3_雪の落ちる朝
屋根の雪が落ちる音を聞くと、理由のわからないいかりが腹の底から来る元・豆腐屋。夫の兄にも住職にも医者にも聞いたが、今世に原因はない。答えは出ない。誰も証言できない。探すのをやめ、わからないまま連れて歩く。

朗読で聴く
第一章 一月の豆腐屋
富山の雪の町で、豆腐を作っていた。
わたしは七十一になる。
店を畳んで、三年になる。
商店街の裏通りに、古い店がある。
間口は狭くて、奥は、作業場になっている。
戸の脇に、古い水槽が、いまも置いてある。
木でできた、大きな水槽だ。
水を張って、豆腐を沈めて、冷やすために使った。
わたしは、嫁いできて、四十八年、毎朝、四時に起きた。
大豆を水に浸して、石臼で挽いて、大きな釜で煮て、布で濾して、にがりを打つ。
その繰り返しを、雨の日も、雪の日も、休まず続けてきた。
朝いちばんの豆乳は、湯気が白くて、甘い匂いがする。
その匂いが立つと、まだ暗い作業場が、ほんの少し、あたたかくなった。
わたしは、それが、好きだった。
亡くなった夫は、何も言わずに、手を動かす人だった。
わたしも、それに倣って、黙って、豆を煮た。
一月の、大雪のあとの朝だった。
孫の美咲が、東京の大学から、帰省していた。
二十一になる、わたしの一番上の孫だ。
店を畳んだあとの作業場を、見たいと言って、ついてきた。
朝の五時で、まだ暗かった。
雪は、夜のうちに止んでいた。
屋根の上に、重たい雪が、積もっていた。
戸を開けて、中に入ったとき、屋根のほうで、どさっ、と音がした。
積もった雪が、軒から滑り落ちた音だった。
その音を聞いた瞬間、腹の底が、ぐっと熱くなった。
第二章 音より先に
それは、まぎれもなく、いかりだった。
わたしは、水槽のふちに、手をついた。
相手はいない。
誰かに腹を立てたわけではない。
雪にも、屋根にも、孫にも、いかりの向かう先がない。
向かう先のないものが、腹の底にだけ、はっきりとある。
戸口で、美咲が、どうしたん、ばあちゃん、と言った。
わたしは、首を振った。
大丈夫、と言った。
声が、少し、かすれていた。
三分ほどで、腹の熱さは、引いていった。
その音が来るのは、この日が初めてではない。
雪国に嫁いできて、一番最初の冬から、雪が屋根から落ちる音を聞くたびに、来た。
子どものころ、生まれた町は、雪の少ない土地だった。
それなのに、雪が落ちる音を、初めて聞いたとき、わたしは腹が立った。
嫁いできたばかりの、十二月の夜だった。
夫の実家の二階で、布団に入っていた。
屋根から、どさっ、と音がして、わたしは、布団の中で、拳を握っていた。
誰にも、言わなかった。
雪のせいだと思った。
慣れれば、なくなると思った。
四十八年たっても、なくならなかった。
頭は、いつも、静かだ。
雪が落ちるのは、冬の、ありふれたことだと、知っている。
それなのに、体のほうが、先に動く。
音が意味になる前に、もう、腹の底が動いている。
わたしは、ときどき、この体の底に、深い井戸があるように感じる。
その井戸の水が、雪の音で、勝手に波立つ。
何が沈んでいるのかは、わからない。
第三章 孫が数えるもの
美咲は、売上帳を見るのが好きな子だ。
経済学部で、数字を勉強している。
帰省のたびに、店の古い帳簿を、引っ張り出してくる。
どの年が、いちばん売れたか。
どの月が、いちばん悪かったか。
ばあちゃんの豆腐、すごかったんやね、と言う。
そのたびに、わたしは、うれしいような、申し訳ないような気持ちになる。
すごいことをしたつもりは、なかった。
毎朝、豆を煮ただけだ。
わたしは、いかりが来た日の数を数えている。
数えたくて数えているのではない。
来ると、覚えてしまう。
四十八年ぶんが、頭のどこかに積んである。
何の役にも立たないし、誰にも渡せない。
同じ家に生まれた祖母と孫が、まったく別のものを数えていた。
