裾を出しておく
十七で踊るのをやめた。娘は続けている。十二年、発表会の衣装を縫い続けている。娘が伸びるぶんだけ、毎年、裾を余分に出しておく。自分が着られなかったものを、自分の手で娘に着せている。娘のためだと言いながら、それだけではないと知っている人生。

朗読で聴く
第一章 十七でやめた
早瀬紀子がバレエをやめたのは、十七のときだ。
理由は一つではない。父が仕事を変えて家計が変わったこと。同じ教室の二人が先に留学の話を決めたこと。自分の足の甲が、どうやっても要求される形にならないと気づいたこと。
どれか一つなら続けられた気がする。三つ同時に来た。
やめると決めた日、紀子は先生に何も言えなかった。母が代わりに電話をした。紀子はその横に座って、母の背中を見ていた。
そのあと三年ほど、劇場に近づかなかった。
二十六で結婚して、二十八で娘が生まれた。あかりと名づけた。
あかりが五つのとき、テレビでバレエをやっていた。あかりが画面の前で立ち上がって、真似をした。紀子は何も言わなかった。
一週間後、あかりが「習いたい」と言った。
紀子は、その場では返事をしなかった。
夫に相談すると「いいんじゃない」と言われた。夫は紀子が踊っていたことを知っているが、やめた経緯を詳しくは知らない。
三日考えて、紀子は教室を探した。
自分が通っていたところとは別の教室を選んだ。それだけは、はっきり意識してそうした。
第二章 指の腹
あかりはいま十七になる。
十二年続いている。紀子が続けられなかった年齢を、去年、超えた。
その十二年、紀子はずっと衣装を縫っている。
はじめは教室の手伝いだった。発表会前は人手が足りない。紀子は元経験者で、家庭科も得意だった。自然にそうなった。
いまは、あかりの衣装は全部紀子が縫っている。教室からも何着か頼まれる。
チュチュの縫い方は独学だ。本を買って、写真を見て、ほどいて、また縫った。最初の年に作ったものは、いま見ると笑ってしまうほど雑だ。それでもあかりはそれを着て踊った。
十二年で、紀子の指は変わった。
右手の中指の腹が硬くなっている。針を押すところだ。人差し指の側面も同じように厚い。冬になると割れる。
踊っていたころの体は、もうどこにも残っていない。足の甲も、腹筋も、二十年前に消えた。
かわりに、針を持つ指ができた。
紀子はときどきそれを見て思う。自分の体は、二回作り替えられた。一回目は踊るために。二回目は、踊る人のために。
二回目のほうが長く続いている。
あかりが七つのころ、一度だけ、紀子は教えようとしたことがある。
家の廊下で、あかりが同じところを何度も間違えていた。紀子には直し方がわかった。足の置き方を少し変えるだけの話だった。
「ちょっと貸して」と言いかけて、口を閉じた。
言えば直る。直れば、あかりは喜ぶ。それは間違いない。
ただ、そのあと自分がどうなるかが、その瞬間に見えた。
直せば、次も直したくなる。次の次も。やがて自分は、あかりの踊りの中に入っていく。二十年前にやめたはずの場所へ、娘の体を通って戻っていく。
それは、してはいけないことのように思えた。
紀子は「先生に聞いておいで」と言った。
あかりは「うん」と言って、走っていった。
その日から、紀子は一度も教えていない。十年、一度もだ。
かわりに縫っている。
縫うことなら、あかりの体の中には入らない。外側から包むだけだ。紀子が自分に許したのは、そこまでだった。
第三章 夫が数えているもの
夫の稔は、発表会の回数を数えている。
「今度で十四回目か」と、毎年言う。ビデオを撮るのが役目で、ハードディスクに年ごとのフォルダを作っている。順番に並んでいるのを見るのが好きらしい。
紀子は、回数を数えていない。
かわりに、縫った衣装の数なら答えられる。二十三着になる。あかりのぶんだけで。
いや、正確には、数えているのはそこではない。
紀子が本当に覚えているのは、毎年、裾を何センチ余分に出しておいたかだ。
あかりは伸びる子だった。小学校の高学年で毎年五センチ伸びた。だから紀子は、仕上げのときに裾を余分に折り込んでおく。翌年ほどけば、そのまま着られる。
