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左の腕だけ、白い

二十歳の夏、左の腕に湯をかぶった。痕が残った。以来二十年、半袖を着ていない。誰にも指摘されたことは一度もない。世界は自分ほど自分を見ていないと知っていて、それでも脱げない。隠し続けたせいで、左の腕だけが日に焼けず、二十年ぶんの別の痕になっている人生。

左の腕だけ、白い

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第一章 二十歳の夏

大河内あさ子は、二十歳の夏に左の腕をやけどした。

学生向けの安いアパートで、ガスコンロにやかんをかけていた。取っ手のねじが緩んでいることは知っていた。知っていて、そのまま使っていた。

持ち上げた瞬間に本体が傾いて、湯が肘から手首の内側にかかった。

すぐに水で冷やして、病院にも行った。処置は正しかったと思う。それでも、内側の肌は薄い。三か月かかって塞がったあと、白っぽい斑らな痕が残った。

大きさは、手のひらを縦に二つ並べたくらい。

医者は「時間が経てばかなり目立たなくなります」と言った。実際、そのとおりになった。二十年経ったいま、痕は自分でもよく見ないとわからない。角度によっては、ただの肌の色むらに見える。

あさ子はいま四十歳になる。

その二十年、半袖を着ていない。

第二章 白い腕

隠し続けたせいで、左の腕だけが日に焼けなくなった。

右の腕は、夏になれば少しは焼ける。買い物にも行くし、洗濯も干す。左は袖の中にある。

去年の夏、風呂上がりに気づいた。両腕を並べると、色が違う。境目は肘のあたりで、そこから先だけが白い。

痕を隠したことが、別の痕を作っていた。

あさ子はそれを見て、しばらく動かなかった。

やけどの痕は薄くなった。かわりに、隠したという事実のほうが、体にはっきり残っている。こちらは二十年かけてついたものだから、消すにはたぶん同じだけかかる。

体は正直で、やったことがそのまま出る。

あさ子は事務の仕事をしている。職場は空調が効いているので、夏でも困らない。困るのは通勤と、外に出るときだ。

長袖の薄いシャツを何枚も持っている。素材と織りには詳しくなった。どれがいちばん風を通すか、どれがいちばん汗を吸うか、二十年ぶんの知識がある。

夏の暑さについては、人と話を合わせられる。「今日も暑いですね」と言える。

ただ、「暑いから半袖にした」とは言えない。

二十代のころ、一度だけ着たことがある。

二十四の夏だった。付き合っていた人がいて、その人は痕を知っていた。「べつに気にならない」と言われて、あさ子もその日は気にしないつもりでいた。

電車に乗って、二駅目で降りた。

誰かに見られたわけではない。何か言われたわけでもない。ただ、吊り革を持った自分の腕が窓ガラスに映って、それが自分の腕だと認識した瞬間に、体が言うことを聞かなくなった。

改札を出て、駅ビルのトイレでカーディガンを買って、着た。

その人には「寒かったから」と言った。信じたかどうかはわからない。半年後に別れたが、それが理由ではない。

以来、試していない。

試して駄目だったという記憶は、試したことがない記憶より重い。二十四のあの日から、あさ子にとってこれは「まだやっていないこと」ではなく「一度失敗したこと」になった。

第三章 同僚が数えているもの

隣の席の柴田さんは、海に行った回数を数えている。

「今年もう三回目」と嬉しそうに言う。日焼けした腕を見せて、「先週より黒くなったでしょ」と言う。

あさ子は「ほんとだ」と答える。

柴田さんに悪気はない。むしろ人のいい人で、あさ子が長袖ばかりなのを一度も指摘したことがない。気づいていないのだと思う。

あさ子は、隠した回数を数えていない。

数えられない。毎日だからだ。

かわりに、あさ子が覚えているのは、断った回数のほうだ。

社員旅行の温泉を、四回断った。プールの誘いを、七回断った。健康診断で腕を出す日は、毎年少し早く行って、人の少ない時間を選ぶ。

同じ部署で、同じ夏を過ごしている二人が、まったく別のものを数えていた。

柴田さんの三回は、夏の思い出だ。あさ子の四回と七回は、誰にも言ったことがない。

第四章 誰も言わない

二十年で、痕について何か言われたことは、一度もない。

一度も、だ。

それは驚くべきことだと、あさ子も思う。夏に長袖しか着ない女が二十年職場にいて、誰も理由を聞かない。

理由は簡単で、誰も見ていないからだ。

人は他人の腕を見ていない。冷え性の人だと思われているかもしれないし、日焼けが嫌なのだと思われているかもしれない。どちらでも通る。世の中にはそういう人がたくさんいる。

