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手のほうが、遅い

近い未来。母の世話はほとんど機械がやる。清潔で、安全で、正確で、疲れない。娘は毎日、髪をとかしに行く。機械のほうが上手い。手のほうが遅いし、うまくもない。誰にも頼まれていないし、必要でもない。それでも十年、毎日とかしている人生。

手のほうが、遅い

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第一章 任せてある

谷口はるみは、母の世話をほとんど任せている。

任せている先は人ではない。母の部屋にあるものが、必要なことをやる。体を起こし、清潔にし、薬の時間を守り、夜のあいだも見ている。

正確で、清潔で、疲れない。

はるみが十年前に想像していたよりずっと静かに、それは当たり前になった。いま母の世話について人と話すとき、誰も驚かない。そういうものだからだ。

母のヨシは八十九になる。話すことは少なくなったが、目は合う。名前も、たぶんわかっている。

施設ではない。家にいる。それができるようになったのも、そのおかげだ。

はるみは五十六で、まだ働いている。仕事のあと、母の部屋に寄る。

やることは一つしかない。

髪をとかす。

第二章 角度

櫛は木でできている。母が昔から使っていたものだ。

はるみが持つ角度は決まっている。手首を少し内側に入れて、櫛の背を軽く傾ける。頭皮に当てすぎず、浮かせすぎない。

十年で、手が覚えた。

これは自慢ではない。むしろ逆で、十年かけてこの程度しか上達していない。

部屋のものは、髪の手入れもできる。頼めばやってくれる。実際、はるみが風邪をひいて一週間行けなかったとき、そちらがやった。

戻ってきて、母の髪を見た。

きれいだった。はるみがやるより、はるかに整っていた。絡まりが一つもなく、分け目もまっすぐだった。

はるみはそれを見て、少し立ち止まった。

そして、その日からまた自分でやっている。

一度だけ、なぜ自分でやるのかを考えたことがある。

きれいにしたいからではない。それなら任せたほうがいい。

母が喜ぶからでもない。母は反応をあまり返さない。

思いつくのは、母の髪が細くなったことを、はるみが知っているという事実だけだった。

十年前はもっと硬かった。櫛が引っかかった。いまはほとんど抵抗がない。

その変化を、はるみは毎日少しずつ受け取ってきた。急に受け取ったのではなく、十年かけて受け取った。

部屋のものも、たぶん記録している。数値としては、はるみよりずっと正確に把握しているだろう。

ただ、はるみの手が知っているのは、数値ではない。

母がどうやって細くなっていったかを、手のほうが覚えている。

第三章 弟が数えているもの

弟の博之は、費用を数えている。

月にいくらかかっているか、来年はどうなるか、いつまで持つか。三か月に一度、そういう連絡をくれる。

助かっている。はるみは数字が苦手で、弟がやってくれなければ回らない。

弟は遠くに住んでいて、年に二度来る。来るたびに母の状態を確認して、必要なものを手配して、帰る。丁寧で、抜けがない。

はるみは、何も数えていない。

十年で何回とかしたかは、数えていない。時間にすればどのくらいかも、考えたことがない。

一回およそ十分だから、十年で六百時間くらいだろうか。いま初めて計算した。

その六百時間で、何かが良くなったかというと、何も良くなっていない。

母の髪は、部屋のものがやったほうがきれいになる。はるみがやると、少し絡まりが残る。

同じ母を持つ姉弟が、まったく別のものを数えていた。

弟の数字は、母をここに置いておくために要る。はるみの六百時間は、無くても母は困らない。

一度、弟に言われたことがある。

「姉ちゃん、毎日行かなくてもいいんだよ。ちゃんとやってくれてるんだから」

はるみは「うん」と答えた。

反論しなかった。反論する材料がなかった。

第四章 要らないこと

はるみがやっていることは、必要ではない。

これは謙遜ではなく、事実だ。

母の生活の質は、はるみが行かなくても保たれる。栄養も、清潔も、安全も、はるみの担当ではない。

はるみが担当しているのは、髪をとかす十分だけだ。

そしてその十分は、代わりがある。

だから、はるみは自分がやっていることを、人に説明できない。

「お母さんの世話をしてる」とは言えない。世話はしていない。

「顔を見に行ってる」とも少し違う。顔を見るだけなら、十分もかからない。

一度、職場の人に「毎日大変ですね」と言われて、はるみは「いえ、何もしてないんです」と答えた。

相手は謙遜だと受け取って、「そんなことないですよ」と言った。

謙遜ではなかった。本当に、何もしていない。

はるみはそのやりとりのあと、しばらく気持ちが落ち着かなかった。

自分が毎日やっていることに、名前がない。

名前がないものは、人に伝えられない。伝えられないものは、続けているうちに自分でも疑いはじめる。

はるみは何度か、行くのをやめようとした。

疲れている日、雨の日、仕事が長引いた日。今日は行かなくてもいい理由は、いくらでもある。実際、行かなくても何も起きない。

それでも行った。

意志が強いわけではない。行かないと決めた日に、家で座っていられなかっただけだ。

やめられないことを、はるみは長いあいだ、自分の弱さだと思っていた。

母に依存しているのかもしれない、と考えた時期もある。娘としての役割にしがみついているのではないか、と。

その可能性は、いまも否定できない。

ただ、依存にしては、見返りが少なすぎる。母は何も返さない。誰も褒めない。

見返りのない依存というものが、あるのだろうか。

はるみには、まだ答えが出ていない。

第五章 何も言わない

母は、何も言わない。

とかしているあいだ、目を閉じていることが多い。眠っているわけではない。指が少し動くので、起きているのはわかる。

礼を言われたことは、この十年で数えるほどしかない。最後に言われたのがいつだったかも、はるみは覚えていない。

去年、一度だけ、母が手を上げた。

はるみがとかしているとき、母が右手を上げて、はるみの手首のあたりに触れた。数秒だった。それから下ろした。

何かを言おうとしたのか、たまたま動いたのかは、わからない。

はるみはそのとき、自分が泣きそうになったことに驚いた。

十年、続けてきたことに意味があったと証明されたわけではない。母が何かを伝えたという保証もない。

それでも、体が反応した。

そのあと、はるみは自分の中を少し探った。

自分は、認めてもらいたかったのだろうか。

たぶん、少し違う。

はるみが十年やってきたのは、母のためというより、母とのあいだに毎日一本、線を引き直すことだった。

線は、必要なものでは引けない。必要なことは、部屋のものがやってくれる。

要らないことにしか、それは残っていなかった。

エピローグ

はるみは今日も行く。

仕事のあと、母の部屋に入って、櫛を取って、十分とかす。それから帰る。

母がどのくらい生きるかは、誰にもわからない。ただ、そう遠くはないだろうと思っている。

そのあと、自分が何をするのかは、まだ考えていない。

先月、弟がまた来て、帰りぎわに言った。

「姉ちゃんが来ると、母さん、ちょっと顔が違う気がする」

はるみは「そう?」と答えた。

弟は「気のせいかもしれないけど」と言って、帰っていった。

はるみはその言葉を、そのまま受け取らないことにしている。

気のせいかもしれない。そうであっても構わない。

証明されてしまったら、たぶん、これは要ることになってしまう。

要らないままにしておきたい、と、はるみは思う。

要らないままやっていることのほうが、なぜか、長く続いている。

――要らないことのほうが、たぶん残る。あなたは毎日、誰にも頼まれていない何をしていますか。

ソウルミッション358

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