覚えのない火
火を見ると、理由のわからない怒りが体の底から立ち上がる。今世にその原因はどこにもなく、家族の誰も知らない。四十年かけて探し、見つからないまま探すのをやめる。理由のない怒りに戸惑い続けることを、味わいに来た人生。

朗読で聴く
第一章 八月十六日
その火を見たとき、篠原文子は十四歳だった。
八月十六日の夕方、実家の門口で送り火を焚いていた。母が麻がらを組んで、マッチで火をつけた。小さな、頼りない炎だった。近所でも同じ時刻に同じことをしていて、通りのあちこちに似たような火があった。
文子は、その前にしゃがんで見ていた。
来たのは、そのときだった。
腹の底が、急に熱くなった。熱いというより、そこに何かが立ち上がってきた。それは間違いなく、いかりだった。誰かを許せないという感じの、強い、はっきりしたものだった。
相手がいない。
何に対して怒っているのか、まったくわからなかった。母に対してでも、家に対してでも、自分に対してでもない。ただ、体の中にそれだけがあった。
三十秒か、一分か、それくらいで引いた。
引いたあと、文子はしばらく動けなかった。怖かったのではない。自分の中に、自分の知らない部屋があると知ってしまったことに、うまく反応できなかった。
隣で母が「そろそろ入ろか」と言った。文子は「うん」と言って立ち上がった。足が少し震えていた。
文子は誰にも言わなかった。言葉にできなかったし、言えば心配されるとわかっていた。
以来、四十年。火を見るたび、同じことが起きる。
第二章 頭と腹
文子は、怒らない人だと言われて生きてきた。
中学校の事務室で働いて三十年になる。理不尽なことは山ほどあった。保護者に長時間怒鳴られたことも、明らかに他人のミスを押しつけられたこともある。そういうとき、文子は怒れない。
腹が立たないのではない。立つ前に、なだめる回路が先に動く。相手にも事情があるのだろう、と本気で思ってしまう。同僚には「文子さんは仏さんやね」と言われる。
ところが、火の前では違う。
頭のほうは、完全に落ち着いている。いま自分は無事で、危険もなく、腹を立てる理由が何もない、ということが冷静にわかっている。
なのに、腹の底だけが別の生き物のように熱くなる。
この体には、自分の知らない記憶がある。文子はそう考えるようになった。頭が知らないことを、体のどこかが知っていて、火を見ると反応する。何を知っているのかは、体も教えてくれない。
一度だけ、実験のようなことをしたことがある。
台所でガスの火をつけて、じっと見た。何も起きなかった。ライターの火も、仏壇の蝋燭も、平気だった。反応するのは、外で燃えている、少し大きい火だけらしい。焚き火、送り火、キャンプファイヤー、どんど焼き。
条件がある。条件があるということは、その条件を作った何かがどこかにあったということだ。
文子はそう考えて、また探しはじめる。四十年、その繰り返しだった。
第三章 佳代が数えているもの
妹の佳代は、怒れる人だった。
三つ下で、同じ家に育って、同じ母に育てられた。佳代は昔から母とぶつかった。言われたことを覚えていて、何年たっても持ち出す。
「小三のとき、あんたは要領が悪いって言われた」
「高校の制服、姉ちゃんのお下がりでいいって言われた」
数えているのだ、と文子は思う。佳代は言われたことを一つずつ数えて、しまってある。持ち出すたびに数が増える。母と会うたびに一つ増える。
文子には、それがうらやましかった。
あの怒りには宛先がある。母に言えば伝わるし、言えばいくらか減る。減らなくても、少なくとも「これのせいだ」と言うことができる。
同じ家で同じ母に育てられた姉妹が、まったく別のものを数えていた。
佳代は言われたことを数え、文子は、理由のわからないまま来た回数を数えていた。
宛先がない。だから減らない。誰に言っても、話が終わったあとに残るものが同じだけ残る。
一度、佳代に話したことがある。
佳代は真面目に聞いて、それから「姉ちゃん、それ、母さんのことちゃうの」と言った。母への怒りを、自分では認められないから、別のものにすり替えているのではないか、と。
その説は、悪くないと文子も思った。実際、何年かそれを疑って過ごした。母と正面から話す機会も作った。言いたいことも言ってみた。
