来ない人のために
継ぐこと

朗読で聴く
第一章 四十本
杉本は七十四になった。
畑を四十年やっている。もとは夫の家の畑で、嫁に来てから覚えた。
夫は八年前に死んだ。それからは一人でやっている。
畑のわきに小屋がある。農具と、肥料と、棚がある。
棚には缶が四十本並んでいる。
一年に一本ずつ増えてきた。
中身は種だ。その年に畑で採った種が入っている。
缶の横に年を書いてある。書いてあるだけで、他には何も書いていない。
いちばん古いのは、嫁に来て二年目のものだ。字が薄くなって、もう読みにくい。
読みにくくても分かる。並んでいる順で分かる。
四十本を、古い順に左から並べてある。
缶は、もとは油の缶だった。
夫が生きていたころに、近所の店から同じ形のものをまとめてもらってきた。
同じ形が四十本あるのは、そのときにまとめてもらったからで、種のために買ったわけではない。
途中で足りなくなっていたら、別の缶が混じっていたと思う。
足りたので、四十本とも同じ形をしている。
並べたときに揃って見えるのは、たまたまだ。
たまたま揃ったものを、四十年かけて増やした。
増やしたというより、増えた。
第二章 いちばん良いもの
毎年、いちばん良いものを残して種にする。
良いものというのは、大きいものではない。
形が揃っていて、皮が薄くて、割れていないもの。畑に出て見れば分かる。
いちばん良いものは、売ればいちばん高い。
それを毎年、売らずに種にしている。
四十回そうしてきた。
四十回続けると、種のほうが変わる。
この畑の土と、この土地の雨に合うほうへ、少しずつ寄っていく。
いまでは、よその畑に持っていっても同じようには育たない。
種屋で買う種のほうが、よそではよく育つ。
この種は、この畑でしか意味がない。
意味がない、というのは言いすぎかもしれない。だが、そういうことだと思っている。
夫は、種を採ることに何も言わなかった。
嫁に来た年に、義母がやっているのを横で見た。
義母は、これはこうするものだ、としか言わなかった。
理由は聞かなかった。聞くようなことだと思わなかった。
聞かなかったので、いまも理由は知らない。
知らないまま四十年やって、いまは自分が聞かれる側になった。
聞く人がいないので、答えたことはない。
第三章 渡す相手
渡す相手はいない。
子はいない。夫と二人で決めたことではなく、そうならなかっただけだ。
夫の弟の子が東京にいる。年賀状は来る。畑のことは何も知らない。
近所に若い人はいない。畑をやっている人でいちばん若いのが、六十を過ぎている。
その人も、種は買っている。買ったほうが早いし、揃う。
農協の人は年に何度か来る。あの人たちは種を採らない。採る話にもならない。
五年前に一度、市の人が来たことがある。
在来種の記録を集めています、と言っていた。
写真を撮って、名前を聞いて、帳面に書いて、帰っていった。
種は要りますか、と聞いた。
いまはまだ、と言われた。
いまはまだ、というのは、要らないということだ。
そのくらいは分かる。分かったので、それきり聞いていない。
市の人が悪いのではない。
記録が要るのであって、種が要るわけではない。
写真と名前があれば、記録は残る。
残るのは記録で、種ではない。
そこが違う、ということを、あのとき言えばよかったのかもしれない。
言わなかった。言っても、たぶん同じだった。
あのあと、市からは何も来ていない。
第四章 それでも採る
それでも、毎年採る。
採らない年があってもいい。誰も困らない。
一度、採らないでみようと思った年がある。三年前だ。
夏の終わりに、畑に出た。
いちばん良いものが、いつもの場所にできていた。
採らないと決めていたのに、手が動いた。
採って、洗って、干して、缶に入れて、年を書いた。
書きながら、これは誰のためかと思った。
自分のためではない。
自分のためなら、来年の分だけあればいい。四十本も要らない。
誰のためでもない。
誰のためでもないことを、四十年している。
四十年していると、それが理由になる。四十年やってきたから、やる。
理由としては弱い。弱いが、他に無い。
三年前に手が動いたときのことは、よく覚えている。
考えて採ったのではない。畑に出て、見て、手が伸びた。
四十年ぶんの手が、頭より先に動いた。
あのとき、やめられないのだと分かった。
やめられないものを、続けていると言っていいのかどうかは分からない。
続けている、というのは、やめられる人が言う言葉だと思う。
やめられない人がしているのは、たぶん別のことだ。
別のことに名前がついているのかどうかは、知らない。
第五章 並べてある
缶は、棚に古い順に並べてある。
並べる必要はない。箱に入れて隅に置いておいても、種は減らない。
並べてあるのは、誰かが来たときに、すぐ見せられるようにするためだ。
棚の前に立って、これが古いほうで、これが今年のです、と言えるようにしてある。
どれでも持っていってください、と言えるようにしてある。
来ないと分かっている。
分かっていて、並べてある。
埃も払う。月に一度、缶を一本ずつ手に取って拭く。四十本あるので、半日かかる。
拭きながら、来ない人のことを考えているわけでもない。
ただ、拭いてある状態にしておきたい。
――渡す相手がいなくても、渡せるようにはしておける。
しておけるので、している。
そう言うと、立派なことのように聞こえる。立派ではない。
しないと落ち着かないだけだ。
落ち着かない、という言い方も少し違う。
拭かない月があっても、困りはしない。
困りはしないが、拭いていない缶が棚にあると、そのことが頭のどこかに残る。
残るので、拭く。
四十年やってきたことは、だいたいこの形をしている。
棚は夫が作った。
厚い板を三段、壁に打ちつけただけのものだ。
水平は出ていない。少し右が下がっている。
缶が転がったことはない。転がらない程度には出ている。
直そうと思ったことはない。
エピローグ
今年も種を採った。四十一本目になる。
棚の下の段は、まだ空いている。あと二十年ぶんは置ける。
二十年は生きない。
生きないと分かっていても、空けてある。
自分が死んだあと、この缶がどうなるかは、考えたことがある。
たぶん捨てられる。中身が種だと分からない人が見れば、ただの古い缶だ。
捨てられるまでのあいだ、並んでいる。
それでいい、と思っているわけでもない。
いいとも悪いとも思わないまま、明日も畑に出る。
畑は少しずつ狭くしている。
八年前までは全部やっていたが、いまは三分の一だけだ。
狭くしたぶん、種を採る場所は変えていない。
いちばん良いものができる場所は、四十年変わっていない。
その場所に、名前はつけていない。
つけていないが、どこかは分かっている。
誰かが来たら、まずそこへ連れていくと思う。
夏の終わりには、またいちばん良いものを採る。
あなたにも、渡す相手のいないものがありますか。
あなたの魂のテーマに気づく場所