去年、姪が家に来た。七歳だった。

あさ子が台所で袖をまくっていたとき、姪が入ってきて、腕を見た。

「これなに?」

あさ子は一瞬、息が止まった。

それから「やけどしたの。昔ね」と答えた。

姪は「ふーん」と言って、冷蔵庫を開けて、麦茶を出して、出ていった。

それだけだった。

あさ子はしばらく台所に立っていた。

七歳の子でさえ、三秒しか見なかった。

第五章 減らない

そのあと、あさ子は少し期待した。

これで軽くなるかもしれない、と思った。誰も気にしていないと確かめられたのだから、明日から半袖を着られるかもしれない。

翌朝、クローゼットの前で、いつもどおり袖の長いシャツを取った。

何も変わらなかった。

その日は考え続けた。夜になって、あさ子はようやく理由に行き当たった。

自分が隠しているのは、他人の目からではない。

自分の目からだ。

見られたら困る、のではない。見えていることが困る。人が見ていないと知っても、自分は毎朝それを見る。風呂に入るたびに見る。腕を洗うたびに触る。

そこから逃げる方法はない。

だから、袖で覆う。誰のためでもなく、自分が見なくて済むように。

二十年、そうしてきた。

謝れば済むことなら、とっくに済ませている。何か悪いことをしたのなら、その相手に謝る。でも、やけどをしたことは誰にも迷惑をかけていない。緩んだねじを放っておいた自分の不注意ではあるが、それは二十年前に自分で許した。

許したのに、消えなかった。

あさ子は一度、この話を人にしようとしたことがある。

三十五のとき、職場の飲み会で、同僚の一人が自分の傷跡の話を明るくしていた。手術の痕を「勲章」と呼んで笑わせていた。

その場の空気なら、言えると思った。

「わたしも実は」まで言って、そのあとが出てこなかった。

言えば、笑い話にしなければならない。笑い話にできるものだけが、あの場に置けるものだった。あさ子にはそれができない。二十年隠してきたものを、三十秒で軽いものに作り替えることが、どうしてもできなかった。

「わたしも実は、暑がりで」と言って、話を変えた。

誰も不審に思わなかった。

そのとき、あさ子はもう一つのことに気づいた。恥ずかしいのは腕ではなく、二十年も隠していることのほうかもしれない。たかがこれくらいのことを、と自分でも思う。思うのに、やめられない。

恥は、そうやって二階建てになる。

つまりこれは、やったことへの後悔ではない。そういう体になった、ということへの感情だった。

そこには謝る相手がいない。取り消す方法もない。

エピローグ

あさ子は今年も、半袖を買っていない。

四十歳になって、そろそろどうでもよくなるかと思っていたが、そうはならなかった。

ただ、一つだけ変えたことがある。

去年から、夜だけベランダに出るようになった。洗濯物を取り込むときに、袖をまくって、五分ほど立っている。

夜なので誰にも見えない。自分にも、あまり見えない。

意味のあることではない。日に焼けるわけでもないし、痕が薄くなるわけでもない。

ただ、二十年ぶりに、外の空気が左の腕に当たっている。

一度、母に言われたことがある。あさ子が二十代のころだ。母は痕について何も言わず、こう言った。

「あんた、夏になると機嫌が悪いね」

それだけだった。母は去年亡くなった。

あさ子は、あの一言をよく思い出す。母は知っていたのだと思う。知っていて、腕の話をしなかった。

いまもクローゼットには長袖しかない。明日も、袖の丈から決める。

――恥は、他人の目ではなく、自分の目でできている。あなたは毎朝、何から先に決めていますか。

ソウルミッション358

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