隣に、できていた
懐かしさ

朗読で聴く
第一章 流しの前
大野文江は五十八歳になった。
母が死んで、七年になる。
八十九だった。朝、いつもの時間に起きてこないので見に行ったら、そのまま眠っていた。苦しんだ様子はなかった。
葬式は身内だけでやった。泣いたのは弟の妻だけで、文江は泣かなかった。泣かなかったことを、あとで気にしたこともない。
文江はいまもその家に住んでいる。夫と二人だ。息子は東京にいる。
台所は母が使っていたものを、そのまま使っている。
流しも、棚も、換気扇も同じだ。壊れたものは直したが、位置は変えていない。
変えなかった理由は、変える必要がなかったからだ。使いにくいところは無い。
毎日、そこに立って洗う。朝と、昼と、夜だ。
朝はいちばん少ない。夫とふたりぶんの茶碗と皿だけで、五分もかからない。
夜がいちばん長い。鍋があるので、十五分くらいは立っている。
立っているあいだ、窓の外が見える。窓の下に隣の家の屋根があって、その先に電線が二本ある。
冬は暗くなるのが早いので、夜に洗うときは何も見えない。見えないが、目はそちらを向いている。
流しの前の床板が、そこだけへこんでいる。
へこんでいる、というより、木の目が擦り切れて平らになっている。まわりの板はまだ目が立っているので、手でなでると違いが分かる。
色も少し違う。そこだけ白っぽい。
母が立っていた跡だ。
流しのふちにも、同じような擦れがある。手をつくところだけ、金属の艶が無くなっている。
そちらは、文江が立つようになってからも増えているのかもしれない。手をつく位置は足ほど決まっていないので、境目が分からない。
床のほうは、境目がはっきりしている。
第二章 五十年
母がこの家に来たのは二十二のときで、死ぬまでずっとここにいた。
六十七年になる。そのうち台所に立たなくなったのは最後の三年ほどだから、五十年以上は毎日そこに立っていたことになる。
文江は子どものころ、その横に立って手伝った。踏み台を持ってきて、母の左に立った。
左に立った理由は、右が水切りだったからだ。それだけのことだ。
結婚してからは二十年ほど別の家にいた。夫の転勤が終わって、この家に戻ったのが四十六のときだ。
戻ってからも、しばらくは母が立っていた。文江は横で受け取る係だった。
母が立たなくなってから、文江が立つようになった。
その入れ替わりに、はっきりした日は無い。だんだんそうなった。
いつからか、と考えても、思い出せる場面が出てこない。
いまはもう、七年ずっと文江が立っている。
母がどんなふうに立っていたかは、思い出そうとすれば思い出せる。
背は文江より低かった。流しがわずかに高かったので、肘が上がっていた。
洗いながら、よく鼻歌を歌っていた。曲は決まっていなくて、いま思うと、あれは歌ではなくて息だったのかもしれない。
文江は歌わない。歌わないのは、歌わないというだけの理由だ。
第三章 ふちを踏む
文江が七年立っても、へこみは深くならない。
深くならないのは、文江が同じところに立っていないからだ。
立っているつもりではいる。だが足の置き方が、母と少し違うらしい。
文江は右の足を少し前に出す癖がある。母はそうではなかったのだと思う。
だから文江の右足は、へこみのふちに乗る。乗って、そこから外へはみ出している。
この癖を直そうと思ったことはない。
直そうと思ったことがない、というのは正確ではない。一度だけ、足を揃えて立ってみたことがある。
立ってみたが、洗いにくかった。
右足を引くと、体が流しから遠くなる。遠くなると、手を伸ばすことになる。伸ばすと肩が痛い。
母は背が低かったから、その立ち方でちょうど届いていたのだと思う。
同じ場所に立つには、同じ背丈が要る。それは、どうにもならない。
それきりだ。
そのときのことを、文江は誰にも言っていない。夫にも言っていない。
言うようなことでもない。台所で足の位置を変えてみた、というだけの話だ。
へこみは、母のかたちのままだ。
文江が毎日その上に立っても、七年たっても、形は変わらなかった。
変わらないので、そこに何があったかは、いまでも分かる。
第四章 築四十六年
息子は数える人だ。
正月に帰ってきて、廊下を歩きながら、この家、築何年だっけ、と言った。
文江が、四十六年、と答えた。答えてから、そうか四十六年か、と自分で思った。
息子は、四十六年か、と言って、そのあと、床そろそろ危なくない、と言った。
台所の床のことだ。歩くと、流しの前だけ少し沈む。
文江は、まだ大丈夫、と答えた。
息子は、そう、と言って、それきりだった。
息子は年数を数える。四十六年、と聞けば、あと何年でどうなるかを考える人だ。仕事がそういう仕事らしい。
文江は数えていない。四十六年という数は知っているが、それは建てた年から引き算しただけだ。
自分が何回そこに立ったかは、数えたことがない。
数えれば出る。一日三回として、七年で七千回を超えている。
出るが、数えたことがない。
まだ大丈夫、と言ったとき、文江は理由を言わなかった。
理由を言おうとすると、へこみの話になる。へこみの話をすると、母の話になる。
正月の廊下で、立ったまま話すことではないと思った。
思ったというより、口が動かなかった。
第五章 隣
今年の春に、床を拭いていて、気がついた。
へこみの右隣に、もう一つ、うっすらと平らなところがある。
小さい。母のものの半分もない。色もほとんど変わっていない。木の目が、少しだけ寝ている。
手でなでて、やっと分かるくらいだ。
文江の右足が乗るところだった。
――七年かかって、それだけできた。
二つ並んでいる。左が母ので、右が文江のだ。
左のほうが、はっきりしている。比べるまでもない。
文江はしばらくしゃがんで、それを見ていた。
嬉しかったわけではない。悲しかったわけでもない。
母のとつながって一つになる日が来るのかどうかは、たぶん来ない。文江は八十九まで台所に立たないと思う。
立ったとしても、五十年には足りない。
足りないままで終わる。それでいいのだと思った。思ったというより、そう見えた。
立ち上がって、続きを拭いた。
拭きながら、この二つが誰かに見えるだろうか、と考えた。
夫は毎日この台所を通るが、床を見たことはないと思う。
息子は、沈む、とは言った。沈むのは分かっても、二つあることは見ていない。
見えるのは、たぶん、しゃがんで手でなでた人だけだ。
なでる理由が無ければ、なでない。
エピローグ
今朝も、そこに立って洗った。
右足は今日もふちに乗った。乗っているという感じは、立っているあいだは無い。
洗い終わって、水を止めて、下を見た。
母のへこみは、まだ濃い。
――同じところには、立てない。
立てないまま、毎日そこに立っている。
夏に息子から電話があって、床の話がまた出た。今度は業者を呼ぼうか、と言われた。
文江は、そのうちね、と答えた。
そのうちがいつなのかは、決めていない。決めていないことを、息子も分かっていると思う。
あなたにも、もう無いのに毎日そこへ行くものがありますか。
あなたの魂のテーマに気づく場所