他人の一秒
生まれつき心臓が弱く、走ることを止められた。中学の陸上部で記録係になり、そのまま四十年、地方紙のスポーツ担当として他人のタイムを書き続けている。自分の記録は一つもない。顔も知らない誰かの一秒を、四十年、正確に刻み続けている人生。

朗読で聴く
第一章 走ってはいけない
水沢志乃は、走ったことがない。
正確には、走ってはいけないと言われて育った。生まれつき心臓の弁に不具合があり、五歳のときの検査でそれがわかった。手術をするほどではないが、心拍が上がると危ない。医者はそう言った。
小学校の体育は、いつも見学だった。マラソン大会の日は、教室に一人でいた。
そういう子どもが不幸だったかというと、そうでもない。本を読んでいればよかったし、周りも慣れていた。志乃自身、走りたいと思った記憶がほとんどない。走るという行為が、はじめから自分の側にないものとして育った。
変わったのは、中学に入ってからだ。
友達に誘われて陸上部の見学に行った。入れないのはわかっていたが、断る理由もなかった。
グラウンドで、三年生の女子が四百メートルを走るのを見た。
そのとき志乃は、生まれて初めて、走ってみたいと思った。
思ってしまった、と言ったほうが近い。それまで一度も欲しくなかったものが、その日の夕方にいきなり形を持った。十三歳だった。
顧問に「マネージャーならできる」と言われて、志乃は記録係になった。
第二章 親指
記録係の仕事は単純だ。
スタートの合図で押す。ゴールで止める。読む。書く。それだけを、一日に何十回も繰り返す。
志乃はそれが得意だった。
得意になった理由ははっきりしている。ほかにやることがなかったからだ。走れない体で部活に居続けるには、走る人より正確でいるしかない。
三年で、志乃の計時は顧問より速くなった。人間の反応には限界があるが、限界の中で揺れない人と揺れる人がいる。志乃は揺れなかった。走らない体は、余計な息をしない。
高校でも記録係を続けた。大学は文学部に入ったが、地方紙の記者になり、配属はスポーツ担当だった。
以来、四十年になる。
いま志乃は五十三で、右の親指の付け根が変形している。四十年、同じ角度で同じ動作を繰り返した結果だ。医者に見せたら「これは職業ですね」と言われた。
体に残ったものは、それしかない。
心臓は結局、大きな問題を起こさなかった。だから志乃の人生には、病人としての物語もない。走れないが、死にもしない。ただ、走る側には一度も行かなかった。
四十年で強くなったのは、右の親指だけだ。
第三章 後輩が数えているもの
同じ部署に、二十代の後輩がいる。名前は坂井という。
坂井は、署名記事の本数を数えている。
「今月で九本です」と、聞いてもいないのに言う。年間の目標があるらしく、達成状況を口に出して確認している。悪気はないし、若い記者なら普通のことだ。
志乃は、自分の署名記事の本数を数えたことがない。
数えていないというより、記憶していない。四十年書いてきて、何本になるのか見当もつかない。
かわりに志乃が覚えているのは、他人の記録のほうだ。
一九九四年の県大会、女子八百メートルの優勝タイム。二〇〇七年に高校記録が出た日の風速。去年の駅伝で、六区の子が最後の三百メートルで何秒縮めたか。
聞かれれば、いくつでも出てくる。
同じ職場で、同じ年数を過ごしていく二人が、まったく別のものを数えていた。
坂井の九本は、坂井のものだ。志乃が覚えている数字は、一つも志乃のものではない。
一度、坂井に言われたことがある。
「水沢さん、数字めちゃくちゃ覚えてますよね。なんでですか」
志乃は「仕事だから」と答えた。
それは答えではなかった。仕事だから覚えているのではない。覚えていることしか、自分の側に置けるものがなかった。
第四章 誰かの一秒
志乃が刻んでいるのは、いつも誰かの一秒だ。
四十年、一度もそうでなかったことがない。
三十代のころ、それに気づいた日がある。県の記録会で、無名の高校生が自己ベストを二秒縮めた。志乃はそれを計り、その場で記事にした。翌朝の紙面に、三行だけ載った。
その子は、いま四十歳を過ぎている。たぶん走っていない。
でも、あの二秒はいまも記録として残っている。志乃が押したから残った。
そのことに誇りがあるかというと、ある。
同時に、羨ましさもある。
志乃は、羨ましいという言葉をずっと使わずにきた。使ったら終わりだと思っていた。走れない体に生まれたことは誰のせいでもないし、恨む相手がいない。恨む相手がいない羨ましさは、口に出すと自分にだけ返ってくる。
だから志乃は、それを「好きだから」と呼び替えて四十年やってきた。
陸上が好きだから続けている。実際そうだ。嘘ではない。
ただ、好きの中に、一生届かないものへの羨ましさが混ざっている。それは分けられない。四十年やって、分けられないままだった。
一度だけ、深夜のグラウンドに入ったことがある。四十を過ぎたころだ。取材の帰り、鍵が開いていた。
志乃はスタートラインに立った。
走らなかった。
走れば心臓が危ないからではない。走ったら、走れることがわかってしまうか、走れないことがわかってしまうか、どちらかだったからだ。どちらも受け取りたくなかった。
十分ほど立って、帰った。
第五章 譲らなかったもの
去年、坂井が計時を間違えた。
コンマ以下の話で、大勢に影響はなかった。訂正も出さずに済んだ。
志乃は坂井を呼んで、はっきり注意した。自分でも驚くほど強い言い方になった。坂井は謝ったが、あとで「あんなに怒られると思わなかった」と別の同僚に言っていたらしい。
その夜、志乃は自分の言い方を反芻した。
なぜあんなに強く言ったのか。
四十年、志乃が譲らなかったものは一つしかない。正確であることだ。それしか持っていなかった。走る側に行けない人間が、走る人のそばに居続けるために、たった一つだけ差し出せたものが正確さだった。
それを軽く扱われた気がした。
そう気づいたとき、志乃は少し楽になった、わけではない。
かわりに、こう思った。
自分が羨ましがっていたのは、走ることそのものではなかったのかもしれない。
自分の名前がついた記録が一つも無いということ。それが四十年、ずっと胸にあった。走る子たちは、みんな自分の数字を持っている。速くても遅くても、その子のものだ。
志乃には、一つもない。
ただ、坂井を叱った夜に、初めてこう思った。
四十年、正確に押し続けたということ自体は、たぶん自分の記録だ。
誰も計ってくれない種類の記録ではあるが。
それで羨ましさが消えたわけではない。消えないままで、置き場所が一つできただけだった。
エピローグ
今年も春の記録会がある。
志乃は五十四になる。親指はもう完全には曲がらない。あと何年押せるかはわからない。
坂井は最近、志乃の計時のやり方を見に来るようになった。教えてくれとは言わない。ただ、横に立っている。
志乃は何も教えていない。押すところを見せているだけだ。
一度だけ、坂井が「これ、才能ですか」と聞いた。
志乃は「四十年やっただけ」と答えた。
そのあと少し考えて、こう付け足した。
「走らんかったから、こっちが伸びた」
坂井は笑った。志乃も笑った。冗談として通ったので、それでよかった。
スタートの合図が鳴る。志乃の親指が下りる。
グラウンドを走っているのは、今日も自分ではない。
――誰かの一秒を、正確に受け取ることも、たぶん仕事だ。あなたは毎日、誰の記録をつけていますか。
あなたの魂のテーマに気づく場所