両方の名前
提供者の名前と、その心臓が入る人の名前の、両方を知っている唯一の人間として、どちらにも一生なにも言えないまま、搬送の数時間だけ箱に手を置き続ける人生。

朗読で聴く
第一章 三時の電話
柏木悟の携帯は、床に置いてある。
枕もとでは近すぎる。少し離れた床に置いておくと、鳴ったときに一度立ち上がらなければならない。その数歩のあいだに、頭が仕事の側へ切り替わる。十五年かけて身についた手順だった。
その夜も、午前三時二分に鳴った。
悟は起き上がって、電話を取り、五分後には家を出ていた。妻はもう目を覚まさない。最初の二、三年は起きて見送っていたが、いつからか、そのまま眠るようになった。責めるつもりはない。むしろそのほうが助かる。
十五年、三時間より長く続けて眠ったことがない。
正確に言えば、眠れないのではない。眠りの底まで降りない癖がついてしまった。体のどこかが、常に浅いところで待っている。電話が鳴る前から、悟の体は起きている。
臓器移植コーディネーター。名刺にはそう書いてある。
説明するのが面倒なので、初対面の人には「病院関係の仕事です」と言うことにしている。
娘が中学生のころ、一度だけ職業を書く欄で困ったと言われたことがある。悟は説明しようとして、うまく言えなかった。人が亡くなるときに呼ばれる仕事だ、というところまで言って、そのあとが続かなかった。娘は「わかった」と言って、それ以上聞かなかった。
いまも、家族に仕事の話はほとんどしていない。話せないのではない。話すと、自分が何を抱えているかを自分で確かめてしまうからだ。
第二章 勧めてはいけない
この仕事でいちばん難しいのは、勧めないことだ。
脳死とされうる状態になった患者の家族に、選択肢があることを伝える。それが最初の役割になる。伝えるだけで、勧めてはいけない。誘導があってはならない。それは制度の根幹で、悟はそこを一度も踏み外したことがない。
だから、悟の言葉はいつも同じ形をしている。
こういう制度があります。選ぶことも、選ばないことも、どちらも尊重されます。どちらを選ばれても、私たちの対応は変わりません。
そう言い終えたあと、部屋には長い沈黙が来る。
その沈黙のなかに、悟は立っている。何も言わずに、ただ立っている。この時間が、いちばん長い。十五年やっても短くならない。
最初の年、悟は沈黙に耐えられなかった。
何か言わなければと思って、余計なことを言いそうになる。手が汗ばむ。当時の先輩に、あとでこう言われた。「そこで喋ったら、それは誘導や」。以来、悟は口を閉じることを覚えた。
覚えたが、慣れはしなかった。慣れてはいけないのだと思っている。あの部屋で楽になれるようになったら、その日が辞めどきだ。
沈黙のあいだ、家族は人生でいちばん重い決定をしている。こちらが楽でいられる道理がない。
三年前の冬、ある家族と向き合った。
十九歳の息子だった。バイクの事故だった。父親は最後まで一言も喋らなかった。母親は説明のあいだ、ずっと自分の手を見ていた。
三時間後、母親が顔を上げて、言った。
「はい」
泣きながらだった。泣きながら、はっきりと、はいと言った。
悟はそのとき、頭を下げた。それ以外に、できることが何もなかった。
第三章 沼田さんが数えていたもの
摘出の手術が終わると、搬送が始まる。
銀色の断熱ケースに納められ、車で運ばれる。距離によっては飛行機を使う。時間との勝負だと言われるし、実際そのとおりだが、車のなかは驚くほど静かだ。することが何もない。
悟はいつも、ケースの蓋に片手を置いている。
冷たい。当たり前だ。冷やして運ぶのだから。それでも、手を置く。何のためかと聞かれても答えられない。ただ、置かずにいることができない。
この中にあるものは、数時間前まで、誰かの体のなかで動いていた。
搬送の運転手に、沼田さんという人がいた。当時七十近くて、無口で、運転はおそろしく上手かった。
沼田さんは、遅延分数を数えていた。
手帳に、予定時刻との差を毎回書き込んでいる。悟が一度覗いたとき、そこには何百行もの数字が並んでいた。ほとんどが「0」で、たまに「-2」や「-3」がある。早く着いた分だった。プラスは、十年で二回しかないと言っていた。
同じ車に乗って、同じものを運んでいる二人が、まったく別のものを数えていた。
沼田さんは分を数え、悟は、はいと言った人の顔を数えていた。
