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電話が鳴れば出る

間に合わなかったこと

電話が鳴れば出る

朗読で聴く

第一章 夜の電話

ドン・ベイリーは七十になった。

この町で生まれて、この町で働いて、この町で年を取った。

夜、電話が鳴れば出る。

病院へ行かなければならない人がいれば、車を出す。

四十年やっている。

電話は、そう頻繁には来ない。年に十回も来ない。一度も来ない年もある。

それでも、夜は電話のそばで寝る。

寝室に置いてある。妻は最初のころ、うるさいから居間に置けと言った。

いまは何も言わない。

鳴らない夜のほうが、ずっと多い。

多いが、鳴る夜がある。

鳴ると、体のほうが先に起きる。

目が覚める前に、もう座っている。

四十年やっていると、そうなる。

服はいつも同じものを椅子に掛けてある。上着とズボン。靴は玄関に出してある。

支度に一分もかからない。

一分でも短いほうがいい、と思っている。

一分でどうにかなるとは思っていない。思っていないが、短くしている。

行き先は毎回違う。町は小さいので、道はどこも知っている。

知っているので、考えずに走れる。

考えずに走っているあいだ、フランクのことは思い出さない。

思い出すのは、帰ってきてからだ。

帰って、車を停めて、しばらく座っている。

降りるまでに何分かかかる。

妻はそれも知っている。何も言わない。

言われないほうが、こちらも助かる。

助かる、という言い方が正しいのかは分からない。

第二章 四十年前

三十のときだった。夏の終わりだ。

フランクという友人がいた。同い年で、同じ工場で働いていた。

夜の十時ごろ、フランクの妻から電話が来た。

倒れた、と言った。声が普通ではなかった。

救急車は隣の町から来る。三十分はかかる。

病院までは車で二十分だ。誰かが運んだほうが早い。

ベイリーは行かなかった。

夕飯のあとに飲んでいた。二杯か三杯。

運転できないほどではなかったかもしれない。

いまでも分からない。分からなかったので、行けないと言った。

別の男が車を出した。呼びに行って、支度をして、出るまでに三十分ほどかかった。

フランクは翌朝に死んだ。

電話を切ったあと、しばらく台所に立っていた。

グラスがそのまま置いてあった。

中身は残っていた。流しに捨てた。

捨てても、飲んだことは変わらない。

変わらないと分かっていて、捨てた。

あれが最初だったのだと思う。役に立たないことをして、気を済ませようとしたのは。

フランクの妻とは、そのあとも町で顔を合わせた。

こちらから話しかけたことはない。

向こうは普通に挨拶をした。

普通にされるのが、いちばんこたえた。

こたえたことも、誰にも言っていない。

あの人は、こちらが行かなかったことを知っていたはずだ。

誰かが言うだろうから。

知っていて、普通に挨拶をした。

それがどういう意味だったのかは、いまも分からない。

第三章 遅れたせいか

遅れたせいかどうかは、誰にも分からない。

医者は何も言わなかった。こちらが聞かなかったからだ。

聞けばよかったのかもしれない。

聞いて、関係ありませんよ、と言われたら、楽になっただろう。

楽になりたくなかったのだと思う。

四十年、聞いていない。

いまも、聞こうと思えば聞ける。当時の医者はもういないが、記録はあるはずだ。

調べようと思ったことはある。調べていない。

調べて、遅れは関係なかったと分かったとする。

そうしたら、四十年やってきたことの理由が無くなる。

理由が無くなっても、たぶんやめない。

やめないなら、調べる意味も無い。

そういう理屈をつけて、調べていない。

理屈だということも、分かっている。

分かっていて、そのままにしている。

四十年のあいだに、そういうものが何個かできた。

どれも、放っておけば形になる。

形になったものは、あとから動かしにくい。

第四章 やっていること

一週間後から、酒をやめた。

やめると決めたわけではない。飲む気がしなくなっただけだ。

半年ほどして、隣の家の子どもが夜に熱を出した。

電話が来た。行った。

そのときは、たまたまだった。

二度目からは、たまたまではなくなった。

そのうち、町の人が、夜は自分に電話すればいいと言うようになった。

断ったことは一度もない。

四十年で何回行ったかは、数えていない。

数える気にならない。数えたら、何かの数字になってしまう。

行った先で、何をするわけでもない。

運んで、待合室に座って、家族が来たら帰る。

中には入らない。医者と話したこともない。

自分がやっているのは、運転だけだ。

運転だけなのに、四十年やめられない。

やめられないものを、人は親切と呼ぶらしい。

去年、若い夫婦が越してきた。

町の誰かが、夜に何かあったらベイリーさんに電話しろ、と教えたらしい。

挨拶に来て、その話をされた。

よろしくお願いします、と言われた。

ええ、と答えた。

答えてから、自分がもう七十だということを思った。

いつまでできるのかは、考えていない。

夜中に運転するのは、目にこたえるようになった。

対向車の光が滲む。

医者に行けば、眼鏡を作れと言われるだろう。行っていない。

行けば、夜の運転は控えなさいと言われるかもしれない。

言われたら、困る。

第五章 親切

町の人は、あの人は親切だ、と言う。

言われるたびに、違う、と思う。

違うが、説明したことはない。

説明すれば、あの夜のことを話すことになる。

話せば、フランクの家族の耳にも入る。

四十年前のことを、いまさら知らせる必要はない。

知らせないほうがいい、というのは、こちらの都合でもある。

都合であることは、分かっている。

分かっていて、親切だ、と言われるままにしている。

フランクの妻は、十年前に亡くなった。

葬式には行った。

息子が挨拶に立って、母は最後まで町の人に感謝していた、と言った。

その中に自分が入っているのかどうかは、分からない。

入っていないほうがいい、と思った。

思ってから、そう思う自分のことを少し考えた。

考えて、何も出てこなかった。

出てこないまま、葬式から帰った。

帰りの車で、いつもの道を通った。

病院の前を通る道だ。

通らずに帰る道もあるのに、その道を選んだ。

選んだことに、途中で気づいた。

エピローグ

妻には話した。結婚してすぐのころだ。

あなたのせいじゃない、と言われた。一度だけ。

それきり言わない。言っても変わらないと分かったのだと思う。

今夜も電話のそばで寝る。

鳴らなければ、ただ寝ているだけだ。

――間に合わなかったぶんを、他人が間に合うように使っている。

そう言葉にしたことは、一度もない。

言葉にしたら、たぶんやめられなくなる。

いまは、まだやめられる。

やめないだけだ。

そういうことにしてある。

妻は、いつまで続けるのかとは聞かない。

聞かれたら、答えられない。

答えられないことを、妻は分かっている。

分かっているから聞かない。

四十年、そうやって二人でいる。

今夜も電話のそばに置いて寝る。

鳴らないと思う。

思っていても、置いて寝る。

あなたにも、間に合わなかったものがありますか。

ソウルミッション358

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