3_碁盤をはさんで
治らない病の旧友に、なんで俺なんや、と問われても答えを持たない元・蕎麦職人。できるのは毎週、碁盤をはさんで黙って打つことだけ。答えは出ない。どうにもできないまま、続ける理由だけが少しだけ変わる。

朗読で聴く
第一章 十月の病室
徳島の山あいの町で、蕎麦を打っていた。
わたしは七十一になる。
店を閉めて、四年になる。
川沿いの古い店で、四十八年、毎朝、そば粉をこねた。
朝の四時に起きて、井戸水を汲んで、粉に回す。
手のひらに、粉の冷たさが、じんわりと染みてくる。
その冷たさで、一日が始まった。
十月の、よく晴れた土曜の午後だった。
山の稜線が、くっきりと見えて、川の水が、澄んだ音を立てていた。
わたしは、町の病院の、三階の病室へ向かった。
古い友人の、哲夫が入院している。
七十三になる、元・大工だ。
若いころ、同じ町内で育って、同じ年に、それぞれの店を持った。
哲夫は、半年前に、病気が見つかった。
健康診断の、帰りだったという。
その日の夜、わたしの店に、蕎麦を食べに来た。
いつもより、少し、残した。
治らない病気だと、医者に言われた。
いまは、もう、立つのも、少しつらそうだ。
病室は、四人部屋の、窓際だった。
窓の外に、柿の木が、見えた。
枝の先で、小さな鳥が、一羽、実をつついていた。
病室の中は、静かで、点滴の落ちる音だけが、規則正しく聞こえた。
実が、いくつか、橙色に光っていた。
わたしが入ると、哲夫は、枕から顔をこちらへ向けて、少し笑った。
それから、天井を見て、言った。
なんで、俺なんやろな。
わたしは、答えを持っていなかった。
第二章 黙る手
その問いに、わたしは、答えられない。
なぜ哲夫なのか。
なぜ、あいつの体に、その病気が来たのか。
わたしには、わからない。
医者にも、わからない。
若いころ、同じ問いを、別の友人から聞いたことがある。
そのとき、わたしは、気休めを言った。
病院の廊下の、長椅子に並んで座っていたときだ。
窓の外に、夕焼けが、赤く広がっていた。
きっと治る、と。
その友人は、半年後に、亡くなった。
最後に会った日、友人は、わたしの顔を見て、静かに笑った。
その笑いは、わたしの言葉を、知っている顔だった。
あのときの顔が、いまも、頭から離れない。
以来、わたしは、気休めを言えない体になった。
口を開こうとしても、先に、喉が閉じる。
かわりに、手が動く。
蕎麦を打つ手は、四十八年のあいだに、ひとつのことを覚えた。
急がない、ということだ。
水を回して、粉をまとめて、延ばして、切る。
どの工程も、急げば、蕎麦が、荒れる。
待つ手になった。
その手は、碁を打つときにも、同じに動く。
哲夫が、碁盤を、病院に持ち込んだのは、入院して二週目のことだった。
看護師さんに、ベッドの横の台を、借りたのだという。
それ以来、わたしは、毎週土曜に、病室で、碁を打つ。
第三章 息子が数えるもの
哲夫には、息子が一人いる。
大阪で、会社に勤めている。
四十代の、几帳面な男だ。
息子は、毎週末に、病院へ来る。
来るたびに、ノートに、先生の話を書きつける。
今週は、数値がこうで、先週は、ああだった。
哲夫の体の、細かい数字を、いつも整理している。
それは、必要なことだ。
息子は、父親のために、できることを、全部やっている。
わたしは、碁を打った回数を、覚えている。
数えているというより、覚えてしまっている。
毎週、土曜の午後に、盤をはさんで座った日。
その数が、半年ぶんで、二十六。
何の役にも立たないし、誰にも渡せない。
同じ病室にいる二人が、別のものを数えていた。
息子の数字は、ノートに残る。
わたしの数えているものは、どこにも書けない。
一度、廊下で、息子に言われた。
おじさんは、父に、何も言わないんですね、と。
責めるような声ではなかった。
