あなたの魂のテーマを探す に戻る

返事が、先に出る

名前を呼ばれないこと

返事が、先に出る

朗読で聴く

第一章 二十六年

大森は五十二になった。

子どもは二人いる。上が二十六、下が二十三。

二人とも家を出ている。

上は結婚して隣の市にいる。下は就職して東京にいる。

どちらも月に一度は電話をかけてくる。

電話の第一声も、お母さん、だ。

元気にしてる、お母さん。

うん、と答える。

上の子が生まれた日から、大森はお母さんになった。

病院で助産師にそう呼ばれたのが最初だった。

お母さん、力を抜いて。

自分のことだと分かるまで、一拍かかった。

その一拍は、その日だけだった。

一拍あったことを覚えているのは、そのあと一度も無かったからだ。

最初の一回だけが、まだ自分の名前で立っていた。

次の日にはもう、お母さん、で体が動くようになっていた。

二十六年たつ。

家の中では、夫も子どもたちもそう呼ぶ。

外でも、たいていそうだ。

近所では、上の子の名前をつけて呼ばれる。

二十六年たっても、まだそう呼ぶ人がいる。

その子はもう二十六で、この町にいない。

いない子の名前で、いまも呼ばれている。

病院の受付でも、順番が来るとお母さんと言われることがある。

銀行と役所だけは、フルネームで呼ばれる。

それは呼ばれているというより、番号の代わりだと思う。

子どもが小さいころは、それでよかった。

お母さん、と呼ばれるのは、必要とされているということだった。

二人とも家を出たいまも、呼び方だけが残っている。

残っているものを、いやだと思っているわけではない。

いやなら直せる。直したいのかどうかが、自分でも分からない。

第二章 返事

呼ばれると、返事のほうが先に出る。

はい、が出てから、誰が何の用かを考える。

考える前に体が向いている。

一日に何十回そうしているのかを、一度だけ数えたことがある。

三年前の日曜だった。

朝から数えて、昼を過ぎて四十を越えたところで、数えるのをやめた。

やめた理由は、数えていると返事が半拍遅れるからだった。

半拍遅れると、相手がもう一度呼ぶ。

もう一度呼ばせるほうが、数えるより気になった。

気になるのは、呼ばせたことに対してではない。

二度呼ばれると、一度目が無かったことになるからだ。

だから数えるのをやめて、また速く返すようになった。

速く返すのは、親切だからではない。

速く返したほうが、こちらが楽だからだ。

返事をしたあとで、たいてい用は小さい。

醤油はどこか。爪切りはどこか。あの書類はどこにやったか。

どれも、こちらが知っていると決まっている。

知っていると決まっている人のことを、名前で呼ぶ必要は無い。

名前は、その人を他の人と分けるためのものだ。

家の中に、分ける必要のある人は一人しかいない。

第三章 いつから

夫がいつから、お母さん、と呼ぶようになったのかを思い出せない。

結婚したころは名前で呼んでいた。

それははっきり覚えている。

どこかで変わったはずなのに、変わった日が無い。

上の子が生まれた年だろうかと考えたが、その年の記憶には夫の声が入っていない。

子どもが言葉を覚えたころ、家じゅうがそう呼ぶようになって、夫も混ざったのだと思う。

思うだけで、確かめようがない。

夫に聞いたことは無い。

聞けば、たぶん夫も覚えていない。

覚えていないと言われるのが分かっているので、聞かない。

夫は悪い人ではない。

名前で呼ばないことを、責めるつもりも無い。

責める筋合いが無いのは、こちらも夫を名前で呼んでいないからだ。

お父さん、と呼んでいる。

二人で同じことをしてきた。

いつからそうなったのかは、夫のほうも思い出せないだろう。

名前で呼ばれなくなったのは、いやなことがあったからではない。

いやなことがあったのなら、日付がある。

日付が無いということは、誰も何もしなかったということだ。

誰も何もしないうちに変わったことは、誰にも直せない。

直すには、誰かが何かをしなければならない。

その誰かは、たぶんこちらだ。

第四章 窓口

名前で呼ばれるのは、年に何度かある。

銀行と、役所と、健康診断のとき。

フルネームで、少し大きな声で呼ばれる。

呼ばれると立ち上がる。

立ち上がるとき、家で呼ばれたときのような速さは出ない。

自分の名前だと分かるのに、わずかに時間がかかる。

病院の待合で、隣に座っていた人が同じ名字だったことがある。

呼ばれて、二人とも顔を上げた。

向こうが立って、こちらは座り直した。

そのとき思った。

あれは、こちらの名前を呼んだのではなく、そこにいる誰かを呼んだのだ。

窓口は、名前で呼んでいるようで、番号で呼んでいる。

それでも、窓口の声は嫌いではない。

年に何度か、自分の名字を外で聞く機会が、そこにしか無い。

第五章 病室

去年の秋に、実の母が入院した。

八十四で、足を折った。

大森は週に二度、病室に通った。

付き添い用の折り畳み椅子を開いて、ベッドの横に座る。

三度目に行った日だった。

母が目を開けて、大森の名前を呼んだ。

久子、と言った。

返事が、半拍遅れた。

聞こえなかったのではない。

自分のことだと分かるのに、わずかに時間がかかった。

母は、聞こえた、と言った。

聞こえてる、と大森は答えた。

母はそれ以上何も言わずに、また目を閉じた。

母の声は小さかった。

小さいのに、名前のところだけがはっきり聞こえた。

久子という音を、久しぶりに外から受け取った。

外から来る自分の名前は、思っていたより短かった。

二文字だった。

二文字なら、誰でも一秒で呼べる。

一秒で呼べるものを、二十六年、誰も呼ばなかった。

帰りの電車で、そのことを考えていた。

二十六年、名前で呼ばれ慣れていない。

いま名前で呼ぶ人は、母しかいない。

母は八十四だ。

母が死んだら、名前で呼ぶ人はいなくなる。

夫はもう呼ばない。子どもたちは最初から呼んでいない。

いなくなってから気づくことを、先に気づいてしまった。

先に気づいても、できることが特に無い。

エピローグ

その晩、家に帰った。

夫はまだ帰っていなかった。

台所の電気をつけて、しばらく立っていた。

自分の名前を、声に出して言ってみた。

久子、と言った。

小さい声だった。

二度言った。

他人の名前みたいだった。

自分の口から出た自分の名前が、いちばん遠かった。

三度目は言わなかった。

言えば、返事をしなければならない気がした。

誰も呼んでいないのに、返事だけが用意されている。

それが二十六年ぶんの、こちらの体だった。

湯を沸かして、茶を淹れた。

湯呑みを一つだけ出した。

夫の分は、帰ってきてからでいい。

一つだけ置いてある湯呑みを、しばらく見ていた。

これは、誰のものでもある湯呑みではない。

こちらのものだ。

名前で呼ばれなくても、こちらのものであることは変わらない。

変わらないのに、呼ばれないと、少しずつ薄くなる。

薄くなったものを濃くする方法を、大森はまだ知らない。

知らないので、いまは湯呑みを一つ出すところまでにしてある。

一つ出すのは、二十六年で初めてだった。

ソウルミッション358

あなたの魂のテーマに気づく場所