ありがとうと、ごめんなさいのあいだ
一日に何十回「ありがとう」と言い続ける。それは感謝ではなく、迷惑をかけていることへの謝罪だった。謝り続けるという労働をやめられないまま、それでも誰かに返そうとし続ける人生。

朗読で聴く
第一章 段ボールひとつ
去年の秋、市原ハルは五十年住んだ家を出た。
持っていける荷物は段ボールひとつと決まっていた。施設の説明にそう書いてあった。息子の嫁が「必要なものだけ選んでください」と言って、ハルの前に空の箱を置いた。悪気はなかった。彼女はとても親切な人だ。
五十年ぶんを、その箱に入れる。
ハルは半日かけて選んだ。夫の写真。老眼鏡。使い慣れた爪切り。娘時代から持っている裁ちばさみ。それを入れて、あとは迷った。
台所の棚には、四十年使った鍋があった。持っていっても、もう使う場所がない。仏壇は息子が引き取ることになっていた。庭の椿は、そのまま置いていくしかない。
最後に、玄関で靴を見た。
冬用の長靴が、まだきれいなまま並んでいた。去年買ったばかりだった。もう雪の日に外を歩くことはないのだと、そのときはじめて、はっきりわかった。
箱に入れたのは、結局七つだけだった。
鍵を框の上に置いて、ハルは外に出た。振り返らなかった。振り返ったら立てなくなると思った。
第二章 この体から
八十二の春に、脳梗塞をやった。
倒れたのは台所だった。気がついたら病院で、右の手足が自分のものではなくなっていた。
リハビリは半年続けた。歩行器で歩けるところまでは戻った。けれど右手は、最後まで戻らなかった。握ろうとすると、指がばらばらに動く。自分の意思と手のあいだに、薄い膜が一枚入ってしまったようだった。
ハルは若いころ、縫製の仕事をしていた。
町の小さな工場で、二十年。子どもが生まれてからは家で内職を続けた。ミシンと、指と、糸。それだけで四人を育てた。工場長には「市原さんの指は目がついとる」と言われた。生地を触っただけで、目の詰まり具合がわかった。
その指が、動かない。
痛いわけではない。苦しいわけでもない。ただ、命令が届かない。
人は年を取ると、いろいろなものを手放す。仕事も、家も、役割も、順番に置いていける。けれど体だけは置いていけない。最後まで、この体の中にいなければならない。
出られない、とハルは思う。この体からは、降りられない。
第三章 田淵さん
施設での一日は、してもらうことでできている。
朝、起こしてもらう。着替えを手伝ってもらう。食堂まで車椅子を押してもらう。薬を出してもらう。風呂に入れてもらう。夜、寝かせてもらう。
そのたびに、ハルは「ありがとう」と言う。
一日に何十回になるのか、数えたことはない。数えたら、たぶん怖くなる。
一度だけ、言えなかった日がある。
風邪をひいて熱が出た日だった。食事を運んでもらったとき、口を開くのがおっくうで、ハルは黙って頷いただけだった。職員は気にする様子もなく行ってしまった。
その夜、ハルは眠れなかった。
熱のせいではなかった。あのとき言えなかった一回が、胸に引っかかっていた。翌朝、同じ職員が来たとき、ハルは真っ先に「昨日はありがとうございました」と言った。相手はきょとんとしていた。覚えてもいなかったのだ。
覚えてもいないことを、こちらは一晩気にしている。そういう仕組みの中に、自分は入っている。
同じ部屋に、田淵さんという人がいた。八十八で、ハルより四つ上の女性で、ほとんど口をきかなかった。
田淵さんは「ありがとう」を言わない人だった。
職員がお茶を持ってきても、蒲団を直しても、黙って受け取る。目も合わせない。若い職員のなかには、それを気にする人もいた。廊下で「田淵さんって、なんかね」と話しているのを、ハルは一度だけ聞いてしまったことがある。
そのころのハルは、正直に言えば、田淵さんが好きではなかった。
してもらったら、礼を言う。当たり前のことだと思っていた。それをしない人が、同じ部屋にいるのが落ち着かなかった。
同じ部屋で、同じ人たちに、同じように世話をされている二人が、まったく違うやり方をしていた。ハルは言葉を渡し、田淵さんは何も渡さなかった。ハルにはそう見えていた。
第四章 押せなかった夜
十二月の夜、ハルは失敗をした。
夜中に目が覚めたとき、もう間に合わないことがわかった。
