書かずに済ませる
漢字がほとんど書けないまま四十年働いてきた。読むことはできる。書けない。ばれないために、メモを取らず全部覚える方法を身につけた。おかげで職場で一番仕事が丁寧だと言われている。褒められるたびに、それが隠すために作った技術だと自分だけが知っている人生。

朗読で聴く
第一章 読める、書けない
森下たかしは、漢字がほとんど書けない。
読むほうは問題ない。新聞も読むし、仕様書も読む。意味もわかる。
書けない。
「森下」は書ける。住所も書ける。あとは、小学校の低学年で習うようなものが、いくつか書けるだけだ。
原因ははっきりしない。子どものころ、学校に行けない時期があった。母が体を壊して、下に弟が二人いた。二年生から四年生にかけて、たかしは半分くらいしか通っていない。
戻ったときには、周りは書けるようになっていた。
そこから先は、聞けなくなった。
正確には、一度だけ聞こうとした。
四年生の二学期に、担任が変わった。若い女の先生で、たかしにも普通に接した。ある日の放課後、たかしは職員室の前まで行った。
ドアの前で、中の声が聞こえた。先生同士が話していて、別の子の話をしていた。「あの家はねえ」という言い方だった。
たかしは、その言い方を知っていた。自分の家のことを、大人がそう言うのを何度も聞いていた。
引き返した。
先生に悪気がなかったことは、いまならわかる。大人は子どもの家庭事情を共有する必要がある。だがあの日の十歳には、区別がつかなかった。
引き返した日から、たかしは「知られること」と「助けられること」を、同じものとして扱うようになった。
助けは、必ず事情の説明とセットで来る。事情を説明した瞬間に、自分は「あの家の子」になる。
だから、助けを断ることにした。
それを五十年やった。
聞けば、いま自分がどこにいるかを人に見せることになる。十歳のたかしは、それを避けた。避け続けているうちに、避けることのほうが得意になった。
たかしはいま六十一になる。ビル設備の管理をしている。四十年、同じ業界にいる。
四十年、誰にも言っていない。
第二章 手が止まる
書く場面になると、たかしは手が先に止まる。
考える前に止まる。頭が「これは書けない字だ」と判断するより早く、体が動かなくなる。四十年で、そういう反射ができた。
たかしはそれを、うまく使えるようになった。
止まった瞬間に、次の動きが出る。「あとで持ち帰って書きます」と言う。「確認してから記入します」と言う。「先に現場見てきます」と言う。
どれも本当のことだ。嘘は一つもついていない。ただ、その場で書かずに済む形に、会話を運んでいる。
四十年やって、たかしの体はそういうふうにできた。
若いころは冷や汗が出た。三十代の半ばくらいから、出なくなった。
慣れたのではない。手順が完成したからだ。
たかしの中には、書かずに済ませる方法が、たぶん百通りくらいある。書類の種類ごとに違う。相手ごとにも違う。窓口の女性が親切な人か、急いでいる人かでも変える。
そのどれもが、四十年かけて一つずつ作ったものだった。
第三章 後輩が数えているもの
後輩の坂上は、資格の数を数えている。
「これで五つ目です」と言う。冷凍機械、電気工事、消防設備。壁に免状を貼っている。
たかしは「たいしたもんや」と言う。本心だ。
たかしは、資格を一つしか持っていない。実技だけで取れるものを、四十年前に取った。それ以降、一つも増えていない。
筆記があるものは、受けていない。
かわりに、たかしが覚えているのは別のものだ。
このビルのどの階のどのバルブが、何年に交換されたか。どの配管がどこで曲がっているか。冬になるとどの系統が先に鳴るか。
図面を見なくても、全部言える。
同じ現場に十年いる二人が、まったく別のものを数えていた。
坂上の五つは、紙になって壁に貼ってある。たかしが覚えているものは、どこにも残らない。たかしが辞めたら、たぶん消える。
一度、坂上に言われたことがある。
「森下さん、なんでメモ取らないんですか」
たかしは「取ると忘れるから」と答えた。
坂上は「わかります」と言って笑った。
