そのかどだけ、遅い
六つのときに母が出ていった。三十年、同じ町に住み、母が出ていったその角を毎日曲がっている。避けたことは一度もない。恨んでいない、とほんとうに言える。それでもその角の手前で、身体が毎回、半歩だけ歩幅を縮める。母は五年前に死んだ。伝える相手はもういない。

朗読で聴く
第一章 かど
朝の六時四十分に家を出ると、道はまだ湿っている。
宮本真弓は四十一歳になった。市の水道局に勤めて十九年、同じ道を歩いて出勤している。家からバス停までは徒歩で八分。その八分のあいだに、かどが一つある。ブロック塀が途切れて、道が右に折れるところだ。
そのかどの手前で、真弓の足は毎回、半歩だけ縮む。
自分で気づいたのは三十を過ぎてからだった。歩幅が変わるのではない。速さが落ちるのでもない。最後の一歩だけが、わずかに短くなる。まるで足のほうが先に、そこに何かがあると思い出すように。
医者に相談したことはない。相談するようなことではないからだ。痛みもないし、転ぶわけでもない。ただ、三十五年ぶん、そこで半歩だけ遅くなってきたというだけの話だ。
塀はところどころ苔が乗って、下のほうが黄ばんでいる。真弓が子どものころは、まだ新しかった。かどのところだけ丸くなっているのは、何十年も人が肩をこすって曲がってきたからだと思う。
真弓はそのかどを、避けたことがない。
遠回りはできる。ひとつ手前を左に折れて、児童公園の裏を通れば、三分よけいにかかるが同じバス停に出る。実際そうしている人もいる。真弓はそれを知っていて、しない。
自分は母を赦している、と真弓は思っている。思っている、というより、それはもう確かめる必要のないことになっている。母を悪く言ったことは、一度もない。
それでも足は、そのかどを覚えている。
第二章 呼ばなかった
母の房子が家を出たのは、真弓が六つの秋だった。
その日のことを、真弓は順番に覚えている。台所で味噌汁の鍋が火にかかったままだったこと。母が茶色いボストンバッグを持っていたこと。玄関で靴を履くのに、いつもより時間がかかっていたこと。
母は真弓のほうを見なかった。見ないまま、「すぐ帰るから」と言った。
真弓はそれが嘘だとわかった。六つでもわかることがある。母の声が、いつもより丁寧だったからだ。
母が出ていってから、真弓は裸足でサンダルを引っかけて追いかけた。母の背中は思ったより近くにあって、追いつけそうだった。塀に沿って走って、かどのところで真弓は止まった。
止まったのは、母が振り向かなかったからではない。振り向かれるのが怖かったからでもない。
真弓はそこで、呼ぼうかどうか、迷った。
呼べば母は振り向いただろう。振り向いて、戻ってきたかもしれないし、来なかったかもしれない。真弓が覚えているのは、その二つを六つの頭で天秤にかけた、ほんの数秒のことだ。
迷っているうちに、母はかどの向こうに消えた。
真弓は呼ばなかった。追いかけたのに、呼ばなかった。
家に戻ると味噌汁が煮詰まっていて、真弓は火を止めた。六つの子どもがガスの火を止められることを、真弓はその日に知った。
この話を、真弓は誰にもしていない。父にも、いとこにも、五年つきあった人にもしていない。母が出ていったことは話せる。追いかけたことも話せる。呼ばなかった、というところだけが、どうしても口から出ない。
第三章 同じ道を歩く人
三十年のあいだに、真弓はいろいろなことを覚えた。
母を恨まないでいる方法を覚えた。母には母の事情があった、と考えるやり方だ。実際そうだったのだろうと思う。父は優しい人ではなかったし、母はまだ二十七だった。そう考えると、腹は立たない。腹が立たないことを、真弓は自分の手柄のように思っていた時期がある。いまはそうも思わない。ただ、立たないだけだ。
同じ道を、毎朝すれ違う女がいる。真弓より少し年上で、犬を連れている。その人は、あのかどのところで必ず立ち止まって、一度、空を見上げる。
