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まだ名前のないもの

何万粒の泥を篩い続け、数年に一度、まだ誰も見たことのない生き物と顕微鏡越しに出会う。その数分だけ、地球でただ一人それを知っている人間になる。その一瞬のために残りの全部を費やす人生。

まだ名前のないもの

朗読で聴く

第一章 泥が届く

段ボールが届くと、氷室澄夫はまず匂いを確かめる。

中身は深海の泥だ。船が採ってきた柱状の試料を、小分けにして瓶に詰めたもの。表に採取地点の緯度経度と水深が書いてある。海の底の、何万年ぶんかの時間がそこに入っている。

匂いはほとんどない。乾かしてあるからだ。それでも澄夫は毎回、封を開けたときに一度だけ鼻を近づける。四十年やってきた癖で、意味はない。

中身は、ほとんどが砂だ。

澄夫が探しているのは、石灰質の殻を持つ、一ミリの十分の一ほどの生き物だ。ゆうこうちゅう、という。海の中を漂って生きて、死ぬと殻だけが底に沈む。それが何万年ぶんも積み重なって、この泥になっている。

殻の形は種類によって違う。螺旋を巻くもの、房が並ぶもの、丸いもの。だから殻を見れば、その時代の海の温度がわかる。

澄夫がいつも不思議に思うのは、この泥が持っている時間の長さだ。

瓶ひとつのなかに、何千年ぶんかが入っている。一センチ掘り下げるだけで、千年さかのぼる場所もある。人が一生かけて悩むようなことは、この地層のなかでは一ミリにもならない。

そう考えると気が楽になるかというと、そうでもない。むしろ逆で、澄夫は毎回すこし畏まる。自分の一日が、この泥の一ミリにも足りないと知っていて、それでもその一日を使って一粒ずつ拾う。それはそういう仕事なのだ、と思っている。

六十歳。地方の国立大学の准教授で、あと二年で定年になる。

第二章 右目

眼科で言われたことがある。左右の見え方が、かなり違っていると。

顕微鏡を右目で覗く。四十年、そうしてきた。左目は接眼レンズの外を見ていて、右目だけが視野の中にいる。長年やっていると、体がそれに合わせて作り替えられる。

いまでは、右目で見る世界と左目で見る世界の距離感が違う。階段を降りるとき、たまに一段ぶん踏み外しそうになる。

医者は「職業病ですね」と笑った。澄夫も笑った。

代償と呼ぶには小さすぎるし、勲章と呼ぶには地味すぎる。ただ、この体は確かに書き換えられた。顕微鏡を覗くための体になった。それは元には戻らない。

論文は、四十年で十二本しか書いていない。

同期はほとんど教授になった。澄夫はならなかった。研究費の申請書を書くのが遅く、学会での立ち回りも下手だった。それに、時間のかかる仕事を選んでしまった。

一粒ずつ拾う仕事は、早くならない。どうやっても早くならない。

第三章 芦田が数えているもの

同じ研究室に、芦田という准教授がいる。四十代で、分子系統をやっている。

芦田は優秀だ。研究費をよく取ってくる。海外の共同研究も多い。人柄も悪くない。学生の面倒見もよく、澄夫は彼を尊敬している。

芦田は、被引用数を数えている。

自分の論文が何回引用されたか、月に一度は確認していると言っていた。「見ないほうがいいって言われるんですけどね」と苦笑しながら、それでも見るのだという。

「氷室先生は、そういうの気にしないでしょう」と芦田が言った。

澄夫は「見方がわからんのよ」と答えた。半分は本当だった。

同じ研究室にいて、同じように標本と向き合っている二人が、まったく別のものを数えていた。

芦田は引用された回数を数え、澄夫は、見た粒の数を数えていた。

正確に言えば、数えてはいない。一日にだいたい千粒、というのが体感でわかるだけだ。四十年ぶんを掛ければ、途方もない数字になる。その数字はどこにも記録されていないし、誰の評価にもならない。

九百九十九粒は砂だ。それでいい。千粒目のために九百九十九粒を見る。

第四章 声が出ない

去年の十一月、深夜の研究室で、澄夫は手を止めた。

視野の中に、見たことのないものがいた。

螺旋の巻きが、知っているどれとも違った。房の数が合わない。表面の孔の並び方も、記憶にある種のどれとも一致しない。澄夫は接眼レンズから目を離して、一度、天井を見た。それから、もう一度覗いた。

