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直さなかった

言い直すこと

直さなかった

朗読で聴く

第一章 四十一年

北原は六十三になった。

二十二でこの町に来た。それから四十一年、同じ町にいる。

生まれは西のほうで、電車を乗り継いで一日かかる。

訛りは直していない。

直そうと思ったことがない。

思わなかったのは、直せると知らなかったからだ。

直せるものだと知ったのは、ずっとあとになってからだった。

知ったときには、直す理由が無くなっていた。

最初の職場で、二度ほど聞き返された。

三度目からは聞き返されなくなった。

相手が慣れたのだと思う。こちらは何も変えていない。

仕事は建具屋だった。三十年勤めて、五十を過ぎてから小さい店を持った。

店では毎日、客と話す。

話せば、たいてい分かってもらえる。分かってもらえないのは、数字のときだ。

「七」と「一」が同じに聞こえるらしい。

それだけは、紙に書くようにしている。

書けば済む。書けば済むので、直さなくても困らなかった。

困らないものは、直らない。

困らなかったのは、運がよかったのだと思う。

仕事が手仕事だったからだ。

人前で話す仕事だったら、たぶん直していた。

直していたら、いまの自分ではない。

どちらがよかったかは、比べようがない。

第二章 どちらの生まれですか

四十一年たっても、初対面では聞かれる。

どちらの生まれですか、と聞かれる。

県名を答える。それで話が終わる人もいるし、そこから郷里の話になる人もいる。

どちらでもいい。

四十一年、同じ答えを言っている。

言い慣れた。言い慣れたので、もう何も感じない。

感じないというのは、慣れたということだ。慣れる前は、少し感じていた。

何を感じていたかは、思い出せない。

思い出せないくらいには、遠くなった。

妻はこの町の生まれだ。

結婚して四十年近いが、妻の言葉は移らなかったし、こちらの言葉も移らなかった。

家の中で、二つの言葉が並んでいる。

並んでいるだけで、混ざらない。

混ざらないことを、二人とも気にしていない。

気にしていないと言えるのは、四十年たったからだ。

最初の何年かは、少し気にしていた。

気にしていたころ、一度だけ、妻に聞いたことがある。

直したほうがいいか、と聞いた。

どちらでもいい、と言われた。

どちらでもいい、というのは、直さなくていいという意味だと受け取った。

受け取り方が正しかったかどうかは、聞いていない。

第三章 直す人

同じ町に、同じ郷里から来た人がいる。

五つ年下で、こちらより十年あとに来た。

その人は直した。

いまは町の言葉で話す。聞いても分からない。

二人で話すときも、その人は町の言葉のままだ。

こちらが郷里の言葉で話しても、返ってくるのは町の言葉だ。

最初のころは、少し寂しかった。

いまは何とも思わない。

その人には、その人の理由がある。聞いたことはない。

聞けば言うのだろうが、聞かない。

聞いたら、こちらの理由も言わなければいけなくなる。

こちらには理由が無い。無いということを、うまく言える気がしない。

理由が無いというのは、怠けたということかもしれない。

そう言われたら、そうかもしれない、と答えると思う。

否定する材料が無い。

直した人には材料がある。三年かけた、というようなものだ。

直さなかった側には、かけたものが無い。

無いので、話すことも無い。

話すことが無いというのは、楽なようで、そうでもない。

直した人には、直したという話がある。

こちらには、直さなかったという話しかない。

しかない話は、一度言えば終わる。

終わったあと、相手はたいてい別の話をする。

別の話になるのが、ちょうどいい。

こちらの話には、続きが無い。

第四章 娘

娘は三十五になった。

この町で生まれて、この町で十八まで育った。

いまは別の町にいる。

娘は、生まれた町の言葉で話す。

同じ家で十八年いたのに、こちらの言葉は移らなかった。

移らなかったことを、寂しいとは言わない。

言わないだけで、思っていないわけではない。

娘が小さいころ、一度だけ、こちらの言葉をまねたことがある。

三つか四つのころだ。おかしそうに笑って、まねた。

そのときに、直そうかと思った。

思っただけで、直さなかった。

いま思えば、あれが唯一、直す理由があった時期だった。

直していたら、娘に移ったかというと、それも分からない。

町の言葉のほうが、娘には自然だったはずだ。

どちらにしても移らなかったのかもしれない。

かもしれない、で済ませている。

済ませていることに、たまに気づく。

気づいても、そこから先へは行かない。

娘が去年、子どもを連れて帰ってきた。

孫は四つで、こちらの言うことを不思議そうに聞いていた。

分からないのではなく、耳慣れないという顔だった。

娘が横で、おじいちゃんはね、と言いかけて、やめた。

やめたのを見て、こちらも何も言わなかった。

言わなかったのは、言うことが無かったからだ。

孫にとっては、ただの聞き慣れない話し方でしかない。

それでいいと思っている。

第五章 一代

自分の言葉は、自分で終わる。

郷里に残っている同級生は、まだ何人かいる。

帰れば、その言葉で話す。話せる。

だが、帰るのは年に一度だ。

年に一度の一日で使う言葉を、日常の言葉とは呼べないと思う。

――使っているのは自分だけで、渡す先が無い。

渡す先が無いものを、四十一年持っている。

持っているというより、離れないだけだ。

離れないものを、大事にしているとは言えない。

大事にするというのは、手入れをすることだ。

手入れは何もしていない。

していないのに残っている。それだけのことだ。

郷里の同級生とは、年に一度、盆に会う。

会えば三時間ほど話す。

三時間、まったく詰まらずに話せる。

詰まらずに話せるのは、その三時間だけだ。

あとの三百六十四日は、少しずつ詰まっている。

詰まっていることに、こちらは慣れている。

慣れているので、詰まっていることを人には言わない。

言うと、直せばよかったのに、と言われる。

言われても困らないが、話が長くなる。

長くなるのが面倒なので、言わない。

面倒だというのも、たぶん本当ではない。

エピローグ

店の勘定台に立って、客と話す。

客はもう聞き返さない。

新しく越してきた人が、たまに聞き返す。

そのときだけ、四十一年前に戻る。

戻るというほどのことでもない。もう一度言えばいいだけだ。

もう一度言うと、たいてい通じる。

通じたあとで、その人は少し笑う。悪い笑い方ではない。

笑われることには慣れた。

慣れたが、慣れたということ自体は、二度と無くならない。

無くならないものが、体の中に一つある。

それが何なのかは、四十一年考えていない。

考えなくても、毎日は回る。

店を開けて、客と話して、閉める。

閉めてから、勘定を合わせる。

合えば、その日は終わりだ。

合わない日もある。

合わない日は、もう一度数える。

数え直せば、たいてい合う。

合わないままにしたことは、一度も無い。

あなたにも、直さなかったものがありますか。

ソウルミッション358

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