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7_笑い声の止まる瞬間

子どもの笑い声が急に止まる瞬間に、理由のわからないいかりが腹の底から来る旋盤工。両親にも先代にも医者にも聞いたが、今世に原因はない。答えは出ない。誰も証言できない。探すのをやめ、わからないまま連れて歩く。

7_笑い声の止まる瞬間

朗読で聴く

第一章 三月の町工場

愛知の小さな町で、旋盤を回している。

わたしは四十九になる。

町工場に入って、三十一年がたった。

工場は、川沿いの、古いトタン屋根の建物だ。

機械油の匂いが、壁にも床にも染みついている。

旋盤が、並んでいる。

金属の棒を回して、刃を当てて、ミリの何分の一かの精度で、削る。

削りくずが、細い渦になって、床に落ちる。

それを、一日の終わりに、集めて、缶に入れる。

缶は、わたしの足もとに、いつも置いてある。

大きな仕事ではない。

作っているのは、自動車の部品の、そのまた部品だ。

完成した車に、わたしの削ったものが入っているのかどうか、わたしは知らない。

けれど、削るのは、嫌いではない。

刃が、金属に入っていくときの、かすかな抵抗が、手に伝わる。

その抵抗が、ふっと軽くなる瞬間がある。

そこで、削りが決まる。

言葉にはできないが、わたしは、その瞬間のために、毎日、この機械の前に立っている。

三月の、はじめの午後だった。

春先の、よく晴れた日で、工場の窓が、半分、開けられていた。

窓の外は、川沿いの空き地だ。

近所の子どもたちが、放課後に、よく遊んでいる。

その声が、旋盤の音のあいだから、ときどき聞こえてくる。

わたしは、手もとの刃先を見つめていた。

金属の肌が、刃の下で、銀色に光っている。

その光が、細い線になって、端から外へ伸びていく。

そのとき、窓の外で、子どもたちの笑い声が、ふっと、止まった。

ほんの一瞬、完全な静けさが来た。

その瞬間、腹の底が、ぐっと熱くなった。

第二章 止まる瞬間

それは、まぎれもなく、いかりだった。

わたしは、旋盤を止めた。

手が、震えていた。

相手はいない。

誰かに腹を立てたわけではない。

子どもたちにも、窓にも、仕事にも、いかりの向かう先がない。

向かう先のないものが、腹の底にだけ、はっきりとある。

窓の外では、少しして、また笑い声が、戻ってきた。

子どもたちが、何か、他愛のないことで、黙っただけだった。

三分ほどで、腹の熱さは、引いていった。

その条件は、はっきりしている。

笑い声が、途切れる瞬間だけだ。

笑い声そのものは、平気だ。

静かなのも、平気だ。

笑っていた声が、急に、止まる。

その切れ目だけが、来る。

子どものころから、そうだった。

小学校の校庭で、遊んでいる子どもたちの声が、ふっと途切れると、わたしは、いつも、固まった。

先生に、どうしたのと聞かれた。

答えられなかった。

頭は、いつも、静かだ。

誰かが、息を継いだだけだと、知っている。

それなのに、体のほうが、先に動く。

音が意味になる前に、もう、腹の底が動いている。

わたしは、ときどき、この体の中に、わたしの知らない耳があるように感じる。

その耳は、わたしが生まれる前から、そこにあった気がする。

根拠はない。ただ、そう思う。

その耳が、笑い声の切れ目を、わたしより先に聞いている。

何を聞いているのかは、わからない。

第三章 若手が数えるもの

工場に、若手の鈴木がいる。

二十六になる、手の早い青年だ。

鈴木は、不良品の数を数えている。

今月は何個、先月は何個。

去年より、減ったか。

壁に貼ったグラフに、赤いペンで、点を打っていく。

そのグラフは、工場の誇りだ。

わたしは、いかりが来た日の数を数えている。

数えたくて数えているのではない。

来ると、覚えてしまう。

四十年ぶんが、頭のどこかに積んである。

何の役にも立たないし、誰にも渡せない。

同じ工場で働く二人が、まったく別のものを数えていた。

鈴木の数字は、グラフに残る。

