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8_星の話の声

星の話をするときの声の震えを下手さと恥じてきた解説員に、目の見えない老人が、あなたの声が震えるとき星が見えると差し出す。声の震えは星への畏れだった。

8_星の話の声

朗読で聴く

第一章 夜の天井

兵庫の小さな町の、プラネタリウムで働いている。

わたしは五十になる。

解説員になって、二十三年がたった。

館は、市の文化会館の三階にある。

エレベーターは、ときどき、止まる。

階段で上がると、踊り場の窓から、町の屋根が、見えた。

丸い天井の、小さな投影室だ。

座席は、八十ほど。

冬は、毛布を貸し出す。

暗闇で、眠ってしまう人も、いる。

それも、星のうちだと、思う。

木の長椅子が、円を描いて、並んでいる。

背もたれを倒すと、そのまま天井を見上げられる。

古い椅子で、座面が、少し、へこんでいる。

毎日、誰かの背中を、受け止めてきた椅子だ。

わたしは、毎日、午後と夕方の二回、星の話をする。

月の満ち欠け。星座の物語。流れ星の見つけ方。

子ども向けの日も、あれば、大人だけの夜もある。

十一月の夕方、館には、客が六人しか、いなかった。

平日で、雨が降っていた。

傘の水が、床に、小さな川を、作っていた。

その中に、一人の老人が、いつも座る席に、座っていた。

八十を過ぎた男の人で、毎月、第一週の水曜日に、来る。

目が、見えない。

白い杖を、長椅子の脇に、立てかけている。

わたしは、投影室の隅の、解説の席に、座った。

マイクを、手に取った。

手が、わずかに、震えていた。

照明が、落ちていった。

人工の夕焼けが、天井のふちに、淡く、残った。

やがて、それも、消えた。

完全な暗闇が、八十の席を、ふわりと、包んだ。

天井に、星が、現れた。

第二章 震える声

星の話をするとき、わたしの声は、震える。

二十三年、変わらない。

新人のころ、先輩に、声が、小さいと、叱られたこともある。

大きくしたら、今度は、震えが、大きくなった。

最初は、緊張のせいだと思った。

慣れれば、止まると、思っていた。

でも、慣れても、止まらなかった。

天井に、星が広がる瞬間、喉の奥が、きゅっと締まる。

声が、細く、揺れる。

解説員は、落ち着いた声で、星を語るものだ。

静かで、深い声。

講習会で、そう習った。

先輩の解説員の声は、いつも、低く、なめらかだった。

夜の海のような声だった。

わたしの声は、違う。

星の名前を、言うたびに、少し震える。

アンドロメダ。ペルセウス。カシオペヤ。

その震えを、わたしは、ずっと、恥じていた。

下手だからだと、思っていた。

録音を聞くと、自分の声の、揺れが、耳につく。

何度も、練習した。

腹から声を出す練習も、した。

でも、星の前では、どうしても、揺れる。

向いていないと、思っていた。

辞められなかったのは、天井の星が、好きすぎたからだ。

第三章 やめる話

その秋、市から、館の運営を見直す、という話があった。

来年度から、解説を、録音に切り替える案が、出ていた。

上手な人の、なめらかな声を、あらかじめ録音して、流す。

解説員は、いらなくなるかもしれない。

わたしは、納得した。

録音のほうが、いいと思った。

わたしの声は、星の話に、ふさわしくない。

あのなめらかな声のほうが、お客様も、気持ちよく、聞けるだろう。

その日の夕方、わたしは、いつもより、ゆっくり、解説をした。

最後の日のつもりで。

星の名前を、一つずつ、舌の上で、確かめるように、読んだ。

十一月の空は、秋の星座から、冬の星座へ、移っていく季節だった。

天井に、オリオン座が、昇ってきた。

わたしは、その星々の名前を、一つずつ、言った。

声が、揺れた。

もう、隠さなかった。

声の揺れを、そのまま、闇の中に、放した。

最後なのだから、と思った。

解説が終わって、照明がついた。

お客様たちが、静かに、席を立った。

老人は、座ったまま、動かなかった。

他のお客様の足音が、遠ざかっていった。

扉が、重く、閉まった。

わたしは、投影室の隅で、片づけをしていた。

老人が、白い杖を、手に取って、わたしのほうへ、ゆっくり、歩いてきた。

第四章 老人の話

あの、と老人は言った。

わたしは、手を止めた。

老人は、わたしのほうへ、顔を向けた。

見えない目が、わたしを、まっすぐに見ていた。

今日の話は、いつもより、よかった、と言った。

わたしは、何と答えていいか、分からなかった。

老人は、続けた。

わたしはね、目が見えなくなって、十五年になります。

それまでは、星を、よく見ていた。

目が見えなくなってから、一度、星は、もう見えないんだなと、思いました。

でも、ここに来て、あなたの声を聞いて、考えが、変わりました。

わたしは、息を止めて、聞いていた。

老人は、静かに、言った。

あなたの声が、震えるとき、わたしには、星が見えるんです。

わたしは、驚いた。

老人は、続けた。

あなたが、アンドロメダ、と言う。

その声が、少し、揺れる。

その揺れの中に、遠い、光が、見えるんです。

なめらかな声では、見えない。

あなたは、星を、本当に畏れている。

その震えが、天井まで、届くんです。

わたしは、毎月、それを聞きに、ここへ来ています。

わたしは、マイクを、持ったまま、立っていた。

手の中のマイクが、汗で、すべりそうだった。

老人は、小さく、頭を下げた。

もし、あの声が、録音になるのなら、わたしは、もう来ません、と言った。

第五章 星の揺れ

老人が帰ったあと、わたしは、一人で、投影室に残っていた。

出口のあかりだけが、床に、細く、伸びていた。

天井は、もう、ただの、白い丸屋根に戻っていた。

二十三年、わたしは、自分の声の震えを、恥じてきた。

下手な証拠だと、思ってきた。

でも、そうではなかった。

それは弱さではなかった。

星という、自分よりはるかに大きく、はるかに遠いものを前にして、ちゃんと畏れている声だった。

その畏れが、見えない人の目に、星を映していた。

先輩の、なめらかな声は、先輩の星だった。

わたしの揺れる声は、わたしの星だった。

恥じていたものが、あの老人にとって、いちばん大切な、光だった。

わたしは、長椅子の一つに、腰を下ろして、背もたれを倒した。

暗い天井を、見上げた。

何も、映っていなかった。

それでも、星が、そこに、あるような気がした。

帰りの電車で、窓に映る、自分の顔を、見た。

目の下に、疲れが、薄く、のっていた。

それでも、悪い顔ではなかった。

エピローグ

翌月の、第一水曜日。

老人は、いつもの席に、座っていた。

わたしは、解説の席に、座った。

マイクを、握った。

市の会議では、録音への切り替えが、見送りになったと、聞いた。

理由は、わたしには、わからなかった。

老人が、館長に、手紙を書いたのかもしれない。

わたしは、それを、確かめなかった。

確かめないほうが、いい気がした。

星は、誰が見ても、星だ。

それで、よかった。

照明が、落ちた。

天井に、星が、現れた。

わたしの喉が、きゅっと締まった。

わたしは、声を、出した。

オリオン座です。

三つ並んだ星が、暗闇の天井に、静かに、昇ってきた。

声は、揺れていた。

隠さなかった。

暗闇の中で、老人の座る長椅子が、小さく、きしむ音を立てた。

老人が、背もたれを倒して、天井を、見上げたのだと思った。

ソウルミッション358

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