証明できない朝
引き返す決断を告げて憎まれ、自分が救った命を生涯ひとつも証明できないまま、それでも次の朝また同じ判断を下す人生。

朗読で聴く
第一章 見えていた稜線
八月のその朝、稜線ははっきり見えていた。
森貴子は四時に起きて、小屋の外に出て、三十分ほど空を見ていた。雲海が谷を埋め、その上に朝日が差していた。予報は午後から崩れるとあったが、崩れ方は緩やかで、昼過ぎまでは持つ計算だった。客は五人。全員が体力もあり、装備も揃っていた。
それでも彼女は、朝食のあとに言った。
「今日は、ここまでにします」
五人のうち二人は黙って頷いた。一人は「まあ、しょうがないですね」と笑った。残りの二人は、笑わなかった。そのうちの一人、四十代くらいの男性が「見えてますよね、あそこ」と稜線を指した。「なんでですか」と、彼は言った。責める口調ではなかった。ただ、理由を知りたがっていた。
貴子は説明できなかった。
風の向きが昨日と違う。谷の底の雲の動きが速すぎる。西の空の色が、乾いていない。どれも根拠と呼べるほどのものではない。二十六年ぶんの、言葉になる前の何かが、行くなと言っていた。それだけだった。
「勘です」とは言えない。「経験です」と言えば、それは言い訳に聞こえる。
「すみません」と貴子は言った。理由の代わりに、謝った。
その日の午後、山は崩れなかった。夕方まで、稜線はきれいに見えていた。
第二章 同じ荷物
五十四歳になった年から、同じ荷物が重い。
装備は変えていない。むしろ年々軽いものに替えている。それなのに、去年あたりから、最初の急登で息が上がるようになった。回復も遅い。下山した翌日、膝の外側が痛む。若い頃には無かった痛みだった。
その事実が、彼女の判断に影を落とす。
引き返そうと思ったとき、貴子はいつも自分に問い直す。それは本当に山の状態か。それとも、自分がもう登りたくないだけではないのか。
客の安全を口実にして、自分の体を守っているのではないか。
貴子は一人で暮らしている。四十を過ぎたころ、一度だけ山をやめようかと考えたことがあった。同世代の友人たちは子どもの受験の話をしていた。集まりの席で、自分には話せることが山しかないと気づいた夜だった。
結局、やめなかった。他にできることがなかったからだと本人は言う。ほんとうはそれだけではないことを、彼女は自分でも知っている。
この問いに、彼女は一度も答えを出せていない。答えが出ないまま、判断だけは毎回しなければならない。山ではその二つが同時に来る。考える時間は与えられない。
だから彼女は、判断したあとに考えることにしている。下山してから、風呂で、あるいは車のなかで、何度も朝をやり直す。あのとき行っていたらどうなっていたか。それは永久にわからない。わからないまま、次の予約が入る。
第三章 中村が数えているもの
同じ会社に、中村という三十代のガイドがいる。
明るくて体力があり、客の受けもいい。彼は自分のノートに、登頂率をつけている。何組を案内して、何組を頂上に立たせたか。八割を超えていると、彼は嬉しそうに言った。
「森さん、去年どれくらいでした?」
貴子は「数えてない」と答えた。嘘だった。
彼女が覚えているのは、登頂率ではない。引き返させた客の顔だ。二十六年ぶんの、あの顔。理由を求める顔、諦めた顔、笑ってごまかす顔、はっきり怒っている顔。名前は忘れても、あの一瞬の表情だけは全部残っている。頭のなかの、消せない場所に並んでいる。
同じ会社で、同じ山を、同じ資格で案内している二人が、まったく別のものを数えていた。
どちらが正しいということはない、と貴子は思っている。ただ、中村が数えているものには数字がつき、自分が数えているものには一生つかない。
八月の翌週、会社に問い合わせが来た。
あの朝の男性が、山の記録サイトに投稿していた。長い文章ではなかった。「ガイドの判断で登頂できず。あの天候なら行けたと思う」。事実として、間違ってはいなかった。悪意もなかった。
事務所の若い子が気まずそうにそれを見せてきたとき、貴子は「そうやね」とだけ言った。反論する材料が、彼女には一つもなかった。