むしろ、羨ましそうだった。
わたしは、言えないんです、と答えた。
息子は、そうですか、と言って、少し笑った。
その笑い方が、哲夫に、よく似ていた。
第四章 それしかできない
わたしにできることは、突き詰めれば、一つしかない。
毎週、土曜の午後に、碁盤をはさんで、黙って打つ。
病気は、治せない。
痛みも、代わってやれない。
なぜ俺なんや、という問いに、答えを渡すこともできない。
できるのは、ただ、盤の向こうに、座ることだけだ。
哲夫の石は、最近、遅くなった。
一手に、五分も、十分も、かかる。
そのあいだ、わたしは、何も言わず、窓の外の柿の木を、見ている。
枝が、風で、ゆっくり揺れる。
その揺れの数を、数えるともなく、数えている。
役に立っている、と思えた日は、一日もない。
これは、謙遜ではなく、正確な言い方だと思っている。
あの問いの前で、わたしは無力だ。
半年やって、無力さの度合いは、一ミリも減っていない。
一度だけ、碁をやめようと思ったことがある。
哲夫が、石を持つ手を、途中で、止めたときだった。
震えていた。
もう、打てないのかもしれない、と思った。
わたしは、盤を、片づけようとした。
哲夫は、片づけんでええ、と言った。
それだけだった。
それで、わたしは、手を戻した。
哲夫は、盤の上の石を、一つ、指でなぞった。
冷たい石の感触を、確かめているようだった。
あのとき、片づけなくて、よかったのだと思う。
けれど、それが正しかったのかどうかは、いまも、わからない。
代わりに、何ができたのかも、わからない。
第五章 遅い手
先週の土曜、病室へ行くと、哲夫は、目を閉じていた。
眠っているのかと思った。
わたしは、碁盤を台に置いて、石を並べた。
碁笥の中で、石が、小さく鳴った。
哲夫が、目を開けた。
ああ、来たか、と言った。
それから、いつものように、黒を持った。
一手、打った。
わたしも、打った。
二十手ほど進んだころ、哲夫の手が、止まった。
長い時間だった。
十五分ほど、たっていたと思う。
わたしは、何も言わなかった。
窓の外の柿の木が、風で、少し揺れた。
哲夫の指が、石の上で、細かく震えていた。
そのとき、わたしは、自分が、石を置く速さを変えたことに、気づいた。
哲夫の遅さに、合わせていた。
わたしの手は、四十八年、急がないことを覚えた。
その手が、ほんの少しだけ、さらに遅くなっていた。
意識して、そうしたのではない。
勝手に、そうなった。
あの遅さに、意味があるのかどうかは、わからない。
哲夫が、気づいているのかどうかも、わからない。
それでも、あの日から、わたしは、少しだけ、考え方を変えた。
哲夫の病気を治す方法は、ない。
それは、変わらない。
けれど、あいつの遅さに合わせて、打つことは、できる。
答えがないまま、盤の向こうに居続ける。
わたしにできることは、いまも、それだけだ。
ただ、座る理由が、少しだけ、変わった。
哲夫を励ますためではなく、あの遅さの隣に、いたいから、座っている。
エピローグ
今週の土曜も、わたしは、病院へ行った。
三階の廊下は、いつもの、消毒液の匂いがした。
病室の戸を、静かに開けた。
哲夫は、窓際で、碁盤を前に、待っていた。
すでに、黒の石を、一つ、持っていた。
わたしが椅子に座るのを、じっと見ていた。
それから、ゆっくりと、石を置いた。
わたしも、ゆっくりと、打った。
窓の外の柿の木は、実が、少し減っていた。
鳥が、食べたのだろう。
どれくらいたったのか、わからない。
廊下で、夕食の配膳の音が、聞こえはじめた。
何も解決していない。
答えは、まだない。
来週の土曜も、わたしは、盤をはさんで、座る。
哲夫の石が、また、一つ、盤の上に、置かれた。
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