火の前で来るものは、一ミリも変わらなかった。
説明がつかないものに、人はとりあえず一番近い説明を貼る。貼れば楽になるからだ。文子も何度も貼ってみた。剥がれるまでの時間が、だんだん短くなっていっただけだった。
第四章 探した四十年
原因を探すのに、文子は四十年を使った。
まず、母に聞いた。小さいころに火事に遭ったことはないか、と。母は「ないよ」と即答した。近所でも、親戚でも、火事の話は出てこなかった。祖母にも聞いた。祖母も知らなかった。
戦争の話も調べた。この家の誰かが空襲や火に関わっていないか。父方も母方も、そういう記録は残っていなかった。
三十代のとき、カウンセリングに通った。
「幼少期の、覚えていない出来事の可能性がありますね」と言われた。文子もそう思っていた。何回か通って、話して、思い出そうとした。出てこなかった。
四十代で、催眠療法まで試した。これは自分でも少し恥ずかしかったので、夫にも言っていない。結果は同じだった。何も出なかった。
そこで文子が知ったのは、一つのことだった。
今世には、何もない。
自分が生まれてから今日までの五十四年のどこにも、あの火に対応する出来事はない。探し方が足りないのではなく、単に、ない。
これは奇妙な結論だった。原因のない結果が、四十年、体の中で動いている。
夫にだけは、三十代のころに話した。
夫は「前世とかじゃないの」と言った。冗談のつもりだったと思う。文子は笑って流した。そういう話を本気で持ち出す人間だと思われたくなかった。
けれど、その言葉は残った。否定する材料が、文子には一つもなかったからだ。
信じているわけではない。ただ、今世に無いものを説明しようとすると、今世の外を持ち出すしかなくなる。持ち出したところで確かめようがない。確かめようがないものを、信じるとも信じないとも言えない。
文子は、その宙ぶらりんの場所に四十年立っている。
第五章 治すものなのか
やめたのは、五十を過ぎてからだった。
きっかけは、娘だった。二十六になる娘に、あるとき火の話をした。年をとって、少し口が軽くなっていたのだと思う。話したあと、しまったと思った。心配させると思った。
娘はしばらく黙ってから、こう言った。
「お母さん、それ、治さなきゃいけないものなの?」
文子は答えられなかった。
治すもの。直すもの。原因があって、それを取り除けば消えるもの。四十年ずっとそう思っていた。だから探していた。探すというのは、そういう前提の行為だった。
でも、そうではないのかもしれない。
ただ、あるだけかもしれない。生まれつき左利きなのと同じように、生まれつきそういう反応がついてきただけかもしれない。文子には、それを確かめる方法がない。
その日から、探すのをやめた。
やめても、それは消えていない。いまも火を見れば来る。頻度も強さも、四十年前と変わらない。
変わったのは、来たときに「なぜ」と言わなくなったことだけだった。
「なぜ」を外すと、残るのは戸惑いだけになる。
来る。知らないものが自分の中で立つ。理由はない。それを、そのまま見ている。四十年やってきて、文子ができるようになったのはそれだけだ。慣れとも違う。慣れたら戸惑わない。文子はいまも毎回、戸惑う。
戸惑いは減らないが、戸惑うことに耐える力だけは、少し増えた気がする。
エピローグ
今年の八月十六日も、文子は送り火を焚いた。
母は数年前に亡くなって、いまは文子が焚く側になっている。門口にしゃがんで、麻がらを組んで、マッチをすった。
来た。
いつもと同じように、腹の底が熱くなった。相手はいない。理由もない。
文子は、逃げなかった。立ち上がらず、目もそらさず、火の前に座ったまま、それが通り過ぎるのを待った。四十年でこれができるようになったのは、たぶん進歩と呼んでいい。
一分ほどで引いた。
火はまだ燃えていた。あたりは静かで、通りの向こうにも、いくつか同じような火が見えた。
文子は思った。自分は、これを味わいに来たのかもしれない。
わからないままのものを、ひとつ抱えて、それでも毎日を暮らす。その戸惑いごと、引き受けにきたのかもしれない。
そう思ったからといって、何が解決したわけでもない。来年もまた、同じ日に、同じものが来る。
――あなたは毎日、なにに戸惑っていますか。
あなたの魂のテーマに気づく場所