家に着く前に、忘れる
飽き

朗読で聴く
第一章 七時
森田弓子は五十八歳になった。
毎朝七時に、隣の片桐さんの家の雨戸を開けに行く。十六年になる。
片桐さんは八十六歳で、一人で住んでいる。腰を悪くしてから、雨戸を動かすのがつらい。
弓子の家から片桐さんの玄関までは、二十歩ほどしかない。低い生垣が一枚あるだけで、道にも出ない。
行って、縁側の側から雨戸を三枚、右へ寄せる。雨戸は木で、三枚とも同じ幅だ。戸袋に入りきらないので、三枚目は少し斜めになる。それも十六年同じだ。
夏は六時半に出る。明るくなるのが早いので、片桐さんも早く起きている。冬は七時でもまだ薄い。時間を変えようと言ったことはないし、言われたこともない。だいたい七時前後、というところで落ち着いている。
鍵は預かっていない。雨戸は外から動かせるので、要らない。十六年で、片桐さんの家に上がったことは数えるほどしかない。
開けると、家のなかから片桐さんが何か言う。弓子は、はい、と言う。それから戻る。
全部で四分か、五分もかからない。
雨戸は建てつけが悪くて、二枚目の途中で一度引っかかる。手が勝手にそこで持ち上げる。持ち上げると通る。
いつからそうしているのかは分からない。気がついたら、手のほうが先に動くようになっていた。
第二章 落ちていく
片桐さんが何を言ったかを、弓子は覚えていない。
聞いていないのではない。聞こえているし、返事もしている。ただ、自分の家の玄関に入るまでのあいだに、落ちてしまう。
二十歩のあいだに落ちる。
最初のころは違った。片桐さんはよく喋る人で、弓子も縁側に座って、じゅっぷんか二十分は話していた。
息子さんの話、亡くなった奥さんの話、昔いた会社の話。弓子はそれを夕飯のときに夫に話していた。
夫は、片桐さんの会社の話を面白がっていた。むかしの機械の話が多かったらしい。夫が笑うので、弓子はもう少し詳しく聞いておこうと思って、次の朝に聞いた。そういう朝が、何年かはあった。
いつから話さなくなったのかは、思い出せない。だんだんではあったと思う。
いまも、聞こえてはいる。声の高さも、機嫌がいいか悪いかも分かる。分かるのに、言葉のほうだけが残らない。
落ちるのは片桐さんの言葉だけではない。自分が何と返したかも、たいてい覚えていない。
一度、玄関に入ってすぐに思い出そうとしてみたことがある。二十歩前のことなのに、出てこなかった。それ以来、思い出そうとしていない。
いまは、開ける音がして、片桐さんが何か言って、弓子が、はい、と言う。それで終わる。
片桐さんのほうも、たぶん同じだ。返事が要る話はしない。天気か、体の調子か、そのくらいのことしか言わない。
弓子はそれを、冷たいことだとは思っていない。
思っていないというより、そこについて何も思っていない。
第三章 言い出したのは夫
始めたのは夫だった。
十六年前の秋に、片桐さんの奥さんが亡くなった。そのあと、片桐さんが腰を痛めて、しばらく雨戸が閉まったままの日が続いた。
夫が、うちが開けようか、と言った。片桐さんは、悪いね、と言った。それだけの話だった。
最初の三年ほどは夫が行っていた。夫が早番の日は弓子が行った。そのうち、行くのは弓子のほうが多くなった。
夫は七年前に死んだ。
夫の葬式に、片桐さんは来た。杖をついて、二十歩をじゅっぷんかけて来た。座らずに、立ったまま、手を合わせて、帰った。
そのとき、片桐さんが何か言ったはずだが、弓子は覚えていない。あの日は誰の言ったことも覚えていない。だからそれは、いまの落ち方とは違う。
夫が死んだとき、この雨戸をどうするかは、誰も言わなかった。片桐さんも言わなかったし、弓子も考えなかった。
葬式の次の朝も、弓子は七時に行った。
行こうと決めたのではない。決める場面が来なかった。目が覚めて、時計を見て、いつもの時間だったので、出た。
それから七年、同じことをしている。
夫のためにやっている、と思ったことはない。思ってみたこともない。
七年たって、いまは毎朝落ちる。あの日のような日ではないのに、落ちる。
第四章 数えている人
二か月に一度、民生委員の人が片桐さんの家に来る。
その人は五十くらいの男の人で、感じがいい。来た日を手帳につけている。一度、弓子と玄関の前で会ったときに、開いて見せてくれた。今年は九回来ています、と言った。
手帳にはほかの家のことも書いてあって、名前の横に日付が並んでいた。
弓子は自分が何回行ったかを数えていない。数えられるが、数えたことがない。
毎日行くと、回数は日にちと同じになる。日にちと同じものは、数えても何にもならない。
その人は、森田さんは毎日でしょう、と言った。弓子は、まあ、と言った。
その人が帰ったあと、弓子は九回という数を少し覚えていた。人の言った数字は残るのに、片桐さんの言葉は残らない。なぜそうなのかは分からない。
年に一度、片桐さんの息子さんが来る。関西のほうに住んでいる。息子さんは六十近い。父親と顔が似ているが、喋り方は似ていない。
息子さんは玄関の前で弓子に頭を下げて、いつもありがとうございます、と言う。毎年、同じ言い方をする。
弓子は、いいえ、と言う。それも毎年同じだ。
息子さんは、父が何を話しているかは知らない。弓子も知らない。二十歩で落ちてしまうので、伝えようがない。
第五章 今日は寒いね
十一月の朝に、霜が降りた。
霜が降りると、生垣の下の土が白くなる。弓子はそれを見て、寒いな、とは思った。思ったが、片桐さんに言おうとは思わなかった。
言ったのは片桐さんのほうだった。
弓子が雨戸を開けると、片桐さんが、今日は寒いね、と言った。
弓子は、そうですね、と言った。
それだけだった。いつもと同じ、片桐さんが言って、弓子が返す。
帰る途中で、弓子は足を止めた。
いまのは、二往復した。
――片桐さんが言って、こちらが返して、それで終わった。
終わったのだが、返したのは、はい、ではなかった。そうですね、だった。中身のある返事をしたのは、いつ以来か分からない。
弓子はそこで少し考えて、思い出せなかった。
思い出せないということは、たぶん十六年でいちばん最近の会話が、いまのだ。
弓子はそれを、寂しいとは思わなかった。感心もしなかった。ただ、そうか、と思った。
そのまま家に入って、湯を沸かした。
湯が沸くまでのあいだ、弓子は台所に立っていた。何も考えていなかった。
エピローグ
次の朝も、七時に出た。
生垣を回って、縁側の側へ行って、雨戸を三枚寄せた。二枚目で引っかかって、手が持ち上げた。三枚とも、いつもの位置に収まった。斜めになる三枚目も、いつもどおり斜めになった。
片桐さんが何か言った。弓子は、はい、と言った。
戻る二十歩のあいだに、それは落ちた。
――昨日の朝のことは、まだ覚えている。
覚えていることのほうが、めずらしい。だからといって、何かが変わるわけではない。
明日も七時に出る。
あなたにも、毎日やっているのに何も覚えていないものがありますか。
あなたの魂のテーマに気づく場所