元気なんでしょう
信じること

朗読で聴く
第一章 十分
ヘレン・バークは七十四歳になった。
月に一度、日曜の夜に息子から電話が来る。
だいたい七時から八時のあいだだ。時刻は決まっていない。
話は十分ほどで終わる。長いときで十五分、短いときで六分。
どうしてる、と息子が言う。ヘレンは、変わりないよ、と言う。
そっちはどう、と聞く。息子は、元気にやってる、と言う。
それから天気の話をして、切る。
天気の話は長い。そっちは雪が降ったか、こっちは今年は暖かい、というような話を三分か四分する。
天気の話をしているあいだが、いちばん普通に話せる。
普通に話せるのは、天気には確かめることが何も無いからだと思う。降ったか降らないかは、どちらでもいい。
息子は四十六になる。名前はダニエルで、ヘレンは電話ではダニーと呼ぶ。
八年会っていない。
最後に会ったのは、夫の葬式のときだ。三日いて、帰った。
三日のあいだ、息子はよく動いた。人と話すのも、片づけも、こちらより先にやった。
帰る朝に、玄関で、また来るから、と言った。
また来るから、というのは、そのときは本当だったのだと思う。本当だったものが、そのまま八年になった。
そのあと、来ていない。来ないことを、ヘレンは責めたことがない。
電話をかけたことは、こちらからは無い。番号は登録してある。かけようと思えばかけられる。
かけないのは、月に一度来るからだ。来ているものに、こちらから足す必要が無い。
必要が無いというより、足すと形が変わる。変わると、いまの形が何だったのかが分からなくなる。
第二章 元気にやってる
元気にやってる、というのは、いつも同じ言い方だ。
八年、同じ言葉で答えている。
仕事のことは言わない。どこに住んでいるかも、細かくは言わない。州は知っている。町の名前も一度聞いた。
聞けば、もっと言うのかもしれない。
ヘレンは聞かない。
どうして聞かないのかを、自分で説明できる。
説明できるというのが、少し困る。説明できるなら、聞かない理由が本当にあることになるからだ。
理由はこうだ。
もし、元気ではないと分かったとする。
分かった次の月から、電話は同じにならない。
どうしてる、と聞いて、元気にやってる、と返ってきたときに、ヘレンはそれを聞き流せなくなる。
聞き流せなくなったら、その十分は別のものになる。
――確かめて無くなるのは、事実のほうではない。
いまの形のほうだ。
この考え方が正しいとは思っていない。
母親として正しくないだろうとも思う。マーサに言えば、そんなのおかしい、と言われる。
言われても、たぶん変えない。変えられるものなら、八年のあいだに変わっていた。
変わらなかったので、これはもう性質のようなものだと思っている。
夫が生きていたら、たぶん違った。夫は聞く人だった。
どうしてるんだ、と直接聞いて、答えが曖昧なら、もう一度聞いた。
その聞き方で、うまくいったことも、いかなかったこともある。
いまは聞く人がいないので、聞かれないまま八年が過ぎた。
第三章 娘
娘のマーサは同じ町にいる。車で十五分だ。
週に二度は顔を出す。買い物にも連れていってくれる。
マーサは、兄と連絡を取っている。それはヘレンも知っている。
だから、聞けば分かる。
その気になれば、今日にでも分かる。マーサは隠す人ではない。
去年の夏に、一度だけ、マーサが言いかけた。
台所で、皿を拭きながら、お母さん、兄さんのことなんだけど、と言った。
ヘレンは、元気なんでしょう、と言った。
そう言って、次の話をした。庭の水やりの話だったと思う。
マーサは、うん、と言って、皿を拭き終わった。
それきり、その話は出ていない。
止めたのはこちらだ。
マーサも、止められたことは分かっている。分かっていて、もう言わない。
あの日、マーサが言いかけたのは、悪い知らせだったのかもしれない。
あるいは、たいしたことではなかったのかもしれない。仕事が変わったとか、そういう話だったのかもしれない。
どちらだったのかも、聞いていない。
聞けば分かる。台所に立っているマーサに、去年の夏のあれ何だったの、と聞けばいい。
一年たっても、聞いていない。
マーサは、母がそうしていることを、たぶん責めていない。
週に二度来るし、買い物にも連れていく。そのときにも兄の話は出さない。
出さないでいてくれるのは、こちらのためだと思う。思うが、それも確かめていない。
第四章 九十六回
マーサは数える人だ。
去年の暮れに、車の中で、お母さん、兄さんとは月一回でしょう、と言った。
そうね、と答えた。
八年で九十六回か、とマーサが言った。計算が早い子だった。
ヘレンはその数を、そのとき初めて聞いた。
マーサは回数を数える。仕事で数字を扱っているので、そういう癖がある。
ヘレンは数えていない。
九十六回ぶん、元気にやってると聞いている。九十六回とも同じ言葉だ。
同じ言葉が九十六回続いたことを、どう考えればいいのかは分からない。
本当に元気だから同じなのかもしれないし、同じ言葉で済ませているのかもしれない。
どちらなのかは、聞けば分かる。
九十六回、聞いていない。
数を聞いてから、少しだけ考えた。
九十六という数は、思ったより多かった。八年は長いと知っていたが、九十六は多い。
多いと思ったが、九十七回めも同じにするのだと思う。
増えていくのは回数だけで、分かることは増えない。増えないまま重なる。
第五章 住所
住所は分かる。
三年前に、マーサが車で送ると言ったことがある。日帰りは無理だが、泊まれば行ける距離だ。
ヘレンは、そのうちね、と答えた。
そのうちがいつなのかは、決めていない。決めていないことを、マーサも分かっていると思う。
行けば、玄関の前に立てば、それで分かる。
開けてくれるかもしれないし、留守かもしれない。どちらでも、いまよりは分かる。
いまより分かることを、ヘレンは望んでいない。
望んでいない、というのは冷たい言い方だ。
冷たいのかもしれない。冷たくてもいいから、月に一度の十分を、いまのままにしておきたい。
その十分がなくなるのがいちばん困る。
なくなるとは限らないのだが、そうならない保証もない。保証が無いので、動かない。
動かないでいることを、待っているとは言わない。待っているなら、何かが来るはずだ。
何も来なくていい。来なくていいものを、待つとは言わない。
言い方が無いので、ヘレンはこのことを人に話したことがない。マーサにも話していない。
エピローグ
次の日曜も、たぶん電話が来る。
窓のそばの椅子に座って、受ける。その椅子は夫が使っていたもので、座面が平らで硬い。
どうしてる、と聞く。元気にやってる、と返ってくる。
それを聞いて、そう、と言う。
八年、それだけをしている。
――八年ぶんの十分を、確かめないまま持っている。
持っているという言い方が正しいのかどうかも、分からない。
分からないままでいい。分かってしまうと、たぶん持っていられない。
あなたにも、確かめないまま続けているものがありますか。
あなたの魂のテーマに気づく場所