何も書かれていない
五十年前に留学で渡り、そのまま残って金物屋を五十年やってきた。毎朝、店の前に立ってシャッターに何も書かれていないことを確かめてから開ける。書かれていたのは三年目の朝の一度きり。それ以来五十年、見ないで開けたことが一度もない人生。

朗読で聴く
第一章 留学のつもりだった
チェン・ウェイミンは、留学のつもりで来た。
二十三のときだった。二年で学位を取って帰る予定だった。港のある町の工科大学で、機械を学んだ。
帰らなかった理由は、たいしたものではない。
三年目に指導教員の紹介で小さな工場に入り、そこで妻のメイフォンと会った。彼女はすでにこちらで働いていて、帰る気がなかった。子どもができた。工場が畳まれた。退職金のかわりに、工場が取引していた金物屋を紹介された。
そういう順番で、気がついたら五十年が過ぎていた。
ウェイミンはいま七十八になる。店はまだ開けている。
彼の話には、劇的なところが何もない。
戦争から逃げてきたわけではない。飢えていたわけでもない。船底に隠れて来たわけでもない。飛行機に乗って、書類を持って、大学の寮に入った。そういう来かたをした人間だ。
だから彼は、自分のことを移民だと思ったことがあまりない。
思わされたことは、ある。
来て二年目に、大学の事務で書類を出したとき、係の人が彼の名前を三度聞き直した。悪気はなかった。彼の発音が悪かったのだと、いまでもそう思っている。
ただ、三度目に、その人が横にいた同僚を呼んだ。
二人で彼の書類を覗き込んで、少し話した。何を話していたかは聞こえなかった。三十秒くらいだったと思う。それから係の人が戻ってきて、普通に手続きをしてくれた。
何も起きていない。
ウェイミンはその日、寮に帰ってから、自分の名前を紙に十回書いた。書きながら、なぜ自分がこれをしているのかわからなかった。
五十年たったいまも、その三十秒を覚えている。
彼が覚えているのはいつも、何も起きなかった出来事のほうだ。
第二章 固まった首
毎朝、ウェイミンは店の前に立つ。
シャッターの前に立って、下から上まで、一度だけ見る。時間にして四秒くらいだ。それから錠を外して、開ける。
五十年やった。
去年、医者に首の可動域を測られたとき、ある角度から先に行かないことがわかった。上を向く動きが、途中で止まる。医者は「年齢ですね」と言った。
ウェイミンはそうは思っていない。
シャッターは高さが二メートル半ある。それを一メートル離れたところから見上げる。その角度で五十年、一日も欠かさず首を止めた。体は使ったところが残る。彼の首には、その角度が残った。
朝の光の量でも、だいたいの時刻がわかるようになった。
夏は五時半、冬は六時四十分。同じ明るさになったときに家を出る。時計より正確だと本人は思っている。
体は、やることに合わせて作り替えられる。
これは自慢ではない。むしろ、彼はそれを人に言わない。
第三章 妻が数えていたもの
妻のメイフォンは、去年亡くなった。
メイフォンは、雨の日を数えていた。
店を開けた年から、彼女は日記をつけていた。日記といっても天気と売上だけだ。「雨。少ない」「晴。ふつう」。それが五十年分、居間の棚に積んである。
彼女は雨の日を嫌がった。客が来ないからだ。そして毎年、去年より雨の日が多いか少ないかを気にした。
ウェイミンは、何も数えていない。
正確には、数えられない。彼が確かめているのは「何も無い」ことだからだ。無いものは数えられない。
五十年、彼は毎朝「無かった」を確かめてきた。それは記録にならない。
同じ店を五十年やった二人が、まったく別のものを数えていた。
メイフォンの日記は残った。ウェイミンの五十年は、どこにも残っていない。
彼女が亡くなったあと、ウェイミンは棚の日記を一冊だけ開いた。
三年目の年のものだった。彼はその年の、ある日のページを見た。
天気と売上しか書いていなかった。
第四章 三年目の朝
一度だけ、あった。
三年目の秋の朝だった。ウェイミンが店に着いたとき、シャッターに何か書かれていた。