その日、たかしは帰りの電車でずっとそのやりとりを思い出していた。
第四章 褒められる
たかしは、職場でいちばん仕事が丁寧だと言われている。
これは四十年、ずっとだ。会社が三つ変わったが、どこでも同じことを言われた。
理由はわかっている。
書かない人間は、覚えるしかない。覚えるためには、一度で正確に理解するしかない。理解するためには、その場で何度も確認するしかない。
「森下さんは必ず現物を見に行く」と言われる。行かないと覚えられないからだ。
「森下さんは説明が具体的」と言われる。書いたものを渡せないので、口で全部伝えるしかないからだ。
「森下さんは段取りがいい」と言われる。書類を書く場面が来る前に、全部終わらせておく癖がついているからだ。
たかしの美点とされているものは、全部、隠すために作ったものだった。
褒められるたびに、たかしは礼を言う。
そして少しずつ、遠くなる。
褒められているのは自分ではなく、自分が四十年かけて作った壁のほうだ。壁を褒められて嬉しいわけがない。嬉しくないのに、その壁がなければ四十年働けなかった。
そのことを、たかしは誰にも言ったことがない。
妻には、たぶん気づかれている。
三十年一緒にいて、家の書類は全部妻が書いている。年賀状も、役所の届けも、子どもの学校のものも。
たかしが「頼む」と言うと、妻は「はいはい」と言って書く。
理由を聞かれたことは一度もない。
一度だけ、十年ほど前に、妻が言ったことがある。年末に年賀状を書きながら、独り言のように。
「あんた、ようここまで来たね」
たかしは「なにが」と聞いた。
妻は「べつに」と言って、続きを書いた。
それきりだ。あれが何を指していたのか、確かめていない。確かめたら、答えが返ってくる。返ってきたものを、たかしは受け取れる自信がなかった。
夫婦のあいだに、四十年触っていない場所が一つある。触らないことで保っているものが、たしかにある。
第五章 明日
たかしは、いまも毎日そう思っている。
明日ばれるかもしれない。
四十年思い続けている。実際には一度もばれていない。それでも、毎朝そう思う。
そういう場所に自分を置き続けた、ということだ。
去年、健康診断の問診票を、看護師の前で書く場面があった。
たかしは老眼鏡を忘れたことにして、「読んでもらえますか」と言った。看護師が読み上げて、たかしが答えて、看護師が書いた。
その帰り道、たかしは自分の手際のよさに、少し吐き気がした。
六十一になって、まだこれをやっている。
あのとき、言ってしまえばよかったのかもしれない。「実は書けないんです」と。看護師は何とも思わなかっただろう。世の中には、そういう人がいる。仕事もしている。生活もしている。
言えなかった。
言えない理由は、もう書けないこと自体ではない。
四十年隠してきた、という事実のほうだ。
書けないだけなら、事情がある。四十年隠したことには、事情がない。それは自分が選んだことだ。
たかしが恥じているのは、そちらだった。
エピローグ
たかしはあと数年で辞める。
坂上に引き継ぐことになっている。引き継ぎ書類は、坂上が書く。たかしが喋って、坂上が打ち込む。会社はそれを「効率的」と呼んだ。
たかしはこの半年、ほとんど毎日喋っている。
四十年ぶんの、どこにも書かれなかったものが、少しずつ坂上の中に移っていく。
先週、坂上が言った。
「森下さんの頭の中、ほんとどうなってるんですか」
たかしは「暇やったからな」と答えた。
坂上は笑った。
たかしも笑ったが、そのあと少しだけ、言おうかと思った。
言わなかった。
たぶん一生言わない。あと数年で現場を離れて、それで終わる。誰も困らない。
ただ、坂上に移していったもののうち、いくつかは、たかしが書けなかったから生まれたものだ。それは坂上の中に残る。
書けなかったことが、書けなかったまま、人に渡っていく。
たかしはそれを、いいことだとも悪いことだとも思っていない。
――隠すために作ったものでも、たしかに身についてはいる。あなたは毎日、何を書かずに済ませていますか。
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