わたしの数えているものは、どこにも書けない。

一度だけ、鈴木に話したことがある。

窓の外の声が、止まるとき、変な感じになるんや、と。

鈴木は、疲れてるんと違いますか、と言った。

それで終わった。

説明のつかないものを人に話すと、必ず、いちばん近い説明が返ってくる。

疲れ、年のせい、集中のしすぎ。

どれも近いが、どれも違う。

近いものを渡されるたびに、わたしは少しずつ黙るようになった。

黙るのは、諦めたからではない。

言えば言うほど、自分の中の本当のかたちが、削られていく気がしたからだった。

鈴木は、それを察したのか、それ以降は、窓を閉めてくれるようになった。

昼休みに、缶コーヒーを黙って、機械の脇に置いていく日もある。

あいつなりの、正しい対応だったと思う。

第四章 誰も知らなかった

原因は、探した。

まず、両親に聞いた。

小さいころ、子どもの声にまつわる怖いことは、なかったか、と。

母は、ないよ、と言った。

事故も、事件も、近所の子が行方知れずになった話も、この家には、縁がなかった。

工場の先代にも、聞いた。

先代は、八十を過ぎて、いまも、ときどき顔を出す。

先代は、わたしの話を、黙って聞いたあと、そんな話は、知らんな、と言った。

そして、削りくずの缶を、ちらりと見て、お前は、ええ手をしとる、と言った。

それ以上は、何も言わなかった。

四十代のはじめに、病院にも行った。

耳の検査も、頭の検査も、異常はなかった。

紹介された心療内科で、聴覚が敏感な体質かもしれないと言われた。

けれど、それ以上のことは、言われなかった。

医者は、最後にこう言った。

原因が、特定できないものも、あります。

わたしは、その言葉を、帰りの電車の中で、何度も思い出した。

匙を投げた言葉ではなかった。

誠実な言葉だと思った。

それでも、帰り道は重かった。

原因がわかれば、対処ができる。

対処ができなくても、名前がつけば、それを持って生きていける。

名前のないものを四十年抱えるというのは、そのどちらでもない場所に、居続けることだった。

今世には、何もない。

生まれてから四十九年のどこにも、あの途切れに対応する出来事はない。

探し方が足りないのではない。

単に、ない。

誰も、証言できない。

第五章 連れて歩く

四十五を過ぎて、わたしは探すのをやめた。

やめると決めたわけではない。

ある夕方、削りくずを缶に集めながら、ふと思ったのだ。

これは、削りくずみたいなものかもしれない。

削れば、必ず、出る。

どこから出るのかは、考えない。

出たものは、缶に入れて、持って帰る。

恨まないし、なくそうともしない。

来なくなったわけではない。

いまも、同じように来る。

強さも、変わらない。

変わったのは、来ているあいだに「なぜ」と考えなくなったことだけだ。

戸惑いは、減らない。

来るたびに、わたしは戸惑う。

どうして、と思う。

けれど、戸惑うことも含めて、これがわたしだと、少しだけ思えるようになった。

わからないまま、戸惑いながら、連れて歩く。

それが、四十九年のあいだに、わたしにできるようになったことだった。

缶の中の削りくずが、夕方の光を、鈍く返していた。

工場の外は、まだ、薄暗いままだった。

エピローグ

翌日の午後も、わたしは、旋盤の前に立った。

窓は、半分、開いていた。

鈴木が、閉めようとした。

わたしは、手で、それを止めた。

刃先を、金属に当てた。

窓の外で、子どもたちの笑い声が、ふっと、止まった。

来た。

腹の底が、ぐっと熱くなった。

相手はいない。

理由もない。

わたしは、旋盤を止めなかった。

手が、少し震えたが、そのまま、削り続けた。

三分ほどで、引いていった。

何も解決していない。

明日も、来年も、また来る。

削りくずが、細い渦になって、足もとの缶へ、落ちていった。

ソウルミッション358

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