よく切れる日
刃を研いでいるときだけ、理由のわからない怒りが来る。今世に原因はない。その怒りが来た日ほど、刃はよく切れる。憎んでいるものに自分の仕事の質を支えられている。それを抱えたまま、毎日砥石の前に座る人生。

朗読で聴く
第一章 来る日がある
杉野健二は、朝いちばんに砥石を出す。
三代目になる。祖父が始めて、父が継いで、健二が継いだ。商店街の端にある間口の狭い店で、近所の料理屋と家庭の包丁を預かって研いでいる。ほかに何もしていない。三十年、それだけをやってきた。
作業は決まっている。水に浸けた砥石を台に据えて、正座して、刃を寝かせて、押す。引く。角度を変えない。それだけのことを、一日に何本も繰り返す。
包丁は、持ち主の癖を覚えている。
刃元ばかりが減っている包丁は、その人が野菜を押し切りしている。先のほうだけ丸くなっているのは、細かいものをよく刻む人だ。健二は預かった一本を見れば、その家の台所がだいたい想像できる。
そういう仕事を三十年やってきた。地味だが、性に合っている。刃を戻すというのは、その人の手癖をもう一度使えるようにするということだ。
来る日がある。
砥石の前に座って、二本目か三本目にかかったあたりで、腹の底が急に熱くなる。何かが立ち上がってくる。それはまぎれもなく、いかりだった。
相手はいない。
その日、嫌なことがあったわけではない。客に腹を立てているのでもない。刃にでも、仕事にでもない。何に向かっているのかまったくわからないものが、腹の底にだけ、はっきりとある。
三十年、週に一度か二度、それが来る。
第二章 手が冴える
来た日は、手が冴える。
これは健二が長いこと誰にも言わずにいたことだ。腹の底が熱くなっているとき、指先だけが異様に正確になる。角度がぶれない。力が均等に乗る。砥石に当たっている面の感触が、ふだんの倍くらいの解像度で伝わってくる。
頭は落ち着いている。手も落ち着いている。腹だけが別の生き物のように熱い。
そして、その日に研ぎ上げた刃が、いちばんよく切れる。
自分でわかるし、客にもわかるらしい。「今回のはよう切れるわ」と言われる回数と、あの日が来た回数は、たぶん一致している。健二は数えたことはないが、感覚として合っている。
三十年やってきて、健二はこの体のことをこう理解している。自分の中には、自分の知らないものが入っている。それが動く日には、手が良くなる。
なぜ良くなるのかもわからない。怒っているのに手が荒れないというのは、本来おかしい。腹が立てば力が入る。力が入れば角度が崩れる。それがふつうだ。
ふつうではないものが、この体には入っている。
一度、来た日と来ない日で、同じ包丁を同じ手順で研いで、比べてみたことがある。
新聞紙を切って試した。来ない日に研いだ刃は、まっすぐ落ちた。よく研げていた。来た日に研いだ刃は、落ちるというより、紙のほうが勝手に開いた。抵抗が一段少ない。
素人には同じに見えるだろう。健二にはまったく違って見えた。
これを説明できる人が、どこかにいるのだろうか。健二は思ったことがある。いるとしても、自分がその人に会うことはたぶん一生ない。
第三章 弟が数えているもの
弟の和彦は、店を継がなかった。
大学を出て、機械の会社に入って、いまは別の県にいる。年に一度か二度、帰ってくる。悪い仲ではない。
和彦は、売上を数えている。
帰ってくるたびに、店の数字を聞く。研ぎ一本いくらか、月に何本か、家賃はいくらか。悪気ではなくて、心配しているのだ。「兄ちゃん、それ、続けられるん」と何度も言われた。
健二は、来た日の数を数えている。
数えているというより、覚えている。あの日が来た日は、覚えてしまう。三十年ぶん、頭のどこかに積んである。何の役にも立たない在庫だ。
同じ家に生まれた兄弟が、まったく別のものを数えていた。
和彦の数字は通帳に残り、意味がある。健二の数えているものは、どこにも書けないし、書いたところで誰も読まない。
一度だけ、和彦に話しかけたことがある。研いでいるとき、たまに、変な感じになるんや、と。
和彦は「疲れとるんちゃう」と言った。それで終わった。健二も、それ以上は言わなかった。
説明できないものを人に話すと、必ず一番近い説明を返される。疲れ、加齢、ストレス、思い込み。どれも間違ってはいない。ただ、どれも当たっていない。