中村は親切だった。「森さん、あれ、もっと説明の仕方があったんじゃないですか」と彼は言った。悪気はまったくなかった。「こういう根拠があるって数字で示せば、みんな納得してくれますよ」
貴子は頷いた。彼の言うとおりだった。数字で示せるなら、とっくにそうしている。
示せないから、憎まれる。数字にならないものを見ている人間が、数字にならないまま判断を下して、その結果だけを引き受ける。それがこの仕事だと彼女は思っている。中村がそれを知るのは、たぶんもっと先だ。知らないまま定年まで行けるなら、そのほうがいいとも思う。
第四章 言わなかった朝
十年前の六月、貴子は杉本と二人で山に入った。
杉本は彼女にガイドを教えた男だった。当時六十一歳。四十年近くこの山域を歩いてきた人で、貴子はまだ彼に敬語を使っていた。その日は仕事ではなく、二人での下見だった。
朝、貴子は違和感を持っていた。前夜の雨のあと、気温が上がりすぎていた。斜面が緩んでいる感じがあった。
彼女は、それを言わなかった。
言えば、杉本が笑うと思った。四十年の人に、二十年に満たない自分が意見をする。おこがましいと思った。実際には、杉本はきっと聞いてくれただろう。それも、わかっていた。わかっていて、言わなかった。
「行けるやろ」と杉本は言った。貴子は「はい」と答えた。
九時すぎ、上部の岩が落ちた。
一瞬だった。貴子は音のした方を見て、それから、そこに誰もいないことを見た。
杉本は見つからなかった。三日間の捜索でも、その年の秋の再捜索でも見つからなかった。今も見つかっていない。彼はまだ、あの山にいる。
貴子はそのあと半年、山に入れなかった。復帰してからも、しばらくは客を持たなかった。
彼女の傷は、多くの人が思うところとは違う場所にある。杉本を失ったことではない。あのとき、自分が何も言わなかったことだ。持っていた違和感を、口に出す価値がないと自分で決めたこと。
だから今、彼女は言う。
理由が説明できなくても、根拠が示せなくても、憎まれても、言う。言わなかった朝を一度持っている人間は、二度目を持てない。
第五章 二十二年
十月に入ると、山は静かになる。
夏のあいだ毎週のように山に入っていた体が、急に暇になる。この時期がいちばん、余計なことを考える。貴子は事務所に顔を出しては、来季の予定表を眺めて帰るような日を過ごしていた。
その日も、沢井という古参の社員と二人になった。
沢井は貴子より年上で、もう山には登らない。ガイドの日程を組む仕事を長くやっている。彼はストーブの前で書類を整理しながら、独り言のように言った。
「うちの会社、死亡事故ゼロが二十二年続いとる」
貴子は顔を上げた。
沢井はこちらを見なかった。「誰の手柄でもないんやけどな」とだけ言って、書類を持って奥へ行った。
それだけだった。
貴子はしばらく座っていた。二十二年という数字は、誰かが積み上げたものではない。起きなかったことの総量には、名前がつかない。それを積んだ人たちの名簿も、表彰も、記録もない。
自分が引き返させた朝も、そのゼロのなかに溶けている。溶けて、見えなくなっている。
見えなくなっているのが正しいのだ、と彼女は思った。事故が起きて初めて、判断は評価される。評価されなかったということは、何も起きなかったということだ。
翌週、また予約が入った。貴子は装備を出して、点検を始めた。
エピローグ
三年が経った。
貴子はもう三千メートル級の縦走は請けていない。地元の低山を、初心者や年配の客と歩くことが多くなった。それでも判断は変わらない。行けないと思った日は、引き返す。低い山でも、人は死ぬ。
去年の秋、中村から電話があった。
「森さん。今日、初めて引き返させました」
声が沈んでいた。客に何か言われたのだろうと、貴子はすぐにわかった。
「そうか」と彼女は言った。
中村は何か言ってほしそうだった。正しかったと言ってほしかったのだと思う。でも貴子は、それを言わなかった。正しかったかどうかは、この先も誰にもわからないからだ。
代わりに、こう言った。
「その人らの顔、覚えときや」
それだけ言って、電話を切った。
――あなたは毎日、なにを引き受けていますか。
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