真弓はそれを十年以上見てきた。同じ場所で立ち止まる人が、自分のほかにもいる。それがどういうことなのか、真弓は長いあいだ考えないようにしていた。考えると、聞きたくなるからだ。
去年の春に、犬が座り込んで動かなくなった日、真弓は手伝った。それでその人と少し話した。
真弓は聞いた。あそこでいつも上を見ていますね、と。
その人は笑って言った。あそこだけ電線が交差してなくて、空が四角く抜けてるんですよ。朝いちばんに一回、広いところを見ておきたくて。
真弓は、そうですか、と答えた。
三十年、同じかどで、二人はまったく別のものを見ていた。真弓は下を見て半歩縮み、その人は上を見て一度止まる。その人は空の広さを数えていて、真弓は数えてもいないものを、そこに置いてきている。
その日、真弓は少しだけ楽になった。楽になった理由は、うまく説明できなかった。
第四章 通らない人
母が死んだのは五年前で、真弓が知ったのは死んでから四か月あとだった。
いとこの紀子から電話がかかってきた。房子おばさん、去年の十一月に亡くなってたって。いま知って。
真弓は、そう、とだけ言った。そのあと、どこで、と聞いた。県外の、名前も知らない町だった。同じ県に一度も戻ってきていなかったことになる。
葬式はとっくに終わっていた。行くところも、渡すものも、言うこともなかった。
電話の最後に、紀子が言った。
――わたしはね、あのかど、通らないようにしてるの。子どものころから。あんたは通るんだね。
真弓は受話器を持ったまま、しばらく黙っていた。
紀子も、あの日のことを知っている。近所に住んでいたのだから当然だ。そして紀子は三十年、あのかどを避けて歩いてきた。避けるという方法があることを、真弓はそのとき初めて知った。
自分は避けられないのだと思っていた。避けない、と決めたつもりもなかった。そこにかどがあり、そこを通る用があり、だから通っていた。ただそれだけのことだと思っていた。
紀子は何も助言をしなかった。避けたほうがいいとも、通ったほうがいいとも言わなかった。ただ、自分は通らない、と言って、それから世間話をして電話を切った。
その夜、真弓は初めて、遠回りの道を思い浮かべた。児童公園の裏の道。三分よけいにかかる道。
思い浮かべただけで、翌朝はいつもの道を歩いた。
第五章 やめようとするのを、やめる
それから半年ほど、真弓はかどの手前で足に力を入れた。
半歩を、無くそうとしたのだ。
うまくいくこともあった。意識していれば、歩幅はそろう。けれど三日と続かない。考えごとをしていると、足はまた縮む。信号の変わり目を急いでいるときですら、そこだけは縮む。
冬になって、真弓はやめた。半歩を無くすのをやめたのではない。無くそうとするのを、やめた。
やめたとき、真弓にわかったことが一つあった。
自分が縮んでいるのは、母を恨んでいるからではない。母を赦したのは本当で、それは取り消さなくていい。縮んでいるのは、あの日、そこに立って、呼ぼうかどうか迷った六つの子どもが、まだそこに立っているからだ。
母のほうはもう、いない。赦しは母には届かない。届かないところに向けて、真弓は三十年、赦し続けてきた。それはたぶん、無駄ではなかった。
けれど、六つの子どものほうは、まだそこにいる。あの子は真弓が赦した相手ではない。あの子は、真弓が置いてきた側だ。
――もう少し、そこにいていい。
そう思ったとき、半歩は消えなかった。いまも縮む。今朝も縮んだ。
ただ、縮んだあとに真弓が思うことが変わった。前は「まだか」と思っていた。いまは「ああ、いた」と思う。
エピローグ
朝の六時四十分。道はまだ湿っている。
ブロック塀が途切れて、道が右に折れる。真弓の最後の一歩が、わずかに短くなる。
半歩ぶんの、遅れ。三十五年ぶん、そこに置いてきたものの重さ。
バスは今日も間に合う。
――赦しても、からだは覚えている。
あなたの足が毎日遅くなる場所は、どこですか。
あなたの魂のテーマに気づく場所