どちらが正しいということはない。ただ、沼田さんの数字は手帳に残り、悟の数えているものは、どこにも書けない。
一度だけ、沼田さんに聞いたことがある。なぜ分を数えるのか、と。
沼田さんは前を向いたまま、「間に合わんかったら意味がないやろ」とだけ言った。それから長い沈黙があって、しばらくしてこう続けた。「向こうで待っとる人がおる。それだけや」
悟は頷いた。この人は、待っている側のことを考えている。自分は、渡した側のことばかり考えている。同じ車に乗っていて、見ている方向が正反対だった。
それでいいのだと、そのとき思った。両方が要る。
第四章 知ってしまった
コーディネーターは、本来ドナー側とレシピエント側で担当が分かれる。
匿名性を守るための仕組みで、悟はそれを正しいと思っている。それでも、地方のブロックでは人手が足りない。応援に入る。書類が回ってくる。会議で名前が出る。
知る立場ではなかった。ただ、知ってしまった。
三年前のあの十九歳の心臓が、どこの誰の胸で動いているか。悟は知っている。その人が去年、職場に復帰したことも知っている。
去年の秋、悟は駅前であの母親に会った。
向こうが気づいて、声をかけてきた。少し痩せていた。しばらく世間話をして、別れ際に、その人はこう言った。
「あの子の心臓は、いまも、どこかで動いてるんですよね」
悟は「はい」と答えた。
それだけしか言えなかった。名前も、年齢も、性別も、いま何をしているかも、全部わかっている。喉のところまで来ているのに、一文字も出せない。
出してはいけないのではない。出してはいけないことを、悟自身が誰よりも正しいと思っている。だから余計に苦しい。
その人は「そうですよね」と言って、笑って、帰っていった。
悟は車に戻って、エンジンをかけずに座っていた。それから、泣いた。
十五年やってきて、初めてだった。
摘出の場でも、承諾の場でも、悟は一度も泣いたことがない。泣いてはいけないと教わったわけではない。泣く資格が自分にあると思えなかった。失ったのは自分ではないからだ。
その日だけは、止まらなかった。両方を知っているということが、こんなに重いとは思っていなかった。
第五章 荷物ではない
沼田さんが辞める日、悟は最後の搬送に同乗した。
いつもどおり静かな車だった。いつもどおり時刻ぴったりに着いた。手帳に「0」と書いて、沼田さんは手帳を閉じた。
病院の前で荷物を降ろしたあと、沼田さんが言った。
「柏木さん。わしはな」
悟は振り返った。
「あれを、荷物やと思うたことは一度もない」
それだけだった。沼田さんは頭を下げて、車に乗って、行ってしまった。
悟はしばらくそこに立っていた。
自分がケースに手を置き続けてきた理由が、そのときはじめて言葉になった。
自分が運んでいたのは、臓器ではなかった。あの母親が、泣きながら、はい、と言った。あの一言を運んでいたのだ。承諾というものには重さがあって、書類に書かれた瞬間から、誰かがそれを持って歩かなければならない。悟はその役をやってきた。
預かったものは、いつか必ず、誰かに渡さなければならない。
渡したあとも、預かっていた重さだけは、手のひらに残る。それが十五年ぶん積もっている。眠りが浅いのは、たぶんそのせいだ。
畏れというのは、こういうものなのだと悟は思う。
こわいのとは違う。手が震えるのとも違う。自分より大きいものを預かっているという感覚が、身体のどこかにずっとある。それは消えないし、消してはいけない。消えた日から、あれはただの荷物になる。
沼田さんは十年それを持ち続けて、一度も荷物と思わずに辞めていった。
エピローグ
今夜も、携帯は床に置いてある。
悟は四十八になった。若いコーディネーターが増えて、指導する立場になった。研修では必ず、勧めてはいけないという話を長くする。若い連中はよく聞いてくれる。
ただひとつだけ、教えられないことがある。
沈黙の中に立ち続ける方法だ。あれは技術ではない。ただ、逃げないというだけのことで、逃げない理由は一人ひとりが自分で持つしかない。
悟の理由は、たぶん、あの車のなかにある。冷たい蓋に手を置いていた数時間。あそこで自分が何を運んでいたのか、もうわかっている。
三時に、電話が鳴る。
悟は起き上がる。両方の名前を抱えたまま、今夜も出ていく。
――あなたは毎日、なにを預かっていますか。
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