0_裂ける音
布を裂く音を聞くと、理由のわからないいかりが腹の底から来る仕立て屋。母にも叔母にも医者にも聞いたが、今世に原因はない。答えは出ない。誰も証言できない。探すのをやめ、わからないまま連れて歩く。

朗読で聴く
第一章 九月の仕立て屋
愛媛の海沿いの町で、洋服の仕立てをしている。
わたしは五十三になる。
店は、商店街の外れにある。
間口が狭くて、奥に長い。
奥の突きあたりに、大きな裁ち台がある。
その上に、型紙と、布と、裁ちばさみが置いてある。
三十一年、ここで布を切ってきた。
注文は、いまも途切れない。
葬式の喪服、入学式のスーツ、結婚式の母親のドレス。
人の節目に着るものを、仕立てている。
客の寸法を測るとき、わたしは、まず黙って相手を見る。
肩の傾き、背中の丸み、立ち方の癖。
布は、その人の体に、静かに沿わなければならない。
そういう仕事が、わたしには、合っていた。
九月の、はじめの午後だった。
残暑が居座っていて、窓を開けても風は入らなかった。
海のほうから、船の汽笛が、一度だけ聞こえた。
わたしは、黒い布を裁ち台に広げていた。
喪服の生地だ。
厚みがあって、目が詰まっていて、手に冷たい。
その端を、両手でつかんだ。
長さを揃えるために、一度だけ、まっすぐ引いて裂く。
びり、と音がした。
布が裂ける、乾いた音だった。
その音を聞いたとき、腹の底が、ぐっと熱くなった。
第二章 音より先に
それは、まぎれもなく、いかりだった。
立っていられなくなった。
わたしは裁ち台に手をついて、息を整えた。
相手はいない。
誰かに腹を立てたわけではない。
布にも、注文にも、その日の暑さにも、いかりの向かう先がない。
向かう先のないものが、腹の底にだけ、はっきりとある。
三分ほどで、それは引いていった。
引いたあとには、ひどく静かな時間が残った。
窓の外で、干してある布巾が、風もないのに、少し揺れた。
引いたあとには、手の震えだけが残った。
それが来たのは、この日が初めてではない。
子どものころから、布を裂く音を聞くと、いつも来た。
小学校の家庭科の時間に、先生が見本の布を裂いた。
そのとき、わたしは椅子から立ち上がっていた。
先生に、どうしたのと聞かれた。
答えられなかった。
布が好きで、裁縫が好きで、それなのに、あの音だけが駄目だった。
大人になって、仕立て屋になって、毎日、布に触れている。
布を裂くのは、仕事の一部だ。
裂かずに済ませる方法も、覚えた。
はさみで切れば、音は小さい。
それでも、ときどき、裂かなければならない日がある。
頭は、ずっと冷静だ。
これが、布の音にすぎないことは、わかっている。
それなのに、体のほうが、先に動く。
この体の中に、わたしの知らない記憶が入っている。
そう思うことがある。
けれど、それが何の記憶なのかは、わからない。
第三章 妹が数えるもの
妹の千鶴は、店の帳簿を見ている。
わたしより五つ下で、隣の市に嫁いでいる。
月に一度、帳簿を持って、店に来る。
千鶴は、仕立ての数を数えている。
今月は何着、先月は何着。
去年より、増えたか、減ったか。
悪気はない。
店を心配して、そうしているのだ。
あんまり無理せんでええんよ、と千鶴は言う。
わたしは、いかりが来た日の数を数えている。
数えているというより、覚えている。
あの日が来た日は、忘れられない。
三十年ぶんが、頭のどこかに積んである。
何の役にも立たない在庫だ。
同じ家に生まれた姉妹が、まったく別のものを数えていた。
千鶴の数字は、帳簿に残る。
わたしの数えているものは、どこにも書けない。
一度だけ、千鶴に話したことがある。
布を裂くと、変な感じになるんよ、と。
千鶴は、疲れとるんやないの、と言った。
それで終わった。
説明のつかないものを人に話すと、必ず、いちばん近い説明が返ってくる。
疲れ、年のせい、気の持ちよう。
どれも間違いではない。