その数字を、紀子は全部覚えている。四センチ、六センチ、六センチ、三センチ。
同じ発表会を、同じ席で見ている夫婦が、まったく別のものを数えていた。
稔の十四回は、家族の思い出だ。紀子の裾の寸法は、誰にも言ったことがない。
第四章 軽々と
あかりは、軽々とやる。
紀子がそう思うようになったのは、あかりが中学に上がったころだ。
たとえば、紀子が半年かけても入らなかった回転が、あかりは三週間で入った。紀子が最後までできなかった跳び方を、あかりは「怖い」と言いながら二回目でやった。
才能というものは、たしかにある。
紀子はそれを、誰よりも近くで見ている。
うれしい。それは間違いなくうれしい。あかりが跳ぶのを見ていると、自分の中の何かが持ち上がる。
同時に、腹の底のほうに、別のものが沈む。
紀子はそれに名前をつけずに十年以上やってきた。
つけたのは、去年だ。
あかりが留学の選考に通った。紀子が十七で断念したのと同じ種類の話だった。あかりが「行っていい?」と聞いた。紀子は「もちろん」と言った。
言ったあと、台所で洗い物をしながら、手が止まった。
羨ましい。
そう思った自分に、しばらく動けなかった。
娘に嫉妬する母親。世の中でいちばん醜いとされている形だ。
しかも紀子は、あかりのために十二年縫ってきた。二十三着縫った。それが全部、自分の羨ましさの上に建っていたのだとしたら。
その夜、紀子は縫わなかった。十二年で初めて、手が動かなかった。
第五章 渡さない
三日後、紀子はまた縫いはじめた。
やめる理由がなかったからだ。発表会は近づいていたし、あかりの衣装は誰かが作らなければならない。
縫いながら、紀子は自分に一つだけ確かめた。
もし教室が「衣装はこちらで用意します」と言ったら、自分は喜ぶだろうか。
喜ばない、とはっきりわかった。
それどころか、渡したくないと思う。ほかの誰かがあかりの衣装を縫うのは、いやだ。
そのとき、紀子は自分の感情の形を、初めて正確に見た。
娘のためだけではない。それは前から知っていた。
そうではなく、渡すことと、手放さないことが、同じ手の中で両方できてしまうということだった。
自分は、あかりに全部与えている。時間も、金も、十二年も。惜しんだことは一度もない。
同時に、与える場所を自分だけのものにしている。
その二つは矛盾していない。むしろ、同じ一つのものだった。
紀子はそれを、悪いことだとは思わないことにした。
思わないことにした、というのが正確だ。許したわけでも、納得したわけでもない。ただ、この形で十二年やってきて、あかりは元気に踊っている。それ以上の結論は、自分には出せない。
出せないまま、裾を余分に出しておく。
エピローグ
あかりは今年の夏に発つ。
留学先の寮では、衣装は現地で借りるらしい。紀子が縫うのは、行く前の発表会が最後になる。
紀子はいま、その一着を縫っている。
裾は、今年も余分に出しておいた。
もう伸びないだろう、とわかっている。あかりの身長は二年前から変わっていない。それでも折り込んだ。理由は自分でもわからない。
先週、あかりが部屋に入ってきて、それを見た。
「まだ伸びると思ってる?」と笑った。
紀子は「癖」と答えた。
あかりは衣装を持ち上げて、裏返して、折り込んである裾を見た。それから、こう言った。
「これ、ずっとあったんだね」
それだけ言って、出ていった。
紀子はしばらく、手を止めていた。
あかりが何を思って言ったのかはわからない。感謝でもなかったし、責めてもいなかった。ただ、気づいたということを言っただけだと思う。
それで十分だった。
十分だった、というのも正確ではない。羨ましさは、いまも同じ場所にある。減っていない。あかりが飛行機に乗る日には、たぶんもっとはっきりする。
ただ、二十三着の裏側に、誰も見ない折り目が二十三ぶんある。
それは、紀子のものだ。
――渡すことと、手放さないことは、両方できてしまう。あなたは毎日、誰のために縫っていますか。
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