毎日、はじめまして
母に会うたび「あなた誰」と聞かれる。訂正しても意味がないので、毎回「はじめまして」と笑う。娘であることを毎日手放し続けることを、四年やっている人生。

朗読で聴く
第一章 あなた誰
面会室のドアを開けると、母が顔を上げる。
そして、こう言う。
「あなた誰?」
四年、ずっとこれだ。宮下優子は五十一になる。母は八十で、四年前から施設にいる。
最初の一年は、訂正していた。
優子だよ、と言った。娘の優子。名前を出して、思い出してもらおうとした。母は不思議そうな顔をして、しばらく考えて、それから「ああ」と言うことがあった。思い出したのではなく、話を合わせていたのだと、あとになってわかった。
うまくいかなかった日は、母が混乱した。知らない人が自分の名前を知っている、という状況になるからだ。怖がらせてしまった日もある。
二年目から、優子は訂正するのをやめた。
いまは、こう答える。
「はじめまして」
そう言うと、母は少し安心した顔をして、「あら、そうですか」と言う。丁寧な人なので、知らない相手にはきちんと応対する。優子が子どものころから、そういう人だった。
礼儀だけが最後まで残る、というのは施設の職員も言っていた。生活のいちばん古い層にあるものは、なかなか消えないのだそうだ。
母は娘を忘れたが、初対面の人に丁寧にすることは忘れていない。
第二章 頬が疲れる
はじめまして、と言うときは、笑う。
笑ったほうが、母が安心するからだ。知らない人が来た。でもその人は感じがいい。だから怖くない。母の中では、たぶんそういう処理がされている。
四年やって、優子の顔で疲れるのは、頬だけになった。
これは冗談ではない。施設からの帰り道、車の中で、優子は頬を手で押さえることがある。同じ筋肉を同じ角度で、決まった時間、使い続けている。仕事の笑顔とも違う。仕事の笑顔には終わりがあるが、こちらは母がいるあいだ続く。
体は正直で、使ったところだけが疲れる。
はじめの一年は、帰り道でよく泣いた。
二年目からは泣かなくなった。三年目には、帰りにスーパーに寄って夕飯の買い物ができるようになった。四年目のいまは、面会のあとに友人と会う予定を入れることもある。
これを回復と呼ぶのか、麻痺と呼ぶのかは、優子にはわからない。
心のほうは、もう疲れなくなった。
それがいいことなのかどうか、優子にはわからない。慣れたのではないと思っている。感じる場所が、心から頬に移っただけかもしれない。
第三章 弟が数えているもの
弟の慎二は、月に一度来る。
遠方に住んでいて、それが精一杯なのは優子もわかっている。責めたことはない。
慎二は、回数を数えている。
去年は何回行った、今年はもう何回、という話をする。「姉ちゃんばっかり負担かけて悪い」と言いながら、自分の回数を確認している。数えることで、自分が何かをしている証拠にしているのだと思う。
優子は、はじめましての回数を数えていない。
数えていないというより、数えられない。行くたびに一回とは限らない。同じ面会のあいだに二度聞かれることもある。トイレから戻ってきた母に、もう一度「あなた誰?」と言われたこともある。
同じ母を持つ姉弟が、まったく別のものを数えていた。
慎二の数字は、彼を少し楽にする。優子の数えているものは、数えたところで何にもならない。
一度、慎二に「よく笑えるね」と言われた。悪気はなかった。感心していたのだと思う。
優子は「笑うだけならできるから」と答えた。
言ってから、それが自分の本音だと気づいた。ほかにできることが、何もない。
治すことはできない。進行を止めることもできない。思い出させることもできない。専門家でもない優子にできるのは、部屋に入って、笑って、隣に座ることだけだ。
四年やって、できることは増えていない。減ってもいないが、増えてもいない。
第四章 ひとり減った
母は、優子の子どものころのことを覚えていない。
正確に言えば、優子と結びつけられなくなった。娘がいたことは覚えている。その娘が小さいころ、川で転んで泣いたことも、断片としては残っている。ただ、目の前にいる女がその娘だ、という線がつながらない。
去年、父が亡くなった。
父は最後まで頭がはっきりしていた。葬儀のあと、優子は妙なことに気づいた。
自分が娘だったことを覚えている人が、この世からひとり減った。
母はもう覚えていない。父はいなくなった。慎二は覚えているが、弟は姉としての優子しか知らない。母の娘としての優子を、外から見ていた人は、もういない。
そのことに気づいた夜、優子は台所でしばらく立っていた。
悲しいとも違った。自分の一部が、証明できなくなったという感じだった。証明する必要のあるものではないが、証明できないと知ってしまうと、足元が少し薄くなる。
優子には子どもがいない。夫とは十年前に別れた。
だから、優子を娘として見る人は、この世にもういない。姉としては慎二がいる。友人としては何人かいる。職場では課長として扱われる。役割はいくつも持っている。
娘だけが、抜けた。
役割というのは自分ひとりでは成り立たないのだと、優子は初めて知った。相手が覚えていてくれることで、はじめて成立する。片方が忘れると、静かに消える。
取り戻す方法は、ない。探しても、ない。
第五章 それでも握る
去年の秋、母がめずらしく機嫌のいい日があった。
窓辺に座って、外を見ていた。優子が隣に座って、いつものように「はじめまして」と言うと、母は「はい、はじめまして」と丁寧に返した。
そのあと、しばらく二人で外を見ていた。
そのうち、母が手を伸ばしてきた。
優子の手を取って、両手で包んだ。何も言わなかった。優子も何も言わなかった。母はそのまま、五分ほど握っていた。
誰だか知らないまま、握っていた。
優子は、そのとき初めて泣いた。四年で初めてだった。母は驚いて、「どうしたの」と聞いた。優子は「なんでもない」と答えて、笑った。頬の筋肉が、いつもどおり動いた。
名前は消えた。関係も消えた。母の中に、優子という人はもういない。
それでも、手を握るということが残った。
なぜ残ったのかは、優子にはわからない。名前より古い場所に、そういうものが置いてあるのかもしれない。医学的な説明はあるのだろうが、優子は調べなかった。調べたら、たぶん違うものになる。
その日から、優子は少しだけ考え方を変えた。
母に何かを思い出させようとするのを、完全にやめた。かわりに、母がいま持っているものだけを見ることにした。丁寧さが残っている。手を伸ばすことが残っている。窓の外を見るのが好きなことも残っている。
失われたものを数えれば、きりがない。残っているものを数えると、数えられる程度しかない。だから数えられる。
エピローグ
今日も、優子は施設へ行く。
週に三度。ドアを開けて、母が顔を上げて、あなた誰、と言う。
はじめまして、と優子は答える。
これが最後の日まで続くのか、途中で言われなくなるのかは、わからない。言われなくなるほうが、たぶん先に来る。
そうなったとき、自分は何をするのだろうと、優子はときどき考える。答えは出ない。
施設の職員に一度聞いたことがある。何も反応がなくなった方のご家族は、どうされていますか、と。
職員は少し考えて、「来られる方は、来られますね」と言った。何をするわけでもなく、座って帰る方が多いです、と。
優子は「そうですか」と答えた。それは答えではなかったが、いまの優子が受け取れる形をしていた。人は、自分がそこに立つまで、他人の結論を使えない。
いまは、はじめまして、と言える。言えるうちは、言う。
そのあと、隣に座って、同じ窓のほうを見る。
――あなたは毎日、誰にとっての誰ですか。
あなたの魂のテーマに気づく場所