遠いほうを、通る
恐れ

朗読で聴く
第一章 その道は通らない
ロイ・ハスケルは五十四歳になった。
アメリカの、名前を出しても誰も知らないような小さな町に住んでいる。町には通りが十いくつあって、そのうちの一本を、ロイは通らない。
朝、家を出て、勤め先の学校まで歩く。まっすぐ行けば十一分の道がある。ロイはそれを通らずに、二区画まわって戻る。十八分かかる。
二十二年、そうしている。
まわり道が嫌いなわけではない。歩くのが好きなわけでもない。雨の日も同じようにまわるので、天気とも関係がない。
急いでいる日も、まわる。娘が熱を出したと学校から電話があった日も、ロイは走って帰ったが、走りながら二区画まわった。あとで思い返して、少し不思議に思った。不思議に思っただけで、次の日も同じように歩いた。
そのかどまで来ると、足が止まる。
止まるといっても、立ちすくむわけではない。歩幅が少し変わって、体が右へ向く。気がついたときには曲がっている。曲がるのを決めた覚えは、毎回ない。
心臓が速くなることもない。汗も出ない。誰かに見られていたら、少し遠回りをする男が歩いているだけに見えるだろう。実際、そうとしか見えていない。
起きているのは、体のほうが先に決めている、ということだけだ。
第二章 何かがあったわけではない
何かがあったわけではない。
これは、ロイがはっきり知っていることだ。
あの通りで事故を見たことはない。誰かに殴られたこともない。あの通りに嫌な人が住んでいたこともない。子どものころ、あの通りで遊んだこともある。何も起きなかった。
だから、思い出したくないものがあるのではない。思い出すものが、そもそもない。
もし何かがあったのなら、話は簡単だ。あれがあったから通らない、と言えば、それで済む。妻にも医者にも説明できる。
説明できるものが、一つもない。
一度、医者にかかったことがある。四十のころだ。ロイは、通れない道がある、と話した。医者は、いつからか、何があったか、と順番に聞いた。
いつからかは、はっきりしない。何があったかは、何もない。
医者は少し困った顔をして、生活に支障がありますか、と聞いた。ありません、とロイは答えた。それは本当だった。医者は、では様子を見ましょう、と言った。
それきり行っていない。支障がないものを治しに行く理由は、ロイには思いつかなかった。
ロイは何度かそれを考えて、考えても出てこないので、考えるのをやめた。やめても、まわり道は続いている。
第三章 七分
二十二年のあいだに、ロイの一日はその七分ぶんだけ組み替えられた。
朝は七分早く起きる。七分早く家を出る。学校に着く時刻は、まわりの誰とも同じだ。だから同僚は、ロイが七分よけいに歩いていることを知らない。
組み替えたのは時間だけではない。
三十のとき、家を買う話が出た。安くて日当たりもよい家だった。ロイは断った。妻には、修理にかかりそうだから、と言った。その家は、あの通りに面していた。
行きつけだった店も変えた。あの通りを通らずに行こうとすると遠すぎるので、別の店にした。少し高いが、それでいい。
娘の学校の送り迎えのときも、遠いほうを通った。娘は助手席で、なんでこっち、と聞いたことがある。ロイは、こっちのほうが空いてる、と答えた。娘はそれで納得した。
どれも小さな決定で、どれも理由をつけられた。
嘘をついているという感じは、そのときはなかった。修理にかかりそうだ、というのは本当だったし、別の店のほうが品数は多い。理由は毎回、ちゃんと成り立っていた。
成り立っている理由を並べていくと、いつのまにか一本の道だけが抜けている。
二十二年ぶん積むと、生活のほうがその道を避ける形になっている。
誰かに設計されたのではない。ロイ自身が、一つずつ、そのつど理由をつけて選んできた。理由はどれも本当らしく、どれも本当ではなかった。
いま、その形を壊そうとすると、二十二年ぶんを壊すことになる。家も、店も、朝の起きる時刻も。あの通りを一度通るためだけに、それをする理由が見つからない。
第四章 誰も気づかない
妻のジューンは、ロイが遠回りをすることを知っている。
二十二年一緒にいれば、当然気づく。一度だけ、なんであの通り通らないの、と聞かれた。
ロイは、癖だな、と答えた。
ジューンは、そう、と言って、それ以上聞かなかった。夫婦のあいだには、そういう聞かない場所がいくつかある。ジューンにもある。
誰も間違ったことを言っていない。
外から見れば、ロイは少し遠回りをする男だ。それだけのことだ。町の誰も困っていない。ロイ自身も、遅刻したことは一度もない。
困っていないことが、いちばん厄介なところでもある。
困っていれば直す理由ができる。困っていないので、直す理由がない。理由がないまま、二十二年続いている。
ときどき、ロイはあの通りのことを考える。考えても、恐ろしくはない。頭の中では、あの通りはただの通りだ。家が並んでいて、芝生があって、郵便受けがある。
恐ろしいのはあの通りではない。あの通りには何もない。それは知っている。
知っていて、行かない。知っていることと、足が向くことは、別々のところで動いている。二十二年見ていて、ロイはそれだけは確かだと思っている。
第五章 試さない
通れる気はする。
いま行けば、たぶん通れる。ロイはそう思っている。足が止まるといっても、動かなくなるわけではない。無理に踏み出せば、たぶん普通に歩けて、普通に反対側に出る。
試したことはない。
試さない理由は、二つある。
どちらもロイの中では、はっきりしている。医者に説明できなかった二十二年のうちで、この二つだけは言葉になる。
一つは、通れたとしても、明日また遠いほうを通るだろうということだ。一度通れたから明日から近いほうを通る、という話にはならない。二十二年で組み替えたものは、一日で戻らない。
もう一つは、通れなかった場合だ。
その場合、ロイは、自分が通れないということを知ってしまう。いまは知らずに済んでいる。知らないままなら、通れる気がする、という状態でいられる。
――何かがあったわけでは、ない。
だから試さない。試さないことも、七分と同じで、二十二年ぶんの段取りの一つになっている。
ロイは、これが一生続くのだろうと思っている。悲しくはない。七分は七分で、払える額だ。
ただ、ときどき、あの通りの向こう側に何があるのかを、ずいぶん長いこと見ていないことに気づく。あるのはたぶん、この町の続きだ。それも知っている。
エピローグ
朝、ロイは七分早く家を出る。
かどまで来て、体が右を向く。二区画まわって、学校に着く。誰とも同じ時刻に着く。
同僚に挨拶をして、鍵を開ける。今日も何も起きない。
避けるために、毎日組み立てている。
――そのために組み立てたものが、生活の形になっている。
あなたにも、避けるために組み立てているものがありますか。
あなたの魂のテーマに気づく場所