枕もとにナースコールがある。押せばすぐ人が来る。そういう仕組みになっている。ハルは左手をそこまで伸ばして、ボタンの手前で止めた。
夜勤は二人だと知っていた。この階に、三十人以上いることも知っていた。今このボタンを押せば、誰かが走ってくる。その誰かは、今日ずっと働いていて、あと数時間で朝になる人だ。
押せなかった。
そのまま朝まで、ハルは目を開けていた。天井のしみを見ていた。何度も見た形だった。
六時に見回りに来たのは、桑田さんという若い職員だった。まだ二十代だと思う。桑田さんは状況を見てとると、何も言わずにカーテンを引いて、手早く支度を始めた。
ハルは「ごめんなさい」と言った。
言ってから、自分の声がひどく小さいことに驚いた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」と、ハルは何度も繰り返した。止まらなかった。この二か月、口から出ていたのは「ありがとう」だったのに、そのときだけ、別の言葉が出た。
桑田さんは手を止めて、ベッドの横にしゃがんだ。
そしてハルの左手を、両手で包んだ。
「市原さん。謝らないでください」
それだけ言って、また支度に戻った。
その日の午後、ハルは長いこと窓の外を見ていた。
謝らないでください、と言われて、はじめて気がついた。自分がずっと謝っていたことに。
一日に何十回言ってきた「ありがとう」は、感謝ではなかった。あれは、迷惑をかけていることへの詫びだった。ありがとう、という形をした、ごめんなさいだった。
してもらう。返せない。その差が毎日たまっていく。たまった分を、言葉で少しずつ払おうとしていた。払っても払っても減らないから、何十回も言っていた。
それは感謝ではなく、労働だった。
第五章 田淵さんの手紙
二月に、田淵さんが亡くなった。
朝、いつものように起こしにきた職員が気づいた。眠ったままだった。苦しんだ様子はなかったと聞いた。
数日後、ハルは食堂で、職員たちが小さな封筒を配り合っているのを見た。桑田さんも一通持っていた。
田淵さんの荷物から出てきたのだという。
宛名は、職員一人ひとりの名前だった。二十通以上あった。ハルのところにも一通来た。
田淵さんの字は震えていて、行が斜めに下がっていた。書くのに、ずいぶん時間がかかっただろうと思う字だった。
そこには「ありがとう」とは書いていなかった。
ハルへの手紙には、こう書いてあった。「市原さんが夜中に咳をしていたのを、二回聞きました。心配していました」
それだけだった。
ハルはその紙を長いこと持っていた。
その日、廊下の奥で桑田さんが立ち止まっているのを見た。手に封筒を持って、壁のほうを向いていた。声は出していなかった。肩だけが動いていた。しばらくして、袖で顔をこすって、何ごともなかったように詰所へ入っていった。
ハルは見なかったことにした。見てはいけないものだと思った。
けれど、そのとき確かにわかったことがある。田淵さんが渡したものは、届いていた。二十年も三十年も口をきかない人だと思われながら、あの人はちゃんと届けていた。
田淵さんは、渡していなかったのではなかった。渡す方法が違っただけだった。あの人は口で言う代わりに、見ていた。見て、覚えて、書いていた。何も返していないように見えて、あの人なりに、ずっと返そうとしていた。
言い方が違うだけで、していたことは同じだった。
ハルは自分の右手を見た。もう縫えない指を見た。それから、左手を見た。
エピローグ
ハルは今年、字を書きはじめた。
左手なので、うまく書けない。子どもの字よりひどい。一枚書くのに一時間かかる。それでも、机に紙を置いて、一日に一行ずつ書いている。
最初の一通は、桑田さんに宛てた。
「ありがとう」とは書かなかった。その言葉を、ハルはもう少し休ませておくことにした。
代わりに、その日のことを書いた。桑田さんがしゃがんで、自分の手を両手で包んだこと。あの手が温かかったこと。それだけを、震える字で書いた。
渡すかどうかは、まだ決めていない。
八十三歳。返せるものは、もうほとんど残っていない。それでも、返そうとすることだけは、まだ自分で決められる。それだけは、この体からも降ろされていない。
――あなたは毎日、なにを返そうとしていますか。
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