何と書かれていたかは、この話には要らない。
彼は誰も呼ばなかった。警察にも行かなかった。妻にも言わなかった。店の裏から水とブラシを持ってきて、二時間かけて消した。その日は開店が二時間遅れた。
客に理由を聞かれて、「調子が悪くて」と答えた。
消してしまえば、無かったことになる。実際、その日の午後にはもう普通の一日だった。
翌朝、ウェイミンは店の前に立って、シャッターを見た。
何も書かれていなかった。
彼はその瞬間のことを、五十年たったいまも覚えている。安心した。体の力が抜けた。
そして次の朝も見た。その次の朝も見た。
五十年、一度も書かれていない。
つまり彼は、五十年のうち一日だけ起きたことを、一万八千回以上確かめてきたことになる。
割に合わない。それは本人がいちばんよく知っている。
一度、メイフォンに気づかれかけたことがある。
十年目くらいだ。彼女がめずらしく早い時間に店に来て、ウェイミンが立っているところを見た。
「何してるの」と聞かれた。
「錠が調子悪い」と答えた。
彼女は「ふうん」と言って、中に入っていった。それきり聞かれなかった。
ウェイミンは、なぜ本当のことを言わなかったのかを、そのあとしばらく考えた。
言えば、メイフォンは心配しただろう。心配して、たぶん彼女も朝シャッターを見るようになっただろう。二人ぶんになる。
彼はそれを避けたかった。
自分一人が四秒使えば済むことだ。二人で八秒にする必要はない。
そう考えたことを、彼はいまも間違っていなかったと思っている。ただ、四十年隠し通したあとで妻に先に死なれると、その四秒を知っている人間がこの世に一人もいなくなる。
それは計算に入れていなかった。
第五章 やめられない
娘のリンダは、四十七になる。
こちらで生まれて、こちらで育って、この国の言葉しか話さない。大学を出て、別の州で働いている。
三年前、彼女が帰ってきたとき、ウェイミンが朝出るのを見て言った。
「まだあれやってるの?」
ウェイミンは「習慣だ」と答えた。
リンダは笑って、「もう誰もそんなことしないよ」と言った。
その通りだと思う。
町は変わった。あのころ店を出していた人たちは、ほとんどいなくなった。いまこの通りにいる人たちは、彼のことを「昔からここにいる人」としてしか知らない。誰も何も書かない。書く理由がない。
ウェイミンはそれを知っている。頭では完全にわかっている。
それでも、翌朝も立った。
なぜやめられないのかを、彼は一度だけ真剣に考えたことがある。メイフォンが亡くなったあとの冬だ。
答えは出た。
彼は、あの朝の自分を守っている。
三年目の朝、二時間かけて一人で消した二十六歳の男が、まだ彼の中にいる。あの男に「もう大丈夫だ」と言ってやれる唯一の方法が、翌朝シャッターを見て、何も無いことを確かめることだった。
一日ぶんずつしか言えない。だから毎朝言う。
五十年言い続けて、まだ足りていない。
エピローグ
ウェイミンは、そろそろ店を畳もうと思っている。
七十八で、膝が悪い。リンダは「もういいでしょう」と言っている。買い手も一人ついている。
畳んだあと、朝どうするのかを、彼はまだ考えていない。
一度、リンダに聞かれた。
「お父さん、ここに来て後悔したことある?」
ウェイミンは少し考えて、「ない」と答えた。
本当だ。彼はこの国で仕事をして、妻と出会って、子を育てて、五十年店を開けた。悪い人生ではなかった。むしろ良かったほうだと思う。
ただ、良かった人生の中に、消えない朝が一つある。
その一つがあるせいで、彼は五十年、毎朝四秒使ってきた。
それを不幸とは呼びたくない。あの朝がなければ、彼は自分がここにいることを、こんなにはっきり確かめないまま生きただろうと思う。
来週も、明日も、店を開ける。
立って、見上げて、何も無いのを見て、錠を外す。
――安心は、必要がなくなっても、やめられない。あなたは毎朝、何を確かめてから始めますか。
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