いた。

そのとき、声は出なかった。

大きな声を出すだろうと、ずっと思っていた。若いころ、いつか新種を見つけたら机を叩いて叫ぶだろうと想像していた。実際に来たら、そうではなかった。息を呑む音が、自分の耳に聞こえただけだった。

しばらく、動けなかった。

それから、じわじわとわかってきた。いま、この地球の上で、これを知っているのは自分だけだ。

三十億年ぶん生きてきた系統の、その先端にいる一個の生き物が、いま初めて人に見られている。見ているのは自分ひとりだ。誰にも共有されていない。この状態は、あと数分か、数時間しか続かない。

澄夫は妻に電話した。

夜中の一時だった。妻は寝ていたが出てくれて、話を聞いて、「よかったね」と言った。それから「明日また聞くわ」と言って切った。

正しい対応だと思う。澄夫も、自分が説明できていないことがわかっていた。あれを説明する言葉はない。

電話を切って、澄夫はもう一度顕微鏡を覗いた。

まだいた。

そのあとの数十分が、四十年でいちばんよかった時間だ。

澄夫は椅子に座って、ただ見ていた。倍率を変えて、角度を変えて、光を弱くして、また戻して、何度も見た。記録も取らなかった。写真も撮らなかった。撮るのは明日でよかった。

窓の外が少し明るくなりはじめて、そこでようやく思い出したことがある。

自分はいま、報われていた。

四十年ぶんの、九百九十九粒の側が、いま全部意味を持った。あの日の砂も、あの年の砂も、無駄ではなかった。無駄ではなかったと証明されたのではなく、無駄かどうかを気にする必要がもうなくなった、という感じだった。

誰にも渡せなかったし、渡す必要もなかった。

歓びというのは、分けると増えると言われる。あれは違うと澄夫は思う。分けられない歓びもある。分けられないから小さいのではなくて、分けられないほど自分のものだったということだ。

第五章 名前をつける

新しい種だと確定させるまでに、一年半かかった。

似ている種との比較。標本の作製。走査型の顕微鏡での撮影。世界のどこかで既に記載されていないかの徹底的な確認。地味な作業が延々と続いた。

そして、記載の論文を書く段になって、名前を決めることになった。

新しい種には名前をつける。属の名前と、種の名前。種の名前は、発見者が決めていい。

澄夫は、四十年前に自分に顕微鏡の覗き方を教えた人の名前をつけた。

その人は澄夫の指導教官で、二十二年前に亡くなっている。生涯を通してよく知られた研究者ではなかった。論文も多くない。学生だった澄夫に、こんなことを言った人だった。

「見つからん日のほうが、見る力がつくんよ」

当時の澄夫は、慰めだと思って聞いていた。四十年たって、あれは技術の話だったとわかる。何も出ない泥を千粒見る日々が、目を作る。目ができていないと、出たときに気づけない。

その人はいつも、白衣ではなく作業着のような上着を着ていた。学生の標本を見るときも、まず自分で顕微鏡を覗いてから話をした。「これは何に見える」と聞かれて、澄夫が答えを言うと、「ほんまにそう見えとるか」と必ず返された。

見えていないのに見えたことにするのを、その人はいちばん嫌った。

亡くなったのは急なことで、澄夫は葬儀で泣かなかった。泣く場所が違うと思っていた。返すなら、標本で返すべきだと。二十二年かかった。

論文が受理されたとき、澄夫は五十九だった。

学名は、変わらない。世界のどこかの誰かがその種に言及するたびに、その名前が書かれる。澄夫が死んでも、大学がなくなっても、あの六文字は残る。

論文十二本の人生で、地球に名前を一つ置いた。

エピローグ

今年、研究室に学生が一人来た。

修士の一年で、まだ何をやりたいのかわかっていない顔をしている。澄夫はあと二年で定年だから、この子を最後まで見ることはできない。

最初の日、澄夫はその学生に泥の瓶と篩を渡して、こう言った。

「まず、千粒見なさい。九百九十九粒は砂です」

学生は「はい」と言って、それから「それ、意味あるんですか」と聞いた。

正直な子でよかった、と澄夫は思った。

「ないよ」と答えた。「九百九十九粒には意味がない。でも、千粒目に会うには、それしか道がないんよ」

学生は少し考えて、篩を受け取った。

その背中を見て、澄夫は自分がいちばん最初に千粒を見た日のことを思い出した。あの日から、四十年たっている。

――あなたは毎日、なにを探していますか。

ソウルミッション358

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