美咲の数字は、帳簿に残る。
わたしの数えているものは、どこにも書けない。
夫には、一度だけ、話したことがある。
雪が落ちる音は、嫌やなあ、と。
夫は、豆を挽きながら、そうか、と言っただけだった。
それで終わった。
夫は、聞かないことで、わたしを守ってくれた人だったと思う。
説明のつかないものを人に話すと、必ず、いちばん近い説明が返ってくる。
雪の音は、驚くから。
年のせい。
疲れているから。
どれも近いが、どれも違う。
近いものを渡されるたびに、わたしは少しずつ黙るようになった。
黙るのは、諦めたからではない。
言えば言うほど、自分の中の本当のかたちが、削られていく気がしたからだった。
第四章 誰も知らなかった
原因は、探した。
まず、夫の兄に聞いた。
夫の家に、雪にまつわる事故の話はないか、と。
夫の兄は、ないな、と言った。
この家は、代々、豆腐屋で、雪の事故にあった人は、一人もいなかった。
菩提寺の住職にも、聞いた。
寺に残る古い記録を見てもらった。
雪で亡くなった人の名は、どこにも、なかった。
住職は、ゆっくり、首を振って、こう言った。
調べられるかぎりは、調べましたが、何も出てきませんね。
六十のとき、病院にも行った。
雪の少ない春に、孫を連れて、町の病院へ、バスで往復した。
待合室には、同じような年寄りが、長椅子に並んでいた。
耳の検査も、頭の検査も、異常はなかった。
医者は、最後にこう言った。
原因が、わからないものも、あるんです。
わたしは、その言葉を、帰りのバスの中で、何度も思い出した。
匙を投げた言葉ではなかった。
誠実な言葉だと思った。
それでも、窓の外の雪景色が、いつもより白く、遠く見えた。
原因がわかれば、対処ができる。
対処ができなくても、名前がつけば、それを持って生きていける。
名前のないものを四十八年抱えるというのは、そのどちらでもない場所に、居続けることだった。
今世には、何もない。
生まれてから七十一年のどこにも、あの音に対応する出来事はない。
探し方が足りないのではない。
単に、ない。
誰も、証言できない。
第五章 連れて歩く
六十五を過ぎて、わたしは探すのをやめた。
やめると決めたわけではない。
ある冬の朝、釜に火を入れながら、ふと思ったのだ。
これは、冬の雪みたいなものかもしれない。
雪に、原因を探す人はいない。
降るとわかっているから、長靴を履いて、雪かきをして、止むのを待つ。
恨まないし、治そうともしない。
来なくなったわけではない。
いまも、同じように来る。
強さも、変わらない。
変わったのは、来ているあいだに「なぜ」と考えなくなったことだけだ。
戸惑いは、減らない。
来るたびに、わたしは戸惑う。
どうして、と思う。
けれど、戸惑うことも含めて、これがわたしだと、少しだけ思えるようになった。
わからないまま、戸惑いながら、連れて歩く。
それが、七十一年のあいだに、わたしにできるようになったことだった。
その朝、作業場の窓の外が、うっすらと白んできた。
けれど、空は、まだ、灰色のままだった。
エピローグ
翌朝も、わたしは、孫を連れて、作業場に入った。
戸を開けて、水槽の脇に立った。
屋根のほうで、どさっ、と音がした。
来た。
腹の底が、ぐっと熱くなった。
相手はいない。
理由もない。
わたしは、水槽に手をついた。
そのまま、立っていた。
美咲は、何も言わずに、わたしの隣に並んだ。
三分ほどで、引いていった。
何も解決していない。
来週も、来年も、また雪は降るし、また音は落ちる。
わたしは、水槽の水を、手ですくった。
店を畳んだ日にも、わたしは、この水に手を入れた。
あの日も、冷たかった。
冷たい水が、指のあいだを、静かにこぼれていった。
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