ただ、どれも当たっていない。
返された説明を家に持ち帰って、何度も自分に当てはめてみた。
当てはめているあいだは、少し落ち着く。
剥がれると、元に戻る。
それを繰り返すうちに、人に話すのをやめた。
諦めたからではない。
話すたびに、自分の中の本当のかたちが、少しずつ削られていく気がしたからだった。
第四章 誰も知らなかった
原因は、探した。
まず、母に聞いた。
小さいころ、布にまつわる怖いことはなかったか、と。
母は、ないよ、と言った。
首をかしげて、それから少し心配そうな顔をした。
叔母にも聞いた。
叔母は、母の姉で、昔、機織りの工場で働いていた。
その叔母も、知らなかった。
うちの家に、そんな話はひとつもない、と言われた。
戦争の話も、空襲の話も、布を裂いたという話も、この家には何も伝わっていなかった。
祖母のことも、母に聞いた。
祖母は、浜の網元の家で、縫い物をして暮らした人だという。
けれど、それも、何かにつながる話ではなかった。
近所にも、なかった。
わたし自身、布のことで怪我をしたことすらない。
四十のとき、病院にも行った。
内科では、何も出なかった。
紹介された心療内科で、不安の強い体質かもしれないと言われた。
薬を出された。
半年、飲んだ。
飲んでいるあいだも、来る日は来た。
頻度も、強さも、変わらなかった。
医者は最後に、こう言った。
原因が特定できないものも、あります。
あの言葉を、わたしはいまでも、ときどき思い出す。
匙を投げた言葉ではなかったと思う。
わからないことを、わからないと言える医者に、そのとき初めて会った。
それでも、帰り道は重かった。
原因がわかれば、対処ができる。
対処ができなくても、名前がつけば、それを持って生きていける。
名前のないものを三十年抱えるというのは、そのどちらでもない場所に、居続けることだった。
今世には、何もない。
生まれてから五十三年のどこにも、あの音に対応する出来事はない。
探し方が足りないのではない。
単に、ない。
誰も、証言できない。
第五章 連れて歩く
五十を過ぎて、わたしは探すのをやめた。
やめると決めたわけではない。
ある日の夕方、裁ち台の前で、ふと思ったのだ。
三十年探して見つからないものは、もう、探すものではないのかもしれない。
それは、探して見つけるものではなく、持って歩くものなのだと。
来なくなったわけではない。
いまも、同じように来る。
強さも、変わらない。
変わったのは、来ているあいだに「なぜ」と考えなくなったことだけだ。
なぜを外すと、あとには、ただ過ぎるのを待つ時間が残る。
それは苦しい。
けれど、意味を探す苦しさではない。
そのぶんだけ、軽い。
戸惑いは、減らない。
来るたびに、わたしは戸惑う。
どうして、と思う。
けれど、戸惑うことも含めて、これがわたしだと、少しだけ思えるようになった。
わからないまま、戸惑いながら、連れて歩く。
それが、五十三年の暮らしのなかで、わたしにできるようになったことだった。
外の夕焼けは、まだ、はっきりと赤くならなかった。
海の色が、鈍い灰色のまま、暮れていった。
エピローグ
翌朝、わたしは、また裁ち台の前に立った。
黒い布が、まだ広げたままになっている。
長さを揃える日だった。
わたしは、布の端を、両手でつかんだ。
裂かずに、はさみを取ることもできた。
けれど、その日は、そうしなかった。
引いた。
びり、と音がした。
腹の底が、ぐっと熱くなった。
相手はいない。
理由もない。
わたしは、裁ち台に両手をついて、そのまま立っていた。
三分ほどで、引いていった。
何も解決していない。
来月も、来年も、また来る。
店の戸が開いて、千鶴が帳簿を持って入ってきた。
わたしは、手を拭いて、そちらへ向かった。
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