返された説明を持ち帰って、健二は何度も自分に当てはめてみた。当てはめているあいだは少し落ち着く。剥がれると元に戻る。それを繰り返すうちに、人に話すのをやめた。
やめたのは、諦めたからではない。話すたびに、自分の中の本当のかたちが、少しずつ削られていく感じがしたからだった。
第四章 誰も知らなかった
原因は、探した。
まず父に聞いた。研いでいるときに変な感じになることはあるか、と。父は「ない」と言った。首をかしげて、それから少し心配そうな顔をした。
祖父はもう亡くなっていたが、祖母に聞いた。祖母も知らなかった。うちの家系にそういう話はない、と言われた。
火事も、事故も、刃物にまつわる出来事も、この家には何も伝わっていなかった。近所にもなかった。健二自身、指を落としかけたことすらない。
病院にも行った。四十のときだ。
内科では何も出なかった。紹介された心療内科で、パニック障害の一種ではないかと言われて、薬を出された。半年飲んだ。飲んでいるあいだも、来る日は来た。頻度も強さも変わらなかった。
医者は最後に「原因が特定できないものもあります」と言った。健二はその言葉を、いまでもときどき思い出す。
あれは、匙を投げた言葉ではなかったと思う。むしろ誠実だった。わからないものをわからないと言える医者に、健二はそのとき初めて会った。
それでも、帰り道は重かった。
原因がわかれば、対処できる。対処できなくても、名前がつけば、それを持って生きていける。名前のないものを三十年抱えるというのは、そのどちらでもない状態に居続けるということだった。
今世には、何もない。
生まれてから五十八年のどこにも、これに対応する出来事はない。探し方が足りないのではなく、単に、ない。
第五章 それが、ずっと嫌だった
いちばん困るのは、それが役に立っていることだった。
もしただ苦しいだけなら、話は単純だった。取り除きたいもの、として扱えばいい。ところがこれは、健二の仕事の質を確実に上げている。
自分の腕を褒められるたびに、健二の中に妙なものが残る。褒められているのは自分の三十年か、それとも、自分の知らない何かか。
それが、ずっと嫌だった。
素直に「ありがとうございます」と言えない。言いながら、心のどこかで割り引いている。この一本は自分だけの手柄ではない、と。
五十を過ぎて、健二はその考え方をやめた。
きっかけらしいきっかけはない。強いて言えば、ある日ふと思ったのだ。三十年かけて角度を保つ体を作ったのは自分だ。あの熱が来たときに、それを刃に乗せられる体を作ったのも自分だ。
熱だけあっても、体がなければ何にもならない。体だけあっても、あの日ほどは切れない。
両方いる。
憎んでいるものに、支えられている。健二はそれを、そこでようやく認めた。認めても、好きにはならなかった。好きになる必要もないと思った。
認めてから、一つだけ変わったことがある。
褒められたときに、割り引かなくなった。「ありがとうございます」と言って、それで終われるようになった。手柄が誰のものかを内側で計算するのを、やめただけだ。
たいした変化ではない。ただ、三十年ぶんの居心地の悪さが、そこで少しだけ減った。
エピローグ
今朝も、健二は砥石を出した。
水に浸けて、台に据えて、正座して、一本目を寝かせた。今日は来ていない。来ない日のほうが多い。
来ない日の刃も、悪くはない。三十年ぶんの角度が入っている。ただ、あの日ほどではない。
それでいいと思っている。あれは、注文して来るものではない。
来たら、使う。わからないまま、使う。三十年やって健二にできるようになったのは、それだけだった。
正座した膝が、そろそろ痛む年になった。あと何年できるかは、自分でもわからない。
継ぐ者はいない。和彦の子はもう社会人で、この仕事をやりたいとは言わない。健二が終われば、この店は終わる。
そうなったとき、あの熱はどこへ行くのだろうと、健二はときどき考える。行き先があるのかどうかも、わからない。
窓の外が明るくなってきた。まだ、はっきり晴れてはいない。
――あなたは毎日、なにと一緒に働いていますか。
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