぼを、毎日、現場に連れていっていた。

第五章 同じ糸

その夜、わたしは、眠れなかった。

墨つぼを、膝に置いて、糸の先を、指でつまんでいた。

羨ましさは、消えなかった。

これは、嘘をつかずに言う。

わたしの墨つぼが、現場にあると知っても、大川さんが羨ましい。

二十五年、柱の前に立ち続けたのは、大川さんだ。

わたしは、事務所の机の前で、年を取った。

それは、いまも変わらない。

ただ、わたしは、気づいた。

二十五年前に、わたしは、この気持ちに、「応援している」という名前をつけた。

毎年、大川さんの現場に立つとき、わたしは、兄弟子を、応援しているのだと思っていた。

でも、そうではなかった。

羨ましさと愛しさは、同じ一本の墨糸の、両端にあった。

墨糸の片方を引くと、もう片方が張る。

羨むことは、愛することの、別の呼び方だった。

羨ましさは、減らなかった。

減らなかったが、置き場所が一つできた。

車の助手席の、布に包まれた、あの墨つぼだ。

エピローグ

今年の十月、わたしは、また、上棟の前の日に、現場へ行った。

霜が降りていた。

大川さんは、先に来ていた。

車のドアが、開いていた。

わたしは、助手席の布を、そっと開いた。

墨つぼは、そこにあった。

大川さんは、遠くで、柱の寸法を測っていた。

見ていないふりをして、背中を向けていた。

わたしは、墨つぼを持って、柱の前に立った。

糸を張った。

親指と人差し指で、つまんで、離した。

ぱちん、と音がして、黒い線が、柱にまっすぐ走った。

三本だけの約束だったが、その日は、四本、打った。

大川さんは、何も言わなかった。

最後の柱を打ち終えたとき、わたしは、墨つぼを、布に包み直して、助手席に戻した。

来年の十月も、わたしは、この現場に立つ。